ベルゼルの紋章 4-3

  ヒロの額の紋章は紅く光り輝くと、


 体が高温になり始め、


 蒸気が立ち昇ると、


 ヒロの体を包み込んでいく。


 周囲の氷が徐々に溶け始めると、


 ベルゼルが驚いた表情をした。


「……なっ……」


 馬鹿な……


 氷が解けた?


 僕の絶対零度の氷が?


 まさか……


 ついに紋章の力が現れたというのか?


 ベルゼルの体を纏っていた氷も、


 ドロッと一瞬の内に溶け、


 ベルゼルの肉体が露わになる。


 ヒロの翼は燃え盛る炎のように真っ赤に燃え上がり、


 肉体には線状の赤い紋様が浮かび上がっていく。


 そしてヒロの瞳はデーモン特有の青い瞳から、


 紅い瞳と漆黒の目へと変化していく―――


 ―――ガタッ……


 ロゼはヒロの変化にいち早く反応して、


 椅子から勢いよく立ち上がった。


「……覚醒した」


「今なんと?」


「覚醒……ヒロがですか?」


 グルーディアとゼゼルがロゼの方を振り向いた。


 ロゼの口はヒクヒクと引きつっている。


 頬には一筋の汗を流し、


 手は小刻みに震えている。


「燃える翼に、体に浮かび上がった紋様……そして赤く光り輝く瞳。間違いない、あれは魔王の始祖と同じ……」


 ロゼの言葉を耳にしたグルーディアとゼゼルが同時に驚いた。


「魔王の始祖ですと!?」


「ということは、ヒロのスキルはもしかして……」


「あぁ、忘れるわけがない。”煉獄”インフェルノ……。全てを焼き焦がす、地獄の炎を操る力だ」


 ロゼの瞳はまるでこれから試合が始まるのではないかという程、


 キラキラに輝いていた―――


 ―――ヒロの突然の変化に、


 イヴは思わず解説をせずにはいられなかった。


「な、なんとヒロ選手! 突然額の紋章が輝き始めたかと思えば、翼が燃え上がり、体に赤い線上の模様が浮かび上がっております! その姿はまるで炎の悪魔『ベリアル』を彷彿とさせるようです、まだ試合は終わっていません! この試合の決勝利の女神は果たしてどちらに微笑むのでしょうか!」


 イヴの解説にも力が入り、


 静かだった観客も、


 活気を取り戻し始めた。


「ベルゼル、俺はお前を倒す……、ダンテとベネッタを助けるために!」


「ふん、僕の氷を溶かしたぐらいで調子に乗るなよ」


「うおぉぉぉ!」


 ヒロが体に力を込めると、


 足元がポコポコと沸騰し始める。


「じ、地面が沸騰している? こ、これはどういうことでしょうか?」


 ラブは目の前の光景を疑っていた。


 地面がまるで水のように沸騰するなんて、


 到底信じられないからだ。


「何をしたって無駄だ、僕にはかなわないんだよ!」


 ベルゼルの周囲を漂っている氷の刃がヒロに向けられ、


 無数に放たれた。


 しかし、


 ヒロは燃え盛る翼で全身を包みこむ。


 バシュゥッ


 氷の刃はヒロの翼に触れた瞬間、


 何もなかったように刃は消え去った。


 翼を大きく広げ、


 ヒロの眼差しはベルゼルを鋭く睨んでいた。


「うぅ……あぁ……」


 僕の攻撃が通用しない?


 そんなはずはない!


 そんなはずは……!


