ヒロの決意 2-1

  ミニデーモンの朝は早い。


 朝も日が昇り始めるころ、


 ヒロ達は前日の疲れが残っており、


 気持ちよくベットで寝ていた。


 ミニデーモンは複数人で1つの部屋を利用しており、


 ダンテとヒロは同じ部屋に住んでいる。


 既に他のミニデーモンたちの姿はなく、


 ヒロとダンテだけが部屋に残っていた。


 そこに躊躇なく入ってきたのは前日まで訓練に付き合っていたベネッタだった。


 寝過ごしているヒロとダンテの目の前まで来て、引きずり起こすようにたたき起こした。


「こらぁ! 馬鹿ども起きろぉ!」


 布団から引きずり落とされたヒロとダンテは飛び上がり、


 何事かと思うような表情をしながら周りを見渡した。


「いってぇ! なにすんだよこのバカベネッタ!」


 ダンテが無理やり起こされたことを叱責しようと、


 上を見上げると、ベネッタの表情は凄い剣幕をしていた。


 ヒロは目を手でこすりながら、


 状況を整理し始める。


「今何時だと思ってんの!? 4時よ4時! 遅刻するわよ!」


「うおぉ! マジか、おいヒロ急げ!」


 ダンテはタンスに急いで向かい、


 掃除用のエプロンと頭巾を取り出し、


 部屋を出る準備をし始める。


「……なんだよ、急に起こして。ベネッタ何かあったの?」


 ヒロは状況が理解できずにいた。


 そんなヒロを見て、思わずベネッタはため息を漏らした。


「あのねぇ、私達ミニデーモンは4時起床で4時10分には持ち場にいないといけないの、今は4時つまり……」


「……」


 ヒロは事の状況を理解して、飛び上がってダンテを見ると、


 ダンテはヒロの方に体を向けてニヤリと笑った。


「そっ、遅刻だ♪」


 ダンテはにやけながらヒロの方を向き、


 支度を済ませて急いで部屋の外に飛び出していった。


「あ、おい! ずるいぞ、ちょっと待てよ! ってか、4時起床って鬼畜すぎだろ!」


「だから、ブラックな職場だって言ってるでしょ! もう、ヒロ早く支度して!」


 ベネッタに急かされ、支度を手伝ってもらいながらヒロは部屋を飛び出し、


 持ち場の螺旋階段に向かった。


 魔王の城は10階建て。


 1階から10階を貫くように螺旋階段は中央に作られている。


 これを今日中に拭き終わらなければいけない。


 掃除に用いられるのは、叩き棒と雑巾、そして掃き掃除用の道具とバケツのみ。


 掃除の基本は上から下だ。


 まずは10階からしなければならず、


 ヒロ達の部屋は2階、


 ヒロとベネッタは階段を急いで駆け上がると、


 ダンテはすでに持ち場につき、掃除の準備をしていた。


 螺旋階段に到着したヒロとベネッタは、


 就業5分前についたため、


 監視役のデーモンに叱られたが、


 なんとか食事抜きにならずに済んだ。


 ダンテは1人だけ叱られることなく、


 叱られている2人を見て、ニヤニヤしている。


 説教が終わった2人は、ダンテのそばに行き、


 一発ずつダンテを殴ってから、持ち場についた―――


 ―――「ふわぁぁぁ、やばい昨日の疲れが全然取れてないや」


 ヒロは雑巾を持って、螺旋階段の手すりを丁寧に拭き上げていた。


 相変わらず城の中は騒騒しく、


 エプロンを付けたデーモンがせわしなく掃除をしている。


「まぁ、あんだけ動けばそうなるだろ。おまけにお前は昨日の皿の件で3日間食事抜きだし」


「あっ、そうだった。すっかり忘れてたよ」


 今日から3日間は食事が無い。


 ヒロは気持ちが落ち込み、


 掃除をする手がゆっくりになる。


「大丈夫よ、私の食事を少し分けてあげるから」


