魔王の城に配属したのですが、超絶ブラックな職場でした

Mr.Six

魔王の城に配属したその日 1-1

  薄暗い部屋、壁に掛けられた燭台がユラユラと辺りを照らす。


 天井には巨大なシャンデリアが吊るされており、


 部屋の中には多くのデーモンが詰め寄せていた。


 この日も、魔王の魔力によってデーモンが1体召喚された。


 この1体が、この先壮絶な人生を歩むことになるとは、この時まだ誰も知らない―――




 ―――黒城真尋(こくじょうまひろ)は祭壇の上に描かれた魔法陣の上で目を覚ます。


「……ん?」


 真尋の視界には今まで見たことのない生物が映り込んだ。


 それは明らかに他とは違う。


 漆黒の肌に筋骨隆々とした肉体。


 背中には翼を生やし、


 腕程もある尻尾まである。


 何より特徴的なのは額にある深紅の両角だ。


 長さはそれぞれ違えど、高々と伸びている。


 さながら赤い宝石のようだ。


「うおぉ! な、なんだこいつら!」


 真尋は目の前のデーモンの群れに恐怖して、その場にへたり込んだ。


「額に紋章!? 大変だ、すぐに魔王様にお伝えせねば!」


 目の前のデーモンたちは急に慌て始める。


 何? 何が起こってるんだ?


 部屋にいたデーモンたちはいつの間にか全員部屋の外に出て行き、


 ついには1人になってしまう。


 真尋は記憶を整理する。


 確か、俺は神社で内定祈願してたはずだよな。


 そして、神社内をぶらぶらしてたら、


 使われてなさそうな場所を見つけて、それで……


 真尋は立ち上がろうと手をついた。


「ん?」


 真尋は違和感を感じた。


 よく見ると、腕が漆黒に染まっている。


 それどころか、体までもが漆黒に染まっていることに気づいた。


「なんだ、俺の体がやけに黒いな……」


 真尋は体を手でベタベタと触り始めた。


 翼が生えている。


 尻尾もある。


 額には角もある。


 まるでさっきまでここにいた奴らと同じだ。


 ただ、他の奴らと違うことが1つ。


 それは、体が圧倒的に小さいこと。


 まるで少年のような体つきだ。


「なんで俺こんなに小さいんだ?」


 ってか、これってもしかして転生ってやつか?


 真尋は今の現状に思考が追いつかず、あたふたしていると、


 こちらにズカズカと歩いてくる音が聞こえてきた。


「よ、お前が噂の紋章の所持者か?」


 真尋の前には、同じような体つきのデーモンが2人立っていた。


「なんだ、俺たちと大して変わらねぇじゃねぇかよ」


 ダンテと呼ばれるデーモンは、足を一歩前に出して、


 真尋の近くまで顔を寄せる。


「やめなよダンテ、いきなりそんなこと言ったらこの子が可哀そうよ」


 ダンテは頭を軽く叩かれ、


 真尋に近づかないように注意された。


「な、なんだよお前ら!」


 真尋は後ずさりして、距離を置いた。


「ん? 何だコイツ、自分のことが分かってないのか」


「変ね、でも紋章の所持者だから私達とは違うのかもね」


 2人は不思議そうに真尋を見ながら、話し始めた。


「俺たちはデーモンだ。とは言っても、体はまだ小さいからミニデーモンってところかな? 俺たちはお前より1ヵ月早く誕生している。つまりは先輩だ、敬語を使えよ」


「私はベネッタ、こっちはダンテ、よろしくね」


 ベネッタは手を出して握手を求めてきた。


 真尋は恐る恐る手を出して握手をすると、ベネッタは屈託のない笑顔をしてくれた。


 チラッと横目で見ると、ダンテが真尋を睨んでいる。


 時間にして5秒ほどしか握手していなかったが、ダンテは真尋とベネッタの間に割り込むように体をねじ込ませてきた。


「ところで、お前は名前は何ていうんだ?」


「お、俺? 黒城真尋だけど」


「コクジョウマヒロ? なんだそれ、へんな名前だな」


 ダンテは首を傾げた。


「ちょ、ちょっと今のは違う!」


 待ってくれ、これは夢か?


 もしかして俺はデーモンに転生したってことか?


