魔王の城に配属したその日 1-2

  ロゼは静かにヒロを睨みつける。


「貴様か、喋っていたのは」


 ロゼは顔を近づけるが、ヒロは顔を合わせることができない。


「ま、待ってください!」


 ベネッタが列を飛出し、ヒロとロゼの間に割って入った。


「バカ! ベネッタ何してんだよ!」


 ダンテはベネッタが心配になって、ベネッタの腕を引っ張り、デーモンの並ぶ列に戻そうとする。


「なんだお前たち、ミニデーモンが私に意見するつもりか?」


 ロゼはベネッタとダンテを睨みつける。


 迫力は魔王そのもので、


 デーモンたちは恐怖して、数体はその場から逃げ出した。


 勿論それはヒロにも伝わり、ロゼの迫力に圧倒される。


 ベネッタとダンテはその場に腰を抜かすようにへたり込んだ。


「い、いえ、でもその子は紋章の所持者なんです……」


「なに? 紋章の?」


 そういうと、ロゼはヒロの顔をじっと見つめる。


「あ、あの……」


 ヒロはずっと見てくるロゼに話しかけた。


 ロゼは超がつくほどの美人。


 近くで見れば、見るほど美しく気高い。


 デーモンの肌は黒いが、ロゼの肌は白くきめ細かい。


 唇はぷっくりとしていて、


 女性のやわらかい匂いが髪や衣類から漂う。


 思わず魅入ってしまう程だ。


 そんな魅力的な美女が今、目の前で自分の顔を見ている。


 それが恥ずかしくて仕方がなかったのだ。


「なるほど、確かに紋章があるな」


 急にロゼはボソッと喋る。


「すいません、紋章って何ですか?」


 ヒロは紋章のことについて聞いてみた。


「貴様、紋章のことを知らんのか? おかしいな私の魔力から生み出したはずだから、ある程度の知識は持っているはずなのだが」


 そういうと、ロゼはヒロから離れた。


「紋章とは、魔力の根源である【魔素】が凝縮したもの。紋章の所持者は他の者と違い圧倒的な魔力を誇るのだ」


 ロゼは胸の前で両手を組みながら、説明をする。


 そしてしばらく考え事をした後、静かに微笑んだ。


「貴様、名は何というのだ?」


「あ、え~っと、ヒロ……です」


 その言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員が驚いた。


 当然、ロゼも驚き、少し後ずさりする。


「ヒロ……だと?」


 そういうと、ロゼは突然ヒロの腕を掴み、ズカズカと歩いて階段を上り始める。


「あ、あのちょっとロゼ……様?」


 ヒロは急な出来事に、何が起こっているのかわからなかった。


 階段を3段ほど上ったところで、ヒロの腕を掴んだままロゼは振り返り、デーモンたちに聞こえるぐらいの大きな声で命令を下した。


「皆の者、持ち場に着け! 私はこの者に聞きたいことがある! おい、そこの2人もついてこい」


 ロゼの言葉に、返事をしたデーモンたちはそれぞれが持ち場につき、仕事を再開した。


「え、俺たちもですか?」


「そう……みたいね」


 ロゼはダンテとベネッタも呼びつけ、自分の部屋に3人を連れていった。


 ロゼの部屋は豪華な飾り付けがたくさんしてあるが、女性の部屋といった感じで非常に可愛らしい。


 壁には花を生けてあり、


 部屋の香りは、花の香りで満たされている。


 流石に魔王と言えど、女の子なのか。


「ヒロといったな。お前はどこまで知っているのだ?」


 ロゼは着ている衣類やマントをベッドの上に脱ぎ捨てた。


 綺麗好きとは聞いていたが、本人自体は綺麗好きではないようだ。


「え、何がですか?」


 ヒロがロゼに聞き返す。


 一体何を聞かれているのかわからなかったからだ。


 すると、ロゼはおもむろに着替え始めた。


