魔王の城に配属したその日 1-3

  ヒロが理解するのに時間はかからなかった。


 見えているのはほんの一部なのだろう。


 ヒロは思わず唾を飲み込む。


「グオォォォォ―!!!!!」

「ガルルルルッ」

「キシャァァー!!」

「オォォ……」


 城の外にいるのは、本能のままに動き続ける、


 我を忘れたモンスターの群れだった。


 それはヒロたちがいる城の上階からでもわかるほど、


 凄惨な光景が広がっている。


 涎は垂れ流しで、目は血走っている。


 互いに傷つけあい、


 死んだ者の肉を囲って無我夢中に喰らっているのもいれば、


 ただ、フラフラと歩き彷徨うものもいる。


 しばらくその光景を目にしたヒロは気分が悪くなった。


「これは、一体……」


 ヒロは、眉をしかめながらロゼの方を振り向いた。


「魔力を食べなくなったものは、我を失い一種の飢餓状態に陥り、まるで狂ったモンスターのように成り果てる。そして、本能のままに動き続ける、死ぬまでな」


 ロゼはどこか悲しそうな表情を浮かべながら、


 ヒロにだけ聞こえるような声で喋った。


 ただ、ヒロは少し気になったことがあった。


「なんか、俺たちと同じ姿をしてる奴だけじゃないですよね?」


 そう、外でモンスターになっているのはどうやら、


 ヒロがこの城で見たデーモンだけではないようだ。


 獣、虫、鳥、それだけではない。


 人のような姿をした者までが気味の悪い雄たけびや奇声をあげていた。


「それは、この世界には王の名を持つ者がほかにもいるからよ」


 ベネッタはそういって、


 ダンテの隣に行って行儀よく正座をするように膝をついた。


 右手で魔力を1個手に取り、そのまま口に運んだ。


「魔王ロゼ様のほかに魔王がいるってことか?」


「魔族の王はただ一人、ロゼ様だけよ」


 ダンテは豪快に食事を口に運びバクバクと魔力を食べる。


 ベネッタは話をしながらも、モグモグと魔力を食べていた。


「彼らも同じように、魔力を食べなかったことでモンスター化してしまうの」


 そうだったのか、


 確かに、城のデーモンは話もできるし、


 考えることもできる。


 だが、外にいる彼らはそれができないのか、


 まるで現代の会社のようだな。


 使えない社員は切り捨てられて、


 ニートや、ホームレスみたいになって、その場しのぎになるわけだ。


「でも、なんでそうなるってわかってるのにデーモンを召喚するんですか?」


 ロゼは、カーテンをゆっくりと閉めて、ベッドに戻り腰を掛けた。。


「さっき、他にも王がいると言っただろう、彼らは我が領土が欲しい、もちろんそれはこちらも同じ、だから兵隊が多く必要なのだ」


「そんな……」


 俺も食事をできなくなったら外にいる彼らと同じになるのか……?


 ヒロは不安や恐怖で胸が押しつぶされそうになる。


「でも、これが食事ってことは、俺たちは自分で魔力を作ったりはできないってことですか?」


「本当、お前は何もわかんないだな」


 ダンテが両手に魔力を持ち笑いながら答えた。


「魔力は俺たち魔族の生命の源! 強くなればなるほど自分で魔力を生成できるようになる! まぁ、今の俺たちには到底無理な話だ! アークデーモンぐらいにはならないとな」


 両手に持ってる魔力を頬張りながらダンテは自信ありげに答える。


「ダンテ、そしたら俺はどのくらい食べればいいんだ?」


「う~ん、そうだな、ざっと10年じゃないか?」


 じゅ、10年!?


 そんなに食べないとダメなのか!?


 ヒロはあまりの時間の長さに開いた口が塞がらなかった。


「ところで、ヒロ、そしてダンテとベネッタにお願いがある」


 3人はロゼの方を向いた。


 向いたのを確認した後、一呼吸おいてロゼは話始める。


「ヒロのことだが、お前のことは他言無用だ、デーモンたちにもこれ以上余計な話はしなくていい」


「え、ロゼ様それはどうしてですか?」


 ベネッタが聞き返す。


「他の王に知られることになれば、おそらくお前は狙われるだろう。魔王の始祖の名前は世界に知れ渡っている、少しでも脅威になる可能性があるのであれば早めに潰すに越したことは無いからな。それに、内部のデーモンたちも快く思わないやつらも出てくるだろう、ヒロはこれからの魔族に必要な存在になっていくだろうからな」


