ヒロの決意 2-2

  ヒロの周りには掃除の手を止めたデーモンが、


 野次馬のように集まってヒロやダンテに視線を向けていた。


 だが決していい意味での視線ではないようだ。


 ヒソヒソと話しては、


 何度も顔を覗いて来る……


 こんな見られ方をすれば、


 誰もが心地いい気持ちになることは無いだろう。


「ちょ、どういうことですか? ヒロは何もしてないだろ!」


 ダンテの口調は少し荒々しくなり、


 怒りを体現しているかの表情で、


 今にも手を出しそうな勢いだ。


「ヒロがしてないのなら貴様か? いずれにしろお前たちは問題児なのにかわりはない! まったく、周りに迷惑を掛けて仕事の邪魔ばかりをしおって」


 監視役のデーモンはダンテとヒロを敵視し始めた。


 周りのデーモンはより一層ヒソヒソと会話をしだし、


 興味の視線から軽蔑の視線へと変わっていく。


 納得のいかなかったヒロは監視役のデーモンに詰め寄った。


「俺たちは周りに迷惑を掛けていません。自分たちの仕事を全うしていただけです。なぜそこまで言われないといけないのですか?」


 そこまで言われることはしていない。


 そう思っていたヒロは思わず反論をしてしまった。


 なんで俺たちだけが言われるんだ。


 仕掛けてきたのはベルゼルじゃないか……


 自分が紋章の所持者だからか?


 皆と少し違うからなのか。


 この時、


 ヒロはロゼの言葉を思い出した。


『内部のデーモンたちも快く思わないやつらも出てくるだろう』


 あぁ、そうか……


 俺たちが目立つ行動をしているからなのか、


 周りの動きに同調せず、


 自分たちの好きなように働いているから目障りな存在になってしまっているのか。


 ヒロは心の中でそう思いながら、


 複雑になるなと思い、


 口に出すのを止めた。


「迷惑を掛けていないだと? お前たちのせいで皆の仕事は中断され、余計な仕事が増えている! 周りを見てもそれが言えるのか!」


 監視役のデーモンに叱責され、


 ヒロは周りを見渡した。


 視線は冷たく、


 ダンテとベネッタにも同じような視線を送られていた。


 2人は関係ないじゃないか、


 目障りなのは俺なんだろ?


 ヒロは周りの冷ややかな視線を気にもせずに、


 監視役のデーモンを睨んだ。


「仕事を中断したのは、俺たちのせいじゃない! 勝手に集まって……」


 この言葉を口にした瞬間、


 デーモンたちはまるで今までの感情を爆発させるかのように、


 ヒロ達に壮絶な言葉を浴びせかけ始めた。


「お前たちが問題起こさなければこんなことにならないだろうが!」


「お前たちは仕事の邪魔なんだよ!」


「食事抜きにされたらどう責任取るんだよ!」


 ヒロ達は周りから罵声を浴びせかけられ、


 思わず気おされてしまう。


 ベルゼルはその光景を見て、


 ディエゴ、ヤコブと共に満足げな顔を浮かべていた。


 全てはベルゼルの計算の内だったのだ。


 猫を被り、


 周りから信頼を勝ち取ることで、


 意図的にヒロ達を孤立させようとしていたのだ。


 ヒロはベルゼルの表情を見て、


 全てを悟った。


 あぁ、俺たちはやつの手の上で踊らされてたのだと……


 しばらく罵声をヒロ達が浴びる中、


 1人のデーモンが手に持っていた、


 ゴミとして捨てるはずだった手のひらサイズの石を投げた。


 投げられた石は綺麗な放物線を描き、


 ベネッタの頭に当たろうとする。


「きゃあ!」


 ベネッタは思わず目をつぶり、


 頭を守るため両手で頭を隠した。


「……?」


 痛みを感じなかった。


 不思議に思ったベネッタは恐る恐る片目を開く。


 眼前の先には誰かが目の前に立っていた。


 誰かが助けてくれた?