 次々と着ている服やズボンを脱ぎ捨て、綺麗な肌が露出していく。


 思わず、ヒロは目を塞ぎ、ダンテはベネッタによって目を隠された。


「おい! ベネッタみえねぇだろうがよ!」


「ダンテは見なくていいの! ロゼ様の体を見るなんて10年早いのよ」


「よい、もう着替えは済んだ」


 ロゼの言葉で2人は目を開けた。


 2人は思わず唾を飲み込んだ。


 着替えたロゼは綺麗な美人だったのが一瞬にして可愛い美人に変わったのだ。


 白い半袖を着ているが、衣類の上からでもわかるプルンとした胸。


 カーキ色の短パンを履き、綺麗な白くて長い脚は誰もが見惚れてしまう。


 ダンテは頭を搔きながら、ロゼに話しかける。


「あ、ロゼ様、お綺麗です……」


 ヒロは横目でチラッとダンテを見た。


 ダンテの鼻の下は伸びきっている。


「ふん、貴様のような小物に褒められても嬉しくないわ」


 ロゼはダンテを軽くあしらう。


 そして、近くに置いてあったガラスのコップに水を注いだ。


「あの、俺はここで知っていることは全くありません」


 注いでいた手が止まる。


「何も……知らないのか?」


「はい」


 ロゼは注いだ水をゆっくりと飲み干し、立ち上がった。


「私のことも、魔王の始祖のことも、もしかして自分の持っているスキルのこともか?」


「なんですか? その、始祖とかスキルとかって」


「いや、お前ほんとに何も知らないのかよ」


 ダンテは焦りながら、ヒロに話しかけた。


「だって、俺転生したばかり……いや誕生したばかりだから」


「ヒロって名前は、我らが魔族の最初のお方よ、簡単に言えば、ロゼ様の遠い先祖ね」


 ベネッタがヒロに説明をし始めた。


「え、そうなの? だからお前ヒロが名前言ったときに驚いたのか!」


 誰よりも驚いていたのはダンテだった。


「いや、ダンテ知らなかったの?」


「なるほど、じゃあスキルって?」


「え~っと、それは……」


 ベネッタは横目でチラッとロゼの方を向く。


 ロゼはベッドからゆっくりと立ち上がり、ヒロに近づく。


「貴様が持つ特殊能力のことだ。通常は何かしらのスキルを持っている、1つ所有しているものもいれば複数所持している者もいる。だが、紋章の所持者のスキルはそのさらに上のスキル、言ってしまえばレアスキルとでも言うべきか」


 レアスキル……俺にそんな力があるのか?


 それに適当につけた名前がまさかそんな大変な名前だったとは。


「それで、俺のそのスキルって何ですか?」


「それが分からんから聞いているのだ」


「えっ?」


 ヒロは一瞬混乱する。


「基本私が所持しているスキルの中からランダムにお前たちに与えられる。だが、紋章の所持者は偶然の産物。私のスキルとは無縁、だから私が知る由は無い。本来なら貴様自身が理解しているはずだが……」


 そうなのか、俺が転生したからなのか?


 でも、このままだと現代に帰ることはできない。


 そもそも帰り方もわからないし。


 どうにかして、スキルを知って、今の状況を打開しないと。


「あの、どうやって知ればいいんでしょうか?」


「さぁな、少なくとも、紋章が発現しているということはスキルは所持している。気長に待つしかないか……」


「でも、なんでヒロだけ、何も知らないんだ?」


 ダンテはヒロが何も知らないことに疑問を持っているようだ。


「おそらく、ヒロが異質だからなのだろう。もしかしたら、魔族の始祖と同じ名前が関係しているのかもしれないな」


 ロゼはベッドに座り込んだ。


「じゃあ、俺は一体どうしたら?」


「魔力を食べればいいのよ」


 ベネッタは食い気味に言った。


「魔力を食べるって、食事の事?」


 それって、もしかしてキス?


 この絶世の美女と?


