いつの間にか気を許していた
カクンと垂れた頭をハッと持ち上げ、目をこする。
パチパチと薪が爆ぜる音と炎のぬくもりに眠気が津波となって押し寄せてきてます。
危ない危ない、ビッグウェーブにのみ込まれて昏倒するところでした。
あらためて膝を抱え直し、焚火を見つめる。
今のところ後手後手ですが次こそはっ、わたしが薪をつぎ足すのです!
次こそ、ふぁ~………………ハッ!? 危ない危ない、ヨダレが。
虎さんが何か言った。
……すみません、わかりません。
首を振ると、虎さんがわたしを引き倒した。
……寝ろってことですね、わかりました。
転がされた川原の砂利が地味に痛いです。
虎さんが貸してくれた布(おそらくマント)を巻きつけ直し、わたしは目を閉じた。
ゴツゴツしたベッドって意外に寝辛い……。
ウォーターベッドの中身ならすぐそばにたっぷり流れていますが、詰める袋がありません。虎さんの視線が気になりつつも一向に眠気は訪れず、寝返りをうつばかり。
はぁっと聞こえた溜息にビクリと目を上げると、虎さんが立ちあがってわたしの後ろに回った。
「ぅわっ!」
寝そべる虎さんの胸に、わたしの背中がぴったり当たっている。
マント蓑虫と化したわたしを囲い込むように背後から腕を回され、心臓が跳ねた。
傍から見れば体格差のため、コバンザメをお腹にくっつけたみたいな恰好だと思われます。
身体の前は焚火でぽかぽか。
後ろは密着した虎さんでぬくぬく。
寒いから眠れないと思ってくれたんでしょうか? 心遣いはすっごくありがたいですが、そんな意図はないとわかっていてもドキドキして眠れませんっ……!!
だってだって、虎さんって頭は着ぐるみですが、体は筋肉質でがっちり固くて(実体験に基づいてます)逞しい男性そのものなので!
緊張で固まったわたしは、お腹の前でぎゅっと両手を握りしめた。
「○□□? ……○×××△」
上を見ると頬杖をついた虎さんがわたしを見下ろしていた。
ちょうど頭の天辺に虎さんの喉元があり、喋るともふっと顎の毛が髪に触れてくる。
「何をおっしゃっているのか、わからないんです」
「○×△」
声色から、眼差しから、読みとろうと目を凝らしてもわからない。
諦めて首を振ると、虎さんは嘆息して身を退いた。背後の胸板にもたれかかっていたわたしは支えを失い、ゴロンと仰向けに転がる。
間髪いれず虎さんが圧しかかってきた。
「うひゃっ!?」
マントが肌蹴られ、虎さんの手が中にもぐり込んでくる。
わたしは下着一枚身につけていない。素肌に触れた指と毛皮の感触に、ゾクリと背筋が震えた。
「……ちょっ、ちょっとまっ……! やっ……!」
洞窟で目を覚ました時はしらないけれど、今は意識がはっきりしている。
誰にも触られたことのない場所をさぐる手は未知の感覚だった。抵抗に身をよじれば短く吼えられ、身体がすくんだ。
金褐色の瞳に焚火の炎が揺れている。視線はじっとわたしの腹部に落とされていた。
怖い。
視界が潤んでよく見えない。
わたしは強く瞼を閉じた。
指は慎重に腹部を撫でている。肉球にあたる掌には毛がなく、直に体温が伝わった。尖った爪が肌を引っ掻くことがないのは、人の柔さをどこかで学んだからだろうか。
鳩尾から下へ、臍のあたりはとりわけ丁寧に往復していた。
ふっふっとかかる息に、至近距離で見つめられていることを意識させられる。
耳がじんわり熱くなってきた。時々かすめる髭が皮膚の下で熱とも疼きともつかない泡を弾けさせた。
実際は大した時間でもなかったのだろう。
マントが元通り巻きつけられ、再び虎さんに抱きかかえられた。
舞い戻ったぬくもりにつつまれても、身体から力が抜けない。
「っく……ふぇっ……」
裏切られた、と思ってしまった。
出会って一日もたたないけれど、信頼と呼べるほどに気を許していた。優しい人だと信じていたから悲しくて、こみあげてきた嗚咽を我慢しきれなかった。
怖かったのだ。
恥ずかしかったのだ。
「○○×」
「……っや、だ……ひどいっ、こと、……しないでっ……」
「××……」
虎さんがゆっくりとわたしの頭を撫でた。
泣きじゃくるわたしに囁かれた言葉が謝罪だと思ったのは、都合のいい思い込みだろうか。
あやすようにくり返し撫でる手を感じながら、わたしは泣きながら眠ってしまった。
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