「確かに、アイツはお世辞にもいい奴とは言えないからな」


 ダンテは食べるのを再開しながら、アイツの悪口を言った。


「アイツって?」


「私達の同期に嫌な奴がいるのよ、キザでうざったらしくて嫌みたっぷりな嫌な奴!」


 ベネッタの口調が荒くなった。


 どうやら、ベネッタも快く思っていないらしい。


 デーモンにも人間関係みたいなのがあるんだな。


「それとヒロ、お前は魔族の始祖の名を冠しているのは果たして偶然なのか? 紋章も所持しているし、いろいろと出来過ぎてる気がするんだが、何か心当たりはないか?」


 ヒロは確信を突かれたような感覚がして、思わず背中を正してしまう。


 マズイ、転生してきたなんて言っても信じてもらえないよな。


 元人間ですなんて口が裂けても言えないぞ。


「いや、どうでしょうか、俺は気づいたら魔法陣の上にいたんで」


 ヒロはおどおどした様子で答えた。


 ロゼはヒロの様子がおかしいことには気づいたが、


 何か事情があると思い、それ以上は深入りするようなことはしなかった。


「まぁ、とにかくしばらくは使用人と働け、もちろん働かなければ食事は無い、お前だけ特別扱いするわけにはいかないからな」


 ロゼはベッドに横になりながら、ヒロの身を案じる。


「は、はい。わかりました」


 ダンテは食事をしながら横目でヒロを見た。


 返事はしているものの、どこか元気がないヒロを気にかける。


「なぁ、ヒロお前にできることは3つだ。寝ること、食うこと、働くことだ。考えたって仕方ないぜ、まずは食えよ、そして強くなろうぜ! 何かあったら俺とベネッタが助けてやるからよ!」