 ベネッタは掃き掃除をしながら、ヒロのことを気遣う。


「ベネッタ、ありがとう」


「大丈夫よ、私はどこかの誰かさんみたいに自分だけ助かろうとか思ってないから」


 ベネッタの言葉に誰よりも反応をしたのはダンテだった。


 ダンテは背中に生えた羽を起用に動かし、


 螺旋階段の手すりの柵を雑巾で拭きながら、


 ベネッタに反論した。


「おぉ~い、聞こえてるぞ~? 誰が自分だけ助かろうだって?」


「あ~ら、ごめんなさい。聞こえてたのかしら?」


 また2人の痴話喧嘩が始まった……


 そう思ったヒロは、


 手を早く動かして掃除のスピードを上げる。


 およそ1時間ぐらいが経った頃、


 ロゼの扉が音を立てながら開く。


「ロゼ様の外出だ! 全員並べ!」


 監視役のデーモンがロゼの部屋の扉が開いたことに気づき、


 城内に響き渡るほどの大きな声で叫んだ。


 すると、城にいたデーモン、ミニデーモンは一斉に手を止め、


 城の玄関の大広間に1列に並び始める。


「おっ、ロゼ様の外出だ! ヒロ、俺たちも並ぶぞ」


 ダンテは声が聞こえると、手に持っていた雑巾を手すりに掛け、


 羽を動かして、1階の大広間に移動し始める。


「なぁベネッタ、ロゼ様は外出して何してるんだ?」


「それは、外に行って街の視察とかモンスターの駆除をしに行くのよ」


「へぇ、そうなんだ」


 ベネッタと話をしていると、


 ベネッタは羽を動かして、


 広間で列に並ぶ準備を始める。


 ミニデーモンは羽を動かして、飛ぶことができるのか?


「ねぇ、羽ってどうやって動かすの?」


 ヒロは飛ぼうと試みるが、なかなかうまく羽を動かすことができない。


「簡単よ、背中に腕がある感覚を掴んで、それを上下に動かすのよ」


 ヒロはベネッタに言われたように背中に意識を向ける。


 ピクピクと羽が動き始める。


 あぁ、この感じか。


 あとは、これを上下に動かせば……


 ヒロの体が少しずつ浮き始める。


「そう! あとはイメージよ、空を自由に飛んでいるのを頭の中に描けば飛べるようになるわ、次第に無意識に飛べるようになるから」


 空を……自由に飛ぶ!


 ヒロの体は急激に浮き上がり、


 飛ぶことができるようになった。


「さすがヒロね! さぁ、ロゼ様を見送りに行きましょう」


「ありがとうベネッタ! よし!」


 飛ぶことができるようになったヒロは急降下して、


 大広間の列に並ぶことができた。


 ヒロは玄関付近に並び、


 ロゼが来るのを待った。


 螺旋階段をゆっくりと降りるロゼの足音が聞こえる。


 次第にその音は大きくなり、


 大広間に広げられたレッドカーペットの上を一歩ずつ歩くロゼを見て、


 ヒロは目を奪われてしまう。


 改めてみると、魔族とは到底思えない美貌。


 色気を振りまきながらレッドカーペットを歩く姿は、


 まるでモデルのようだ。


 ロゼはヒロに気づき、


 微笑んだ。


 なぜ、微笑んだのかはヒロは理解ができなかったが、


 思わずキュンっとしてしまう。


 そしてロゼは、ヒロの前まで来ると、


 足を止めてヒロの方を向いた。


「ヒロ、お前には期待しているぞ」


 そう言い残して、城の外に出ると、


 扉はゴゴゴゴゴッっと大きな音を立てて閉まった。


 扉が閉まり、監視役のデーモンが大きな声で号令を出す。


「ロゼ様は外出された、お前たち持ち場に着け!」


 全員が持ち場に戻っている中、ヒロだけはその場に立っていた。


 ヒロはロゼの言葉が気になっていたのだ。


 期待している? 何を?