 ベネッタの先にいたのは、


 仁王立ちをしてベネッタの前に立ち尽くすダンテの姿がそこにはあった。


 転がっている石には血が付着しており、


 ダンテの額からは血がスーッと流れ、


 その視線は投げた者に鋭く向けられている


「ダンテ……?」


「大丈夫か?」


 後ろを振り返り、


 ベネッタに何もなかったのを確認すると、


 ダンテは何も喋らず、


 ただ微笑んだ。


 しかし、状況は悪化していく一方。


 それを皮切りに、


 多くのデーモンがヒロ達に手に持っているものを投げ始めた。


「この城から出ていけ!」


「邪魔者!」


「消えろ!」


 罵声も怒声も、


 一向に止む気配はない。


 ベネッタはこの状況に思わず涙をこぼし始めた。


「もう! なんで私たちがこんな目に合わないといけないのよ……」


「ベネッタ、俺がいる。だから泣くな」


 ダンテはベネッタを守るように、


 ベネッタの頭を胸に近づけて両手で守る。


 ヒロは我慢の限界に来ていた。


 自身が何かをされるのは一向にかまわない。


 ダンテとベネッタが傷つけられるのだけは我慢ができなかったのだ。


 しかし、


 ここで何か反論しても火に油を注ぐだけ、


 被害は酷くなるだけだと。


 何か手はないのか。


 この状況を鎮める方法は……


 しばらくヒロは頭で思考を張り巡らせた後、


 何かを閃いたかのように、


 スタスタとベルゼルに向かって歩み寄った。


 そして、


 ベルゼルを鋭く睨んだ後、


 ヒロはベルゼルに頭を下げた。


「な……!?」


 ベルゼルはヒロの突然の行動に驚く。


 目の前で敵視をしていた者が、


 自分に頭を下げる?


 どういうことだ?


 ベルゼルは理解が追いつかない。


 周りのデーモンは物を投げるのを止めて、


 ヒロの行動に注視した。


「おい、ヒロ! 何してんだよ!」


 ダンテはヒロの行動が理解できず、


 大声を張り上げた。


 ダンテの声に耳を傾けることなく、


 ヒロは頭を上げて、


 困った表情を浮かべた。


「ごめんね、ベルゼル。僕たちは君に嫉妬していただけなんだよ」


 ヒロは意外な言葉をベルゼルに伝えた。


 自分たちはベルゼルに嫉妬をして、


 嫌がらせをしたんだと認めたのだ。


「君は紋章の所持者で、才能があって僕等に無いものをたくさん持ってる。だから、少しでも君に近づきたくて……」


 ヒロは監視役のデーモンにも頭を下げた。


 ベルゼルはヒロがなぜこのような行動をとったのか不思議でならなかった。


 まるで自分がヒロ達にしていることをやり返されているような気分になったのだ。


「あ、あぁ。そういうことなら俺はまったく気にしてないから大丈夫だよ」


 ベルゼルはそう言うしかなかった。


 ヒロが下手したでに出ている以上、


 逆に何かを言えば、


 自分の立場が怪しくなってしまう。


 これ以上の深追いは逆に危険だと判断したのだ。


 ヒロの突然の行動だが、


 それを評価している者もいた。


 監視役のデーモンだ。


 この者はやっと自分の犯したことを理解してくれたのかと、


 してやったりの表情を浮かべていたのだ。


「ふん、自分の非を認めたことはよくやったな。だが問題は問題だ。お前たち3人は2週間飯抜きだ!」


 監視役のデーモンはそういって、


 その場を収めて、


 デーモンたちを持ち場に戻した。


 ベルゼルはなにかもやっとするような表情を浮かべながら、


 ディエゴとヤコブの2人を連れて、


 どこかへ消えてしまった。


 さっきまでの騒動が嘘のように静寂に静まり返る城内で、


 ヒロはダンテとベネッタに歩み寄った。


「ダンテ、ベネッタ。大丈夫か?」


「おい、さっきのどういうことだよ説明しろよ」


 ダンテはヒロに怒りの目を向ける。


 なぜお前はアイツに頭を下げたんだ。


 そういわんばかりの表情でヒロに訴えた。


「まぁ、僕らが悪かったんだし、掃除の続きでもしようか」


 ヒロは終始にこやかに会話をして、


 掃除道具を持って、


 持ち場の螺旋階段に戻った。


 ダンテとベネッタも螺旋階段まで戻って掃除を始める。


 しかし、


 先程までの和気あいあいとした雰囲気は全くなく、


 むしろ殺伐とした空気が広がり、


 掃除が終わるときまで3人は会話をすることは無かった。


 やがて、


 ロゼが城に戻ってきて、


 部屋に戻るため、


 螺旋階段で掃除しているヒロ達に近づいてきた。


「仕事をしているな、どうだ? だいぶ慣れた……か?」


 ロゼは違和感をすぐに感じ取った。


 ヒロ達は会話をすることなく黙々と掃除をしている。


 昨日見た時は、


 楽しそうに話をしていたのに何があったのだろうか?


