ヒロの決意 2-4

  演奏隊による壮大で優雅な演奏によって観客は歓声を上げ、


 色鮮やかな花火が雲一つない空を七色に染め上げていた。


 今日は魔族の仕事は休み。


 魔王の城で働いている魔族のほとんどがこの魔族武闘会を楽しみにしていたのだ。


 魔王の城、ロイシュタイン城から少し離れた場所には、


 城下町があり、


 メインストリートのサタン通りには、


 魔族同士が決闘をする闘技場が存在し、


 闘技場の入り口上部に巨大な銅像が建てられている。


 かつて、


 魔族の王として君臨していた魔王ヒロの銅像だ。


 ロゼとは似ても似つかないほどおぞましく、


 翼を大きく広げた姿は、


 銅像でありながら身が引き裂かれそうな威圧感を放っている。


 とてもじゃないがロゼの祖先とは到底思えない。


 ロゼは銅像の下に設置された特別席で、


 豪華絢爛な椅子に座りながら、


 その周りには軍団長が職位が高い順に左右に並んで座っている。


 魔族武闘会にエントリーを終わらせたヒロ達は、


 中央のリングに集結していた。


 周りには席の空きが見当たらない程、


 魔族で埋め尽くされており、


 魔族武闘会が開催されるのを待つ。


 今回の参加者は例年に比べて少ないらしい。


 原因はベルゼルにあった。


 紋章の所持者であるベルゼルの実力は、


 ヒロが生まれる前から噂されており、


 勝てるわけないということで辞退する者が多かったのだ。


 だが、


 今回は史上初の『団体戦』ということもあり、


 個人で勝てなくても団体ならということで、


 およそ60組近くのチームがエントリーをしている。


「うわぁ、これみんな参加者かよ」


 ヒロはあまりの参加者と盛況ぶりに少し緊張をしていた。


「あぁ、これでも少ない方らしいぜ」


「へぇ、そうなのか? ロゼ様の周りにいるのって軍団長か?」


「いや、ロゼ様の両側に座っているのは我らが魔族のツートップ総司令官のゼゼル様と総政局長のグルーディア様だな。その周りにいるのが軍団長だな」


 ロゼの右側に座っている男が、


 総司令官のゼゼルという男らしい。


 軍事的な絶対的な権力者であり、


 ロゼが信頼している唯一の人物。


 耳にかかるほどのワインレッドの髪、


 キリっとした切れ長の目と、


 軽さを重視しながらも、


 重厚感のある赤の甲冑を見事に着こなし、


 ゼゼルが座る椅子には、


 愛用している赤い長剣が、


 存在感を放ちながら立てかけられている。


 ロゼの左側に白いひげを床に垂れ下げながら、


 杖をつく総政局長グルーディアの姿がある。


 黒のフードを頭まで被り、


 金色の装飾を体のいたるところに身に着けている。


 顔はまさに老人そのものだが、


 平然を装っているのにも関わらず、


 魔力を隠しきれていないのか、


 誰よりも存在感を放っている。


「ほっほっほっ、今年は誰が……いや、どこが優勝するのでしょうな?」


 白いひげを優しく撫でおろしながら、


 グルーディアは独り言のようにつぶやいた。


「グルーディア殿、決まっているでしょう。紋章の所持者、ベルゼルでしょうな。彼には1人でそれだけの力がある」


 鼻で笑うように、


 ゼゼルは答えた。


「ふむ、しかし今回は団体戦。個人の技より、仲間との絆が勝敗を決するのかもしれんぞ?」


 グルーディアの言葉に、


 ゼゼルは横目でチラッとグルーディアを見ると、


 我慢できなかったのか思わず吹き出し、


 馬鹿にするように返した。


「誰よりも現実を見据えたそなたが、目に見えぬものを信じるとは思いませんでしたな」


 フードの奥の目がギロリとゼゼルを睨む。


 ゼゼルは鋭い眼光を臆することなく見つめ返す。


 険悪なムードが漂う中、


 ロゼは2人に挟まれながら、


『またか……』よ言わんばかりの表情を浮かべながら話を聞いていた。


「お前たち2人が衝突しても、何の生産性もない。ましてや私の前でするのはやめてくれ、気が散るから」


 ロゼは大きくため息をつきながら、


 頭を抱え2人を諭した。


 ロゼの言葉で我に気が付いたのか、


 2人のバチバチの雰囲気は一瞬にして風のように消え去った。


「ほっほっほっ、これは失礼いたしましたな」


「申し訳ありませんロゼ様」


 ゼゼルは頭を下げ、


 ロゼの気になっている人物を尋ねた。


「ロゼ様はどこが優勝すると思いますか?」


 机の上に置いてあるグラスを手に取り、


 ロゼは一口含んだ。


「力も、仲間との絆もあくまで一つの原因に過ぎない。魔族武闘会でどこまで成長できるか……現状それがあるとすれば」


 そういってそれ以上言うのを止めた。


「なるほど……」


「将来性……というやつですな。さすがロゼ様であられる」


(期待しているぞヒロ。お前の力をここで見せつけるのだ)