「うぅぅぅ……おぉぉぉ!」


 ベルゼルは全身に氷を身に纏うと、


 ヒロに向かって走り出して、


 力強く殴りつけた。


 ヒロはベルゼルの攻撃を、


 手で受け止め、


 ベルゼルの腹部に強力な炎を放った。


「ぐあぁ……」


 炎はベルゼルを包み込み、


 思わず後ろに後退しながら、


 ベルゼルは炎を消すため、


 自身を包むように氷の鎧を創り出した。


 だが、


 氷の鎧は気休め程度にしかならず、


 炎の勢いは止まらない。


(炎が消えないなんて、そんなはずは……)


 ベルゼルの顔からはすでに笑顔は消えており、


 纏っていた氷の鎧も、


 徐々に溶け始める。


 その間に、


 ヒロはダンテを閉じ込めている、


 氷の球体に、


 燃え盛る炎を放った。


 炎の熱によって、


 氷の球体は瞬く間に溶け、


 ベネッタを押しつぶす、


 氷の塊に向けても、


 炎を放つ。


 ドロッと溶けた水の中から、


 ベネッタが助け出される。


「ぐっ、うぅ……ヒロ?」


 傷口を抑えながら、


 ダンテはヒロのもとに向かってヨロヨロと歩き出した。


「大丈夫か? ダンテ!」


「ベネッタは?」


 ダンテは周りをキョロキョロとして、


 ベネッタの行方を捜す。


 ヒロが指を差し、


 指さした方向をダンテが振り向くと、


 そこには横たわっているベネッタが血を流していた。


「そ……んな、ベネッタ……ベネッタぁ!」


 ダンテが走ってベネッタのもとに駆け寄り、


 膝をついて、


 ベネッタを抱え上げた。


「嘘だろ、目を覚ましてくれ、ベネッタ!」


 ダンテは自分の体を痛みを忘れるほどに悲しみが込み上げた。


 ベネッタの体を抱き寄せ、


 大粒の涙を流し、


 大声を上げた。


「ダンテ……ごめん、守ってやれなかった」


 ヒロは悔しそうに、


 歯をギリギリとさせる。


「あぁぁぁ! ベネッタぁ!」


「うるぅぅせぇぇ! クソダンテ!」


 ベネッタが突然目を覚まし、


 ダンテの頭を力強く殴った。


「!? ……? ……!?」


 ダンテは一体何が起きたのかわからない。


 えっ?


 ベネッタは生きていたのか?


「え、だってヒロが指さしてたから……ヒロも守ってやれなかったって言ったし」


「勝手に殺すな! ったく、魔力も少ないし、体力も限界なのに休ませてもしてくれないわけ? 見て、この血の量! 控えめに言って致死量なんですけど!」


 ダンテの胸ぐらをつかみながら、


 これでもかという程に怒り狂った。


「ベネッタ! よかった、生きてたのか!」


 ヒロもベネッタに駆け寄り、


 試合中にも関わらず、


 3人は肩を寄せ合う。


「そんな簡単に死ぬわけないでしょ……って、ヒロどうしたの!? その体は!」


「うおぉ! 本当だ、翼が燃えてるし!」


「うん……俺も詳しくはないんだけどさ、とうとう紋章の力が使えるみたいなんだ」


「そうなのね! やっとかぁ……これでベルゼルと対等に戦えるわね」


 ベネッタの体は傷ついているが、


 その瞳には希望に満ちていた。


「あぁ、だがベルゼルとは俺がやるよ、今のベルゼルに対抗できるのはおそらく俺だけだから」


「だろうな……ったく、訓練の時は俺が勝ってたのに、今はヒロの方が強いってなんか悔しいな……いいかヒロ! ぜってぇ負けるなよ!」


「あぁ」


 ヒロの目は闘志でみなぎっている。


「僕を……どうするって? なめんじゃねぇぞ!」


 ベルゼルは魔力を開放し、


 体はより大きく膨張していく。


 肉体は氷を纏い始め、


 鎧というより、


 もはや氷そのもの。


 体は倍以上になり、


 デーモンの原型はなくなっていく。


「ベルゼル選手の体が変化していきます! ヒロ選手が炎の悪魔『ベリアル』なら、ベルゼル選手は氷の悪魔『バルログ』といったところでしょうか!」


 ラブはマイクを片手に解説を続け、


 魔族武闘会もいよいよ終わりを迎える―――

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