 真尋は徐々に現在の状況に思考が追いついてきた。


 俺がいた世界じゃないってことだよな。


 だとしたら、俺の名前は変だな。


 どうにかしてここから帰る方法を見つけないと。


 とりあえず、偽名でもいいからなにか……。


 真尋は必死に考えた。


 そして、


「ヒロ……俺の名前はヒロだ!」


「あら、ヒロって偶然ね。でもいい名前じゃない!」


 ベネッタは両手を合わせて、興奮しながらその場で軽く飛び上がった。


「まぁ、いいや、ヒロ! とりあえず今日からお前は魔王の使用人だから色々と教えてやるよ。ついてきな」


 ダンテとベネッタはヒロに背を向けて、扉に向かった。


「なぁ、待ってくれ! 魔王ってなんだよ! それにここはどこなんだ?」


 ヒロは2人を呼び止めた。


「決まってんだろ? 俺たちの王、魔王ロゼ様だ。ここは【ロイシュタイン城】魔王ロゼ様が君臨する城だ」


 ま、魔王だって? しかも使用人?


 ヒロは混乱した。


 だとしたら、俺はこのまま一生奴隷のようにこき使われるんじゃないか?


 そんな、転生したら魔王の城で使用人として働かせられるなんて。


 ヒロは酷く落ち込んでしまう。


「あぁ、もしかして働くのは嫌か?」


「いや、そこじゃないだろ! だって……」


 そう言いかけて、ヒロは続きを言うのを止めた。


 転生したなんていっても信じてもらえない。


 どうせ言ったところで何か変わるわけでもないし。


「仕方ないよ、この状況で働きたいって誰も思わないって」


 ベネッタはくすっと笑いながらダンテと話していた。


「この状況って?」


「まぁ、来たらわかるさ」


 そういってヒロはダンテとベネッタに連れられて、部屋を出た。


 ヒロは部屋を出た瞬間、あまりの光景に言葉を失う。


「おい! 誰だ階段の手すり拭いてないやつは!」

「あー! 燭台折れてる、直さないと!」

「早く掃除を終わらせろ! 次は魔王様のお食事の準備が待ってるんだからな!」

「帰られる前に、掃除だけでも終わらせるんだぞ!」

「こんなところにモップおいてんじゃねぇぞ! 水こぼしたら大変だろうが!」


 ヒロは城の中を舐めまわすように見渡した。


 鮮やかに彩られた燭台は1つ1つにロウソクが立てられ、


 中央には巨大な広場、


 天井には一軒家程の大きさのあるシャンデリア。


 そして中央に位置する螺旋階段が天井を突き抜けるのではないかと思う程に長く、


 床には赤い絨毯が敷かれている。


 まるで豪華絢爛。


 だが、あまりに騒々しい。


 どこかで怒号のような声が響いたと思えば、


 別の場所では、何かが豪快に落ちる音。


 デーモンはあっちに行ったりこっちに行ったりと、


 とてもせわしく動いている。


 動いているデーモンはみな、エプロンのような前掛けと、


 頭には頭巾を巻いて、何かしらの掃除道具を持っている。


「な、なんだこれ?」


 一体何がどうなってるんだよ。


「びっくりしただろ、そう、魔王の城は超絶ブラックな職場なんだよ」


 職場って、現代じゃねぇんだから。


「魔王ロゼ様は大変綺麗好きだから、みんなでこうして外に出てる間に掃除をしたりしてるのよ、怒らせちゃうと食事が抜きになるからね」


 ベネッタはいつの間にか、モップとバケツを持ってきて、ヒロに渡す。


「え、俺もするの?」


「当たり前だろ!」「当たり前でしょ!」


 2人はヒロに顔を近づけながら声を張り上げた。


「わ、わかったよ」


「おい、そこうるせぇぞ! 早く掃除しろよ! 食事抜きにされんぞ!」


 3人は空を飛んで監視をしているデーモンに見つかってしまい、


 大声で怒鳴られてしまう。


「やばい! ロゼ様にチクられちまう、持ち場に戻らねぇと!」


「ほら、ヒロ早くこっちに!」


「あ、おい、ちょっと!」


 ヒロはダンテとベネッタに手を引っ張られ、掃除をする場所に連れてこられた。


 ダンテは慣れているのか、そそくさと掃除の準備をし始める。


 掃除の仕方をベネッタから教わり、


 ダンテと一緒に言われたとおり掃除を開始する。


 少し時間がたった時、ダンテにヒロは話しかけた。


「なぁ、ダンテだっけ? 俺たちの食事って虫とか、動物の骨とかじゃないよな?」


 ヒロにとって、モンスターの食事のイメージがそれだった。


「はぁ? 俺たちがそんなもん食うわけないだろ?」


 ヒロは少し安心した。


 もし、ずっとそんなのが出てくると思うと、耐えられないと思っていたからだ。


「じゃあ、なんだよ食事って」


「私たちの食事は魔力そのものよ、ロゼ様から直接魔力を頂くの」


 ベネッタが話に入り込んできた。


「魔力? どうやって食べるのさ」


「決まってんだろ?」


 ダンテはさも当たり前かのように言ってきた。


 魔王って言えば、ゲームとかだと禍々しい姿で、


 恐怖の象徴みたいなイメージがすごいな。


 でも、どうやって?