 ロゼの期待の目はヒロに向けられていた。


 しばらくすると暗雲が立ち込め、


 辺りは一瞬にして暗くなる。


「あ、天気が悪くなってきたな」


 ヒロは空を見上げながら、


 天候を心配していた。


「おい、バカか? 暗雲と言ったらあの2人に決まってんだろ」


 ダンテの目は輝きに満ち溢れていた。


「でた、ったく男どもはあの2人の何がいいのかしら」


 ダンテの横でため息をつきながら、


 あきれ果てている。


 2人? 一体何のことだろうか?


 ヒロは疑問を抱えたまま、


 心配そうに空を見つめたり、


 周りをキョロキョロとしていると、


 演奏隊は急に演奏を中止して、


 先程までの優雅な演奏とは打って変わり、


 ゴリゴリのビートを奏で始めた。


 皆見つめる先にはステージが用意されていて、


 その上にゆっくりと2人のデーモンが両脇から登場した。


 その瞬間、


 闘技場は歓声で揺れる。


 それぞれが手にマイクのようなものを持っている。


 この時代にマイクがあるのかとヒロは疑問に思ったが、


 周りはそんなことを気にも留めていない。


 観客のボルテージはどんどんエスカレートしていく。


 1人のデーモンがマイクを口に近づけた。


「みんな~! 元気にしてた~!?」


「「うおぉぉぉぉ!!!!!」」


 黒髪ロングをゆるいウェーブでクルクルと巻き、


 黒のメイド衣装を身に着け、


 明るく振舞っている。


「みんな大好き、悪魔のアイドル! サキュバスのラブだよ! そして!」


 ラブは右手を広げながらもう一人の方に向けた。


 胸まである白い髪をサラサラとなびかせ、


 白のメイド姿は、


 悪魔というより天使に近い。


 白の堕天使という設定なのだろうか?


