ベルゼルの紋章 4-4
ヒロとベルゼルは互いに対峙し、
両者のにらみ合いが続いている。
次に動く時が、
お互いの力がぶつかるときだと確信しているかのように、
両者だけでなく、
この場にいる全員が唾を飲み込み、
戦いの行方を眺めている。
ヒロの周りは熱気によって、
陽炎がユラユラと揺らめき、
ベルゼルは周囲を取り巻く冷気によって、
パキパキと音を立てながら地面を凍結させている。
両者の境には溶けかかった氷が熱気と冷気がぶつかって、
グラグラと今にも取れそうだ―――
―――「あぁ、ちょっと血流し過ぎたかも……」
ダンテは流血した頭を抑えながら、
具合悪そうな表情をして、
地面に座り込んでいた。
「私の方が血出してるから。ベルゼルって女の子にも容赦ないのね、私の事誘って来たくせに……」
ベネッタは壁に余垂れかかりながら、
ブツブツとベルゼルの愚痴を言っている。
流石に試合中ではベルゼルの地獄耳も届かないのか、
ベルゼルからの嫌みは無かった。
「ねぇ、どっちが勝つと思う?」
ベネッタはダンテに勝負の行方を聞いた。
「そんなもん、決まってるだろう。ヒロ……と言いてぇところだけど、ベルゼルも本気だ、そう簡単には勝たせてくれねぇだろうな」
ダンテは心の底で、
ヒロの勝利を信じるほかできなかった―――
―――パキッ
両者の境の氷が折れて地面に落ちた。
次の瞬間、
ヒロとベルゼルは互いに目にも止まらぬ速さで動いた。
とてもミニデーモンとは思えない動きで、
互いが一歩も引かない攻撃を繰り出す。
まるで炎と氷が手を取り合い、
踊っているかのような、
バチバチの火花を散らす。
ヒロは巧みに炎を操り、
強力な一撃を加える。
対して、
ベルゼルは氷の盾をいくつも生成しながら、
ヒロの攻撃をいなし、
防いではヒロに反撃の一撃を加える。
「すげぇ、どんな戦いだよ」
「入り込む余地は無さそうね、入るつもりもないけど……」
ダンテとベネッタは両者の譲らぬ戦いに、
思わず魅入っていた。
魅入っていたのはダンテとベネッタだけではない。
試合を見ていた全員が、
ハイレベルな戦いに興奮をしていた。
まるでこういう戦いを待っていたといわんばかりに、
会場は最高潮に盛り上がる。
「す、素晴らしい戦い! ミニデーモンの戦いとは到底思えないレベルの試合が繰り広げられています! 両者まったく引きません」
イヴの解説の後、
試合は動いた。
きっかけは、
ヒロの一撃だった。
炎の渦でベルゼルの氷の盾を砕き、
ベルゼルは炎の渦に対抗するため、
氷の鎧を体に身に纏った。
全身を守るために、
防御態勢に入ったベルゼルをヒロは見逃さなかった。
「今だ!」
ヒロは全身に力を込めて、
右拳に前意識を集中させ、
ベルゼルの氷の鎧が行き届いていない、
顔にクリーンヒットさせる。
「ぐあぁ!」
ベルゼルは壁に勢いよく激突し、
両者の均衡は崩れた。
「くっ、よくも……」
「はぁ、はぁ……次で終わりだ!」
両者の体力は限界に達している。
次の激突が最後……
目を逸らすことができない戦いに、
ついに会場が静かになる。
『うおぉぉぉ!』
ヒロとベルゼルは魔力を開放して、
最大の攻撃を繰り出した。
炎と氷がぶつかり、
会場が破壊されそうになるほどの衝撃が生まれた。
「ヒロぉ……いっけぇー!」
ダンテは体の痛みを忘れ、
思わずヒロの名前を叫んだ。
会場を巻き込むほどの強烈な衝撃と、
飲み込むほどの熱気が、
どちらが勝利したのかを物語っていた。
『はぁ、はぁ、はぁ……』
両者は互いに肩で息をしている。
もはや、
戦う力は残っていないようだ。
「くっ!」
ヒロは片膝をつき、
手を地面についた。
「ヒロー!」
ダンテが叫ぶと、
ヒロはピクッと体を動かし、
腕を力強く上げた。
「あぁ……がはっ!」
ベルゼルは後ろに倒れこみ、
息をするのがやっとで立ち上がることができない。
「勝った? ねぇ、ヒロは勝ったの?」
ベネッタが思わず感極まり涙をこぼす。
「バカぁ、見たらわかんだろ、勝ったんだよヒロが!」
ダンテは涙を流しながら、
口を大きく開いて笑顔を見せる。
ダンテとベネッタは傷ついた体を忘れ、
ヒロのもとに駆け寄る。
「やったな、ヒロ! 最後は見事な一撃だったぜ!」
「ちょっとカッコよかったわよヒロ!」
「ダンテ……ベネッタ……ありがとう、2人のおかげだ」
3人が勝利に余韻に浸っていると、
ベルゼルを血を吐き出しながら、
叫びだした。
「なぜだ! なんで僕が負けたんだ! 僕は紋章の所持者だぞ! なのに……」
涙を滲ませ、
悔しさを我慢することができないベルゼルに、
ヒロはゆっくりと立ち上がり、
足を引きづりながら近づいた。
「ベルゼル、君がもう少し仲間を信じていれば結果は変わっていたかもな……」
「……なに? 仲間を信じるだと? 馬鹿な! そんなことでこの僕が負けるはずがない……くっ」
ベルゼルは怒りを露わにして、
ヒロに反論した。
「でも、ディエゴとヤコブはお前のことを信じていたけどな……ベルゼルなら勝ってくれるって」
ダンテはヒロのそばに駆け寄りながら、
ベルゼルを諭した。
「2人が……僕を?」
「そうよ、仲間を信じていなかったのはあなただけ」
ベルゼルは2人が倒れている方を向いて、
じっと眺めた。
2人の体は激闘でボロボロになっている。
「……そうか、僕だけだったわけだ、勝つことを信じていなかったのは」
そう言って、
ベルゼルは顔を手で隠し、
静かに涙をこぼした。
イヴはベルゼルの戦意を確認して、
ふっと微笑んだ後、
腕を高らかに上げた。
「ベルゼル選手戦闘不能とみなし! 勝者はヒロ……」
イヴが勝利宣言をしようとすると、
突然大きな地響きが会場を襲った。
「な、なんだ?」
「地震だろ」
「その割には、大きすぎない? まるで地面が何かに怖がってるみたいな……」
3人が周りをキョロキョロしていると、
地面が割れ、
巨大から何かが地上に現れた。
とても大きく、
黒い影が、
蠢いている。
獣のような唸り声が、
会場を一瞬で凍り付かせる。
「な、なんだ!」
「でけぇ、会場ぐらいあるんじゃねぇか?」
「待って、首が……3つもあるけど」
3人は見上げるしかできず、
それは腰を抜かすことすら許さない。
ロゼの額には汗が流れていた。
ロゼにはそれがなんなのかわかっていたのだろう、
会場の手すりに手をついて、
口を開けて驚いていた。
「……ケルベロス」
地獄の番犬ケルベロスは、
地獄に連れていくかのように、
会場を恐怖のどん底に陥れた―――
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