 ヒロはダンテの言葉に少し心が温かくなった気がした。


 さっきまで悩んでいたことがまるで嘘のように。


「……あぁ! そうだな」


 ヒロはそういうと、ダンテとベネッタの間にズカッと入り込み、


 両膝をついて、ダンテと同じスピードで食事を始めた。


「あぁ! おい、こんな狭い所にわざわざ入らなくていいだろ!」


「そうよ、それにがっつき過ぎよヒロ! 少しは落ち着いたら?」


 ダンテとベネッタに注意されるも、


 お構いなしにヒロは食べ続けた。


 ヒロが無我夢中に魔力を食べている姿を見たダンテとベネッタは、


 2人で数秒間見つめあって、笑顔をこぼした―――


 ―――食事を終えた3人は、ロゼに挨拶をして、皿を厨房に返しに向かう。


 皿はとても大きく、2人がかりでやっと持てるぐらいだ。


 ダンテとヒロはお互いに端を持って注意しながら進む。


「いやぁ、あんなに食べたのは初めてだな」


 皿を持ちながら、ダンテが話始める。


「そうね、お腹もいっぱいだし、また明日から仕事頑張らなきゃね」


「なぁ、ダンテ。俺って結局、どこ掃除するんだ?」


「あ~、確か明日はあのクソ長い螺旋階段の手すりだったような」


「え~! 城の入り口にある大広間の? 初日からハードすぎ……」


 話をしていると途端にダンテが歩く足を止めた。


「おい、ダンテ! 何足を止めてんだよ、歩け……って……?」


 目の前には3人のミニデーモンが立っていた。


 1人は痩せていてガリガリ、


 もう1人はふくよかな体型をしていてガッチリしている。


 そして、真ん中に立っているミニデーモンは明らかに違う雰囲気を出していた。


 そして、ヒロと同じで額に紋章がある。


「やぁ、君が噂のヒロかい?」


 真ん中のミニデーモンが突然ヒロに話しかける。


「えっ……と、君は?」


 ヒロが返答していると、ダンテが大声を出した。


「おい、ベルゼル!  そこをどけよ、俺たちは皿を厨房に返しに行くんだからよ!」


 すると、後ろの2人がダンテの言葉に反応した。


「うるせぇ! 俺たちはそこのヒロってやつに用があるんだよ!」


「そ、そうだ! ダンテには関係ないだろ!」


「なんだと、お前らやんのかよ!」


 ダンテは後ろの2人と口論をし始めた。


 状況が追いつかないヒロはベネッタに助けを求める。


「ねぇ、ベネッタ、誰なの?」


「さっき言ってたでしょ? ベルゼルって奴でキザで嫌みったらしくて、うざい奴よ。後ろの2人はガリガリがディエゴ、デブがヤコブ。まぁ、簡単に腰巾着ね」


 ベネッタの悪口が聞こえていたのか、ベルゼルは嫌みったらしく笑った。


「おいおい、ベネッタ。誰がキザで嫌みったらしくて、うざい奴なんだい?」


「あら、聞こえてたの? そういうところがうざいって言ってんのよ」


 ベネッタはさらに挑発するように舌を出した。


「まったく、可愛い顔が台無しだぜ? ベネッタは素直じゃないんだから」


「私はいつでもあなたには素直ですけどね」


 ベルゼルはため息をついて、視線をヒロに向けた。


「なぁ、ヒロって言ったっけ? お前も俺と同じ紋章の所持者なんだろ?」


 ロゼに言われたことを思い出したが、どこまで喋っていいのかわからなかった。


「あぁ、そうだけど」


「お前はどんなスキルを持ってるんだ?」


 ヒロはベルゼルに聞かれたが、ダンテが話に入ってくる。


「お前に教える筋合いはねぇよ! さっさと消えろよ」


「ダンテ……お前俺に負けたのに、まだ向かってくるのかよ。いい加減負けを認めろよ」


 ベルゼルは余裕な表情でダンテの方を向く。


「うるせ、俺は負けてねぇ、何ならもう一回してもいいんだぜ?」


「おい、よせよダンテ! ここで張り合っても仕方ないだろう! ごめんよベルゼル、俺たち先を急いでるんだ」


 ヒロはダンテを仲裁し、皿を持ちながら先頭を歩いた。


「……チッ」


 ヒロはつまづき、皿を落としてしまう。


 大きな音と共に、皿は粉々に割れてしまった。


「いって~、やばいどうしよう! ロゼ様の皿割っちゃった!」


 ヒロが振り返ると、ヒロが歩いた場所に足が置いてある。


 ヒロが上を見上げると、ベルゼルがニヤニヤしながらヒロのことを見下していた。


「おい、ベルゼル! お前ヒロになんてことしやがるんだ!」


 ダンテは我を忘れたようにベルゼルに詰め寄る。


「ヒロ! 大丈夫? ちょっとひどいじゃない!」


 ベネッタはヒロに駆け寄り、ベルゼルの方を向いて怒鳴った。


「おぉっと、ごめんよ足が勝手に。ははははっ」


 ベルゼルは笑いながら、足をひっこめた。


「おい、あんまり調子のんじゃねぇぞ」


 ダンテは少し声のトーンが下がった。


 ベルゼルの顔の近くで凄み、歯をギリギリとさせながら怒りを堪えていた。


 皿が割れた音で騒ぎを聞きつけた監視役のデーモンが確認にやってくる。


「おい! 何事だ?」


 監視役のデーモンがきた瞬間、ベルゼルはさっきまでの態度が嘘のように変わる。


「おい、ヒロ君。大丈夫か? 怪我はしてない?」


 ベルゼルはヒロに駆け寄り、ヒロの腕を持って支えながら立たせた。


「まったく、ヒロ君はおっちょこちょいなんだから。すいません監視さんこの子が転んじゃって皿を割ってしまったんです」


「え、いや俺は割ってなんか……」


 ヒロは誤解を解こうとするが、ディエゴとヤコブに後ろから口を塞がれる。


 監視役のデーモンは周りを見てから、


 割れた皿を確認した。


「この皿は大変貴重な皿でロゼ様が大切にしていた皿だぞ! ヒロといったな? 明日から3日間食事抜きだ」


「そんな、監視さん! やったのはヒロじゃない、ベルゼルが足を引っかけて……」


 ダンテが弁解してくれようとしたが、


 既に遅かった。


「うるさい! お前も共犯で飯抜きにするぞ! いいからここを片付けろ!」


 監視役のデーモンはそういって、その場を去っていった。


「くっ! ベルゼル! てめぇよくも!」


 ダンテがベルゼルに掴みかかろうとしたがベネッタが止めに入る。


「やめなよダンテ! 相手にするだけ無駄よ」


 ベルゼルはダンテが掴みかかろうとしても余裕の表情を見せている。


「……ぐっ、……チッ。ヒロ片付けるぞ」


 ダンテは物凄い剣幕でベルゼルを睨んだ後、割れた皿の破片を1つ1つ丁寧に手に取り始める。


「まっ、せいぜいうまいこと立ち回ることだね。じゃあね」


 そういってベルゼルはディエゴトヤコブを連れて、どこかへ消えてしまった。


 高らかな笑いと共に。

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