「そうだな、それしかないだろう。魔力を食べれば強くなれるからな」


 ロゼは軽くため息をつきながら、腕を組んだ。


 マジか! 美女とキスできるなんてそんな夢なことがあるのか。


 ヒロは転生してよかったと、心の底から思った―――











 ―――「え~っと、これは?」


 ヒロの前に出されたのは得体のしれない物体だった。


 巨大な平皿に大量に盛られた、ゴツゴツとした、


 不気味に光り輝く物体は、


 少なくとも、ヒロが見てきた”食事”とは決して言えない。


「魔力だ、食うといい、お前たちも一緒にどうだ?」


「え、良いんですか?」


 ダンテはロゼと食べれることに喜びを表し、


 ヒロよりも早く、食事にありついた。


「そんな、ロゼ様と一緒にお食事なんて恐れ多いです」


 ベネッタは縮こまって、中々食事の席につこうとしない。


「これは、どうやって食べれば?」


 ヒロは食事を手に取り、色んな角度から覗くようにして見つめながら、


 食べ方をダンテに聞いた。


「どうやってって、ただ口に運べばいいんだよ」


 ダンテは両膝をつき、四つん這い状態で目の前にある食事を手で取って口に運びムシャムシャと食べる。


「どうした? 貴様は食べないのか」


「あの、ロゼ様、これは一体どうやって作られてるんですか?」


「どうって、こうやって……」


 そういって、ロゼは胸の前に球体を持つように両手を持ってきて、


 魔力を込めると、少しずつ中心に塊ができ始める。


「おぉ、これが魔力ですか!」


 ダンテは、食事する手を止め、食い入るようにロゼの胸元に視線を向けた。


「ダンテはどこを見てるのよ!」


 ベネッタの鉄拳がダンテの頭をコツンと振り下ろされた。


「いてっ! いや、魔力ができる瞬間を見てるだけだよ! 何も殴ることは無いだろ!」


 ダンテは殴られた場所を抑えながら、ベネッタの方を振り向く。


 徐々に魔力の塊は大きくなっていく。


 やがて、大きくなった魔力の塊はロゼから離れ、


 真下にボトッと落ちて転がった。


「これが、魔力?」


 ヒロは落ちた魔力の塊を手に取り、まじまじと見つめた。


「そう、体内に残っている使わない古い魔力の塊みたいなものだ。少し休めば魔力は回復するし、寿命が減ったりすることもない」


 なるほど、古い魔力を固まらせたってことなのか。


 これを食べれば、俺は強くなるってことだよな。


 ヒロは恐る恐る、口の近くまで持ってきて、


 一口だけかじって、口の中で味わった。


 今まで食べたことがない、不思議な味と、独特な食感。


 まるで、色んな食べ物が口の中で次々に入れ替わっているような感覚だ。


 ヒロは口で十分味わった後、一気に飲み込んだ。


 特別何か変化があるような感じはしない。


 少ししか食べてないからだろうか?


 ヒロは残りの魔力を一気に口に入れて、豪快に飲み込んだ。


 しばらく待っても、変化はない。


「あの~、何もないんですけど」


 ロゼはキョトンとした顔をした後、口に手をやりながらクスクスと笑った。


「当たり前だろう、そんなすぐに強くなるわけがない、それは言わば、経験値みたいなもの、ずっと食べ続けることで強くなっていく」


 そういって、ロゼはグラスに水をゆっくりと注いだ。


 ダンテは両手に魔力を持ち、交互に口に運びながらヒロに話しかける。


「だから、お前も食べろよ、こんなにあるんだ少しは強くなるぞ」


「いや、それより俺はちょっと気になることが……」


 ヒロはそういうと、ロゼの方をチラッと見る。


 視線を感じたのか、ロゼは飲んでいたグラスを机の上に置いた。


「どうした? なんでも聞いていいぞ?」


「じゃあ……、もし魔力を食べなかったらどうなるんですか?」


 ダンテは口に含んでいた魔力を吹き出してしまい、咳き込む。


 そんなマズイことを聞いたのか?


 ヒロはダンテを見た後、ベネッタを見ると、


 ベネッタは立ったままで、


 少し険悪な表情をしていた。


「百聞は一見に如かずか……」


 そういってロゼは立ち上がると、窓の方に歩き出し、


 両手でカーテンを勢いよく開けた。


「自分で見るといい、食べなかったらどうなるかを」


 どういうことなんだ?


 一体外に何があるっていうんだ。


 ヒロはゆっくりと立ち上がり、ロゼが立っているところまで歩いた。


 窓からは外の様子が見えるようだ。


 ヒロは窓の外を覗いた。


 窓から覗いた景色は、今まで幻想と言われていた世界が延々と広がっていた。


 地平線の先まで続く森。


 高々とそびえたつ山々。


 果てしなく広がる草原。


 川は無数に枝分かれしていて、終わりが見えない。


 改めてヒロは転生をしたんだと実感した。


 窓に入ってくるそよ風がヒロの心を落ち着かせる。


 だが、そう思ったのも一瞬だった。


 ヒロがそれを見るまでは。

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