 も、もしかしてキス?


 筋骨隆々した大男からのキス?


 ヒロは背筋に寒気を感じ、ブルブルっと震えた。


「どうしたの? そんなに怯えたような顔して」


 ベネッタが心配をしてヒロの顔の様子を覗く。


「だ、大丈夫だよ」


 ヒロは気にしてないフリをして掃除を続けた。


 すると、城に大きな声が響き渡る。


「ロゼ様のお帰りだ! 全員並べ!」


 声が響いたと同時に、デーモンたちが手を止め、城の入り口に直線状に並んだ。


「おい、俺たちも並びに行くぞ!」


 ダンテは掃除を止めて、急いで並びにいってしまう。


「ヒロ、ほら、あなたも行くのよ!」


「ちょ、ちょっと!」


 ヒロはベネッタに押されるように、列に並んだ。


 ヒロは不安で押しつぶされそうになる。


 魔王は一体どんな姿なんだろうか?


 男なのか? 女なのか?


 怖いのか、優しいのか?


 魔王というからには優しくはないだろう。


 色々な思いが交錯する。


 やがて、扉がゆっくりと開き、魔王の姿が見える。


「あ、あれが……」


「そう、魔王ロゼ様よ」


 ベネッタとヒロは小さい声で会話を交わす。


 胸元まである長い髪は白色に染められ、


 緩やかなウェーブがかかっている。


 目はキリっとしていて、


 鼻はスッとしている。


 額にはデーモンと同じように両角が深紅に染まっている。


 モデルのようにスラリと伸びた手足に、


 メリハリのある、丸みを帯びた体は歩くだけで色気を醸し出している。


 そう、魔王ロゼは


 超がつくほどの美人なのだ。


 額には痣のようなものがついている。


 それはまるで紋章のようにかたどられている。


「おかえりなさい、魔王ロゼ様!」


 並んでいるデーモンたちが一斉に頭を下げた。


 ヒロはそれを見て、慌てて頭を下げる。


「ふむ、皆の者頭を上げよ」


 ロゼの声は中性的で、どこか聴き入ってしまうほどに心地よかった。


 ロゼはゆっくりと歩きながら、周りを見渡した。


 そして、デーモンの列に急に割り込み、


 近くの部屋の扉の前に立った。


 視線を下に向けドアノブを見て、


 ロゼはドアノブのふちを指でススッとなぞる。


「誰だ、ここの掃除をしてくれたのは」


 ロゼは振り返り、デーモンたちに問いただした。


 すると、1人のデーモンが手を上げながら、声を出した。


「はい! 私です、今日は凄く頑張って拭き上げを……」


 デーモンが列を飛出し、ロゼの前に出た。


 次の瞬間、城の中に響き渡るほどの強烈なビンタがデーモンの頬を打ち抜く。


 反対側まで吹き飛び、デーモンはその場で気絶する。


「汚い! 私の指にホコリがついてしまったではないか! 一体今の今まで何をしていたのだ! 貴様は食事抜きだ馬鹿者!」


 ロゼの怒号が城内に響き、デーモンたちの背筋は一瞬でピシッと綺麗にそろった。


「うおぉ、マジかホコリがついていただけでこれかよ」


「そうよ、この前なんかカーテンの糸がほつれてるのを見つけて怒ってたし」


 ヒロとベネッタは並んでる列に隠れるようにヒソヒソと話始める。


「おい、お前らコソコソ喋るなよ!  気づかれたらどうすんだ」


 ダンテが注意をするため、話に入ってきた。


「誰だ、喋っているのは」


 ロゼの言葉に3人はビクッとなり列に戻る。


 ロゼはゆっくりと歩き、周りをキョロキョロしながら犯人捜しをし始めた。


 少しずつ、少しずつ、ヒロに近づいて来る。


 まずい、俺ってバレてるかな?


 さっきのビンタの威力、とてつもないぞ。


 あんなの俺が喰らったら、多分俺は……


 死ぬ。


 この、子供のような体は木端微塵に吹き飛ぶ。


 やがて、ロゼは足を止めた。


 目の前にいるのはヒロだった。


(あ、終わった)


 ヒロは死を覚悟した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る