4.けっこう盛り上がったじゃん!

 ゆう呆然ぼうぜんと、怪物を消滅させた空間を見ていた。サーガンディオンの視座しざは、駅から見下ろした時よりも、はるか遠くの水平線まで一望できた。


 そうだ、駅とか街とか、被害はどうなっているのか。


 振り向こうとして、目まいのように一瞬、視界がぼやけた。戻った視界は、もう馴染なじみのある高さで、それだけに理解が追いつくまで、数回の呼吸が必要だった。


「あ、あれ……? 俺は……」


「神さまです」


「ぅおふっ!」


 巫女みこがすぐ横で、三つ指をついていた。砂浜だ。首尾一貫しゅびいっかんのトンチキ美人ぶりだ。


 ゆうも、砂浜に尻もちをついていた。駅が見える、駅から見える海岸だ。


 海は、まだ泥の混じった波が、不規則に荒れている。怪物と戦った痕跡こんせきが、はっきりと残っていた。わずかにキラキラと、鉱物粒子こうぶつりゅうしのようなものまでが、空と海の間にただよっていた。


 ゆうは上を向いて、左右を向いて、巫女みこに向いた目をまた少し泳がせて、ようやく言葉らしいものを探し出した。


「ええと……お疲れさま、です……」


 巫女みこが、小首をかしげた。


「いえ、その……大変そう、でしたから。あの、サー……ガンディオン? の中、さかさまで……」


 ゆうの、とってつけたような説明に、巫女みこもしばらく沈黙する。やがて、黒髪の仔馬の尻尾ぽにーてーるの上で、見えない電球が点灯した。


幾度いくどか申し上げました通り、サーガンディオンは神さまがわたくしにたくされた御力おちから神威しんいであり、分神ぶんしんたるわたくし自身を基幹情報にして構成、顕現けんげんする筐体きょうたいです」


「は、はあ」


「神さまの御覧ごらんに入れましたあの像は、意思疎通いしそつうのための投影です。わたくしが物理的に、あの状態だったわけではありません」


「はあ」


「ですが。慰労いろう御心遣おこころづかいは恐悦至極きょうえつしごく、これからの、なによりのはげみになります」


「は……?」


 巫女みこが、砂浜についていた三つ指を上げ、正座の背を伸ばす。白い小袖こそでの胸が、なかなかに存在感を主張した。


「この惑星わくせいを襲う災厄さいやくから、生命を守護するために降臨こうりんなされた神さまの御意志ごいし……わたくしたちの使命を遂行すいこうするにおいて、下僕しもべたる全身全霊をささげまして、御側おそばつかえさせていただく所存しょぞんです」


「はあ……っ?」


「神さまの御趣味になぞらえれば、わたくしたちの戦いはこれからです、となります」


「……っ」


 だいぶ仕事をしなくなったゆう語彙ごいが、ついに、「は」の単音も出せなくなる。容量キャパオーバーに容量キャパオーバーが重なっている。今さら、唐突とうとつに限界が来た。


 なにやら、ふん、と鼻息があらぶる巫女みこを、せばまっていく視界に見ながら、ゆうは背中から砂浜に倒れて、意識を手放した。



********************



 ようやくり始めた、突然の災厄さいやくの日の夕暮ゆうぐれに、市街が薄くまる。


 怪物の咆哮ほうこうと、異形いぎょう白銀大神しろがねのおおがみとの戦闘の余波よはで、あちこちに土砂がもり、街路樹がいろじゅが倒れ、構造物が壊れていた。


 その、最初に破砕はさいされたビルのとなり、同じような雑居ざっきょビルの屋上に立つ、携帯端末けいたいたんまつの基地局アンテナに腰かけて、紺色こんいろブレザーにベージュのニットベストと、グレーのタータンチェックスカートの女子が、健康的なあしをぶらぶらさせていた。


「いーね、いーね! 最初から、けっこう盛り上がったじゃん!」


 栗色くりいろのショートに、リボンタイを外したシャツの胸元がすずしげだ。はっきりした綺麗きれいめの顔立ちが、小動物みたいにくるくると、表情豊かに動いた。


 一人だが、姿のない声が、浅久間あさくまゆいこたえた。


『へー、すごい。ホントに出たんだー』


「なにー? あたしの深謀遠慮しんぼうえんりょ、疑ってたの?」


 駅の向こう、夕陽ゆうひの残照がわずかにとどく砂浜を見る、ドヤ顔のゆいに、声が、調子だけで肩をすくめたようだった。


『まあ……宇宙ができてからこっち、時々そういう形跡けいせきが、なくもなかったんだけどさ』


「すっごいムカつくよね! なんか、普段はほったらかしで、家にもろくに帰らないくせに、自分が気に入らない時だけ暴力つきで説教してくる、駄目オヤジのテンプレじゃん!」


『んー、だいぶ古くない? そのテンプレ』


「だって海外ドラマとか、やっぱ、細かい感覚が合わないんだもん。最近は国産モノも、初見インパクトだけの、無理な展開ばっかだし」


流行はやりをディスってつうぶってると、若さがイタむのも早いよー?』


「うわ、ムカつく! あっちだけじゃなかった! 宇宙ができてからこっち、なんて台詞せりふが出てくる相手に、言われたくないですぅー!」


『まあまあ……女子のイマドキ議論は置いといても、さ。深謀遠慮しんぼうえんりょが当たって、ホントに本物が出たんなら、こっちもこっちで気合きあい入れなきゃね。そういう、真面目まじめな感じを入れたかったわけ』


 今度は、調子だけで苦笑したような声に、ゆいもすぐに破顔はがんする。


「あははは! 上等、上等! あたしたちが、それだけ大災害になったってことじゃん。むしろ、ここでテンション上げないでどうするの、って感じに、もっともっと上げていこー!」


 ゆいが、腰かけていた基地局アンテナから飛び降りる。短いスカートが、堂々とひるがえる。ひらりと、大きく、ビルの屋上も越えて落下する。


 怪物たちと同じ、五十メートル以上の高さから、ビルの隙間の路地裏へこともなげに着地して、ちょっとだけ乱れた髪や制服を整える。ひとみが、わざとらしく、物憂ものうげにせられた。


「でも、そっか……ゆうくん、なんだ。あー、つらいな、悲しいな! 悲劇のヒロインだなー、あたし!」


 物憂ものうげは、長続きしなかった。最後の辺りは、有言実行にテンションが上がっていた。

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