「いえ、大丈夫ですロゼ様。気を遣っていただきありがとうございます」


 ヒロは笑顔を浮かべ、


 掃除の手を止めることなく、


 ロゼに頭を下げた後、


 何事もなかったかのように掃除に集中した。


「あ、あぁ。大丈夫ならそれでいい。しっかり精進するんだぞ」


 ロゼは浮かない顔をしながら、


 そのまま自部の部屋に戻る。


 勤務が終わり、


 ヒロはそそくさと自分たちの部屋に戻った。


 扉を閉める。


 ヒロは目を閉じて大きく息を吸い込んだ。


 しばらく息を止め、


 目を大きく見開く。


「くそがぁぁぁ!!!!!」


 ヒロの表情は一瞬にして怒りの表情へと変わった。


 ヒロはずっと我慢していたのである。


 ベルゼルに下げたくない頭を下げ、


 ダンテ、ベネッタにこれ以上周りの怒りの歯が向かないように、


 自らの感情を押し殺し、


 プライドも何もかもを捨て、


 苦汁を飲んだ。


 その溜まりに溜まった感情がついに爆発。


 魔王の城は壁が非常に厚く、


 扉を閉めれば外に漏れることは無い。


 だが、


 それでも近くにいれば聞こえてしまうかのような、


 大きな声をヒロは出した。


「ふー、ふー、あのベルゼルのやろう。猫かぶりがって……」


 ヒロの怒りは収まらない。


 部屋の中にあるタンスやベッド、


 衣類を何もかも暴れてグチャグチャにしたい気分だ。


 息遣いは一呼吸ごとに荒く、そして大きくなっていく。


「なぁんだ、やっぱりそういうことなのね」


 ヒロの背後から女性の声が聞こえた。


 マズイ! 誰かに聞かれたのか?


 ヒロは驚くより早く振り返った。


 そこには扉の前で、


 腕を組んでいるベネッタとその後ろで、


 ヒロの豹変ぶりに驚いているダンテの姿があった。


「ダンテ……ベネッタ」


「ど、どういうことなんだよヒロ、今のなんだ?」


 ダンテの思考が追いつかない。


 思っていたヒロの斜め上を行くような行動が、


 ダンテには到底理解できなかったのだ。


……でしょ?」


 ベネッタがすべてを悟ったかのように語り始める。


「あの状況、私たちに被害を出さないためにあえて。ベルゼルだってバカじゃないわ、ヒロに下に来られたら許すしかない、みんなに見られてるしね。本当は全部1人でどうにかしようとしてたんでしょ?」


 ヒロに詰め寄りながら、


 ベネッタはヒロの手の内を明かすようにダンテに説明をした。


「おい、そうなのか? ヒロ! 水くせぇぞ!」


 なんだ、バレていたのか。


 まぁ、あからさまな態度をとっていたからな。


 遅かれ早かれいつかは話すつもりだったし……


 ヒロは観念したのか、


 深いため息をついた。


「ダンテ、ベネッタ、俺はあのベルゼルを絶対に魔族武闘会でぶっ飛ばす! だから、みんなの前ではなるべく目立たないように生活してほしい!」


 ヒロはダンテとベネッタに説明をした。


 魔族武闘会が開催されるまでの3ヵ月の間、


 仕事を終わらした後の自由時間で、


 地下訓練所で訓練をすること、


 なるべく目立たず、


 事を荒立てないこと、


 ベルゼルがちょっかい出してきても、


 軽くあしらう程度で相手をしないことなど、


 息を潜め、


 魔族武闘会でみんなを見返し、


 ベルゼルを倒して優勝することをヒロは、


 時間を使って説明をした。


 事情を理解したダンテは満面の笑みを浮かべ、


 ヒロの肩を痛みが走るほど力強く叩いた。


「よっしゃぁ! さすがヒロだな、疑って悪かったな。まさかヒロがそんなに頭が回るとは思わなくてよ!」


 ヒロは叩かれた肩の痛みをもう片方の手でさすり、


 痛みを和らげる。


「俺の事どんな奴だと思ってたんだよ。ったく」


「よし、そういうことなら絶対にアイツに勝って見返してやろうぜ! なぁ、ベネッタ!」


「私は全然大丈夫よ。 それよりもこれからの日々の方が私は心配よ、あんた達ちゃんと耐えれんの?」


 ベネッタは腕を組んで、


 深いため息をついて、


 2人の心配をしていた。


 しかし、ヒロはベネッタの言葉に自信ありげに返す。


「大丈夫だよ、ベルゼルを倒すって気持ちだけで乗り切ってやる。アイツはほんとにムカつく奴だよな、俺たちの前では陰湿なくせにみんなの前では猫かぶりやがって、あんな奴絶対モテないだろ。性格悪いもん……ブツブツ」


 ヒロは不気味な笑みを浮かべながら、


 呪文のようにベルゼルの悪口を並べていく。


 ダンテとベネッタはヒロの姿を見て、


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、


 顔を引きつらせていた。


「おい、ヒロの悪口がとまらねぇぞ」


「ふっ、これが……ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る