新たな日々 6-1

 魔族武闘会が終わり、1週間が経過した。魔族たちは武闘会の興奮が冷め始め変わり映えの無い日々が続いている。傷が癒え始めたヒロはずっと心に残っていることがあった。それは武闘会の会場となった場所に居座っているケルベロスの事だった。


「なぁ、ダンテ、ベネッタ、俺……ケルベロスに会いに行っていいかな?」


「ケルベロスに? 急にどうしたんだよ」


「まだ傷も完全に治ってるわけじゃないし、大人しくしてるんだからすぐに行かなくてもいいんじゃない?」


 3人は病室のベッドの上で話していると、ヒロはまだ癒え切っていない身体を起こし、ベッドから降りると身体を引きずって扉に向かっていった。


「おい! ったく、しょうがねぇな~」


「イテテッ、気になるんでしょ? ほら、ダンテも行くわよ」


 ダンテとベネッタはヒロと同じように体を引きずりながらヒロの後を追った。闘技場ではまだ魔族武闘会の跡が残っており、崩れた瓦礫や、ヒロの放った炎の焼け跡やベルゼルとの死闘の爪痕が至るところに見受けられた。ヒロたちは中に入ると、ケルベロスは闘技場の真ん中でうずくまるように眠っており、多くの魔王軍の兵士に囲まれていた。ロゼとゼゼルは兵士に指示を出しながらケルベロスの状態をずっと監視している。


「ロゼ様!」


 ヒロが声をかけると、二人は振り向き、微笑みながら歩いてきた。


「ヒロ、元気そうで何よりだ、どうだ具合の方は」


「はい、おかげさまで、その……優勝できず申し訳ありません……」


 ヒロは申し訳なさそうに頭を下げるとロゼはふっと笑顔を見せた。


「いや、ベルゼルを優勝と宣言したのは私だからな。まぁ、形式上勝ったのはベルゼル、実質はヒロが優勝といったところだろ」


「君がヒロだな、ロゼ様から話は聞いているよ」


 ゼゼルがヒロに笑顔で話しかける。


「あ、え~っと……」


「そうか、知らないのも無理はないな、私は魔王軍総司令官のゼゼルだ」


 そういうとゼゼルは手を差し伸べ、ヒロは頭を軽く下げると握手を交わした。


「まさか、君の紋章の力が『煉獄』と『魔力調節』とはね、びっくりしたよ。魔王の始祖と同じとは」


「俺もびっくりです。でも今は紋章が上手く使えてないみたいで……」


「それは体に負担がかかるからだろう、無意識の内に体が制御しているのだと思うぞ、少なくとも発現はしたのだ、あとは自在に使いこなせるようになればいい」


 そういってロゼはヒロの方に手を優しく置いた。


「ありがとうございます、それでケルベロスはどうですか?」


 ロゼとゼゼルはケルベロスの方に身体を向ける。


「うむ、今のところは問題はない、だが眠っているというより、待っているという表現の方が正しいのか……不思議なことに何度も起きては、眠るを繰り返しているのだ」


「へぇ、ずっと寝てるわけではないんだな」


「ダンテとは違うみたいね」


「ばかやろ、俺だってちゃんと起きれるぞ!」


「今日何時に起きたのよ」


「昼の14時」


「クソニートか」


 ダンテとベネッタの掛け合いをヒロは楽しく聞いていると、ケルベロスの鼻がピクピクと動き、目を覚ました。身体を起こし、3つの首が順にあくびをして、兵士を怖がらせる。


「おい、動き出したぞ!」


 兵士が慌ただしく動き始め、暴れないように武器や魔法を詠唱して戦闘態勢に入る。現場の空気が一瞬でピリついた。


「まさかまた暴れだすんじゃないだろうな?」


 ダンテの身体はガクガクと震えていた。ケルベロスの強さを体験しているのだ、強さにビビるのも無理はないだろう。


「ゼゼル、暴れた時は……わかってるな?」


「無論、承知いたしております」


 ゼゼルは腰の剣に手を置き、いつでも剣を引き抜けるよう構えている。しかし、ヒロは武器も何も持たず、スタスタとケルベロスに向かって歩いていく。


「ば、ばか! ヒロ、戻んなよ!」


 ベネッタの忠告を無視し、ケルベロスの前まで進むと、ケルベロスはヒロをじっと見つめる。暴れる気配はない。


「なぁ、もしかして……俺を待ってたのか?」


 ヒロの言葉にケルベロスは反応したのか、突然犬座りをすると頭を低くして、尻尾を振り始めた。


「え、嘘? ヒロ、言葉が分かんのかよ!」


 ダンテは驚き、前のめりになりながらヒロに尋ねた。


「ううん、でもわかるんだよな……不思議と」


「ケルベロスは元々魔王の始祖のペットだからな。もしかしたら忠誠を誓っているのかもしれんな」


 ロゼは腕を組みながら説明をする。もしケルベロスが忠誠を誓っているのならヒロにとってこれほど心強いものはない。ヒロは静かにケルベロスの鼻に手を置いて2、3回鼻を撫でると、ケルベロスは嬉しそうに鳴き声を上げた。


「なに!? ちょっと可愛いんですけど!」


 ベネッタはケルベロスの思わぬギャップに悶えてしまう。


「う~ん、でもちょっと大きすぎるな、少し小さくなれたりしないのか?」


 ヒロの言葉に反応したケルベロスは、ポンっと煙を上げ、人が背中に乗れる大型犬ほどの大きさになった。


「おぉ……ケルベロスを手懐けるとは、末恐ろしい男だな」


 ゼゼルは口角を上げながら、涼しげな表情でヒロとケルベロスを眺める。


「そうか、一緒にいてくれるんだな……よし、じゃあお前の名前は今日から『フェイル』にしよう!」


 ヒロとフェイルは仲良さそうにじゃれ合っている。まるで互いを認めた仲間のように確かな絆がそこに芽生えていた。


「ふっ、これからまた忙しくなりそうだな……」


 ロゼは小さな声で呟き、晴れた大空を見上げて微笑んだ―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る