「インキュバスのイヴだよ! 2人合わせて!」


 2人は手を取り合い、


 顔を近づけた。


「「LOVE IVEで~す!」」


 2人の自己紹介が終わると、


 観客はさらに盛り上がる。


「なんか、凄い人気……なぁ、ダン……」


 ヒロが話しかけようと、


 ダンテの方に振り向こうとすると、


 ヒロの肩に身を乗り出すようにして、


 ダンテは大声を張り上げた。


「ラブちゃ~ん! こっち向いて~!」


 ダンテは両手を一心不乱に左右に振った。


「おい、お前もファンなのかよ……」


「当たり前だろうが! 魔族のアイドルであり皆の妹的存在だ!」


 ダンテの目が怖い……


 というか、魔族に妹とかいるんだ……


 ヒロはどの世界にも癒しや娯楽があるんだなと実感した。


「おぉ~、ラブちゃんは今日もピチピチでええのぉ」


 グルーディアはラブのグッズのようなものを手に取り、


 顔を赤く染めながら、


 前のめりにステージを見ていた。


「まったくグルーディア殿は節操がない。少しは落ち着いたらどうですかな?」


 ゼゼルは飄々とした態度で、


 グルーディアを注意した。


「何を言うか、そういうお前さんも、キーホルダーだのワッペンなど身に着けておるではないか。イヴちゃん推しとはまだまだ小童じゃのう」


 ゼゼルは赤のペンキでも塗ったのかと言わんばかりに顔を染め上げ、


 グルーディアの言葉に反論した。


「なっ! イヴをバカにするのか!? いくら総政局長といえど聞き捨てなりませんぞ!」


 2人の喧嘩に仲裁に入るのはもちろんロゼだった。


「うるさい!! 私の前でゴチャゴチャと下らんことを言うな!」


「しかし、イヴをバカにしてきたのですぞ?」


「ラブちゃんの良さに気づかぬお前さんが悪いわい」


「お前たち馬鹿か? 私たちは黙って……」


 羽織っているマントの後ろに両手を入れて何やらゴソゴソとして何かを取り出した。


「箱推しだろう?」


 ロゼの両手からはラブとイヴのグッズが零れ落ちるている。


 ロゼのあまりの本気っぷりに2人は額に1粒の汗がキラリと流れた。


「ロ、ロゼ様、それは?」


「ロゼ様がそこまで夢中になっているは思いませんでしたぞ」


「何をいうか。私は可愛い物好きなんだ。おい、ライブが始まるぞ! お前たちペンライトは持ったか? うちわが無いなら私のを貸してやろうか?」


 ロゼは誰よりもオタクだったのだ。


 ステージでは2人のトークで盛り上がっていた。


「よし、それじゃそろそろ私たちの曲を披露しちゃうよ!? みんな準備はできてる?」


 ラブがマイクを観客に向ける。


「「おぉぉぉぉ!!!!!」」


「今日もみんなの魔力を~~~……」


「「をぉぉぉx!?」」


 イヴの掛け声に、


 観客も一体となっていた。


「ったく、何やってんだよみんな」


 ヒロは誰にも聞こえないぐらいの声で一人呟いた。


「「吸い取っちゃうぞ♪」」


「うおぉぉぉぉ!!!!!」


 観客の声で闘技場が爆発するのではないかと思うぐらいに、


 身体にビリビリと振動が伝わる。


「吸い取ったらとんでもないことになるだろうがよ!」


 ヒロのツッコミは観客の声で象が蟻をつぶすかのように簡単に消え去っていく。


 ステージは30分以上続き、


 ダンテは声を出し過ぎて、


 喉を枯らしながら腕を上げて応援していた。


「ぜぇ、ぜぇ、ラブ……ちゃん。おぉ」


「もう声出てねぇよダンテ」


 ヒロは倒れそうになるダンテの腕を掴み、


 肩を貸してあげた。


「さて、これで僕たちのステージは終わったよ! 次は今回の大本命! 魔族武闘会の始まりだよ!」


 イヴは手を振りながら笑顔を振りまいた。


 無邪気に微笑むイヴは観客の心を一瞬にして掴む。


「でもね、今回の審判と解説なんだけど~。僕達がすることになったんだよ!」


「「うおぉ! まじかぁ」」


 観客はどよめきとも歓声ともとれるような声で、


 ざわめき始めた。


「みんな落ち着いてね。魔族武闘会のルールを説明していくからね」


 ラブの声で周りは静かになり、


 軽く咳ばらいをしてから、


 ラブは魔族武闘会のルールを説明し始めた。


 形式は3対3の団体戦。


 武器、魔法、スキルなど、


 何を使用しても違反は無く、


 時間制限もない。


 勝敗は至ってシンプル、


『相手を倒すこと』である。


 64組のエントリーの中から勝ち上がっていくトーナメント方式で、


 ヒロの相手はあらかじめクジを引いて決められていた。


 まさかの1回戦……


「ったく、まさかの1回戦とはな」


 ダンテは両手を頭の後ろで組みながら、


 ヒロとベネッタと雑談をしていた。


「まぁ、いいじゃないどうせ試合には出るんだし」


「ベルゼルと当たるには決勝か……」


 ヒロは配られた試合の日程表を見ていた。


 ベルゼルは正反対に位置しており、


 対決するには決勝に行く必要がある。


「もう決勝で戦えると思ってるのか? 気の早い奴だな」


 ヒロが日程表を見ていると、


 ミニデーモンが話しかけてきた。


 振り向くと、


 3人のミニデーモンがニヤニヤしながら立っていた。


「ん? 君たちは確か……」


「1回戦でお前たちと戦うアブロンだ、残念だな俺たちと戦うことになって」


「ふん、お前たちなんか相手にしてねぇよ」


 ダンテは鼻で笑い、


 相手にしなかった。


 地獄の3ヵ月を過ごしたからなのか、


 煽り耐性がついたようだ。


「まぁ、試合になればわかるさ」


 アブロンは後ろを振り返って、


 控室に戻っていった。


「なんだ、ベルゼルの他にも嫌みったらしい奴がいたんだな」


 ヒロはポカンとした顔をして、


 去っていくアブロンの後姿を見ていた。


「どうってことないわ、私たちの相手はベルゼルだけなんだから!」


 ベネッタは全く気にも留めず、


 ヒロの肩を軽く叩いた。


 ベネッタの言葉に安心したヒロは、


 無言で静かにうなずいた。


 すると、


 スタッフらしきデーモンから声がかかる。


「それでは1回戦に出場の方は控室にお願いします!」


 3人はいよいよ始まる1回戦に向けて、


 目を合わせて、


 力強く首を縦に振って、


 控室に向かった。



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