 ヒロが呆然としていると、


 肩に誰かが手を置いた。


 振り返るとダンテとベネッタだった。


「ダンテ、ベネッタか」


「どうしたんだ? ロゼ様に何か声でもかけられたのか?」


「あぁ、『期待している』って……どういう意味だろ?」


 首を傾げながら、


 ロゼの言葉の意味を考える。


「紋章の所持者だからじゃないの? まぁ、今考えたってどうにかなるもんじゃないし、早く戻らないと私たちまで食事がなくなっちゃうよ」


 ベネッタは羽をパタパタと動かして、


 持ち場に戻った。


「なんだよ、結局ベネッタも自分のことしか考えてねぇし」


 ブツブツと愚痴をこぼしながらダンテも持ち場に戻る。


 まぁ、考えても俺のやれることは少ないか……


 ヒロは深く考えることを止めて、


 持ち場に戻り掃除を再開した。


 掃除をしながらヒロはダンテとベネッタに、


 世界の成り立ちや、


 詳しいことを聞けるだけ聞いた。


 ロゼ率いる魔王軍は、


 9の軍団に分かれており、


 それぞれに軍団長が存在する。


 いずれも紋章の所持者で猛者ぞろいとの噂だそうだ。


 ロゼは王の中でも比較的若く、


 統治している土地も他の王より圧倒的に少ないらしい。


 そのため、


 毎日街の様子を自ら確認しているのだとか。


 民の為に動く辺りはさすが【王】の名を冠する者。


 城の外には、


 ロゼが統治している街や村が存在し、


 そこにはデーモンだけでなく、


 デビルやインプ、


 グレムリンなどの多くの種族が生活していて、


 農作物や、商業で魔王軍の資金源を担っている。


 ロゼは多くの民によって支えられていたのだ


 そんなデーモンたちには階級が存在する。


 魔王ロゼによって誕生するのは決まってミニデーモン、


 主に、掃除やロゼの身の回りの世話をしたりするのが主な仕事内容となる。


 仕事ができるようになると、


 彼らを指示したり、


 監視をするデーモンに昇格することができるようだ。


 また、魔王ロゼもしくは軍のデーモン兵に認められれば、


 正式に魔王軍のデーモン兵として働くことができる。


 街の駐屯所に在中したり、


 戦場で武功を上げたり、


 戦闘経験を積むことでデーモン兵を指揮するアークデーモンに昇格する。


 アークデーモンになれば、


 ロゼの魔力を必要としなくなり、


 自らの体内で魔力を生成することができるようになる。


 ヒロにはまだ知らないことが多かった。


 掃除をしてしばらく経つと、


 ヒロの邪魔をする者が現れた。


 ベルゼルとお供の2人だ。


 ベルゼルは自分たちの掃除が終わったのか、


 わざわざヒロ達の近くまで寄ると、


 チリトリを蹴とばし、


 ゴミを散らかした。


「あぁ! せっかく集めたのに!」


 ヒロが急いでチリトリを元に戻すが、


 すでにゴミは散らかり、


 掃除を一からする羽目になった。


「おい、ベルゼル! お前何してくれてんだよ!」


 ダンテは手に持っていた雑巾を床に思いっきり叩きつけ、


 ベルゼルに近寄った。


「おぉっと、ごめんよ足が勝手に。なぁ?」


 ベルゼルはお供のディエゴとヤコブに同意を求めるかのように、


 笑いながら2人を見ると、


 2人も釣られるように笑い出した。


「てめぇ、いい加減にしろよ!」


 ダンテが怒りのあまり、


 ベルゼルに首に掴みかかり、


 乱闘騒ぎになってしまう。


「なんだよ! やるのか貴様!」


「おぉ、やってやるよ!」


 2人の取っ組み合いは城内に響き、


 ゾロゾロとデーモンたちが野次馬のように集まり始める。


「ちょ、ちょっとやめなよダンテ!」


「おい、ダンテもういいから早く掃除しようよ!」


「うるせぇ、とめんな! コイツをボコボコにしてやる!」


 ダンテの怒りは収まらない。


 ベネッタとヒロが体を張ってダンテを止めようとするが、


 ダンテは暴れ続ける。


 そんな時、


 ダンテの右肘が、


 ベルゼルの頬にヒットした。


「ぐぁ! 貴様……やったな」


 ベルゼルの表情が次第に曇り始める。


「くそ、紋章を持たないお前が俺に勝てるとでも思ってるのか……」


 ベルゼルの目つきが変わった。


 同時にベルゼルの周りの雰囲気もガラッと変わる。


 何やら得体のしれないオーラ的なものが漂っている。


 目で視認することはできないが、


 肌で感じ取ったヒロは思わず唾を飲み込んだ。


「ベルゼルさん! まずいよスキルを使ったら」


「そうだよ、落ち着いてベルゼル!」


 ディエゴとヤコブに引き留められ、


 ベルゼルは正気を取り戻したのか、


 ふっと我に返り、


 ベルゼルの表情も戻った。


 いまだにダンテはヒロとベネッタの腕の中で暴れ続けているが、


 監視役のデーモンが駆け付け、


 状況を確認した。


「おい、どうしたんだこの騒ぎは」


「すいません、僕が誤って彼らが集めているゴミを蹴ってしまって……」


 ベルゼルはお得意の


「僕は謝ったんですが、ダンテ君が許してくれなくて」


「なんだと! お前がわざとやっただ〇×%&!」


 ダンテは必死に説明しようとするが、


 ベネッタに口を塞がれてしまう。


「アンタが言うとややこしくなるから!」


「また貴様たちか……ん? 貴様は確かヒロといったな?」


 監視役のデーモンがヒロを見ると、


 まじまじと見つめてくる。


「あ、はい」


 ヒロが返事をすると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「お前の周りではいつも騒動が起こるな、もしや貴様が引き起こしているんじゃないのか?」


 なんと、監視役のデーモンはヒロが元凶なのではと疑い始める。


 突然向けられた言葉に、


 思わずヒロは言葉を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る