第5話 ロスト・デイズ

「変えたいこと?」

「うん。もし何かを変えられるなら、何を変えたい?」

「うーん、改めて言われると分かんねえなあ」

 言いながら、彼女は腕組みをする。

 日が暮れていた。日差しがなくなると、急に気温が低くなる。薄墨色の空も寒々しく思えた。もう冬が迫っている。

 俺達は高台にいた。そこからは目的の街を見渡せる。ここでひと仕事するつもりだった。

「変えたいもの……敢えて言うなら、『理解のある親』かなあ」

 難しい顔をして彼女が言う。

「親と仲悪いの?」

「まあ、あんな格好してればな」

「何であんな格好を?」

 彼女は見た目や言葉遣いは粗暴だが、それは表面的なことに過ぎないのだ。

「うっせえな」

 軽く睨まれて、たじろいだ。地雷を踏んでしまったか?

「アタシ、昔は病弱だったかんな。そんなんだとナメられるんだよ。だから思い切ってイメチェンしたの」

 それは意外だった。

「そしたら親がギャーギャー言い始めてよ。堪んないわ。いくら言われても聞かなかったけど」

 そんなことを言いつつも顔は笑っている。親子仲、本当は悪くないんじゃないだろうか。

「オメーはどうなのよ」

「え?」

「変えられるなら、何を変えたいんだよ?」

「うーん」

 言われてみると、確かに難しい。そんなに高望みするようなことはないからだ。

「自分の気弱なところかなあ」

「何だそりゃ?」

 息をひとつ吐いてから、言った。

「俺も昔は病弱で。ずっと入院してて、やっと学校に戻ったと思ったら、浮いちゃって。おかげでまともに友達が出来ないんだよね」

「情けねーな」

 彼女は容赦なかった。

「ま、浮いてんのはアタシも同じだけどな」

 意外に思った。

「君はそんな風には見えないよ」

 彼女は再び睨みつけてくる。

「あのさ」

「はい」

「その君ってのやめろ」

「でも」

「アタシは渚。そう呼べ」

「分かった。俺はヤマト」

「へー。名前は悪くねーじゃん」

 暫しの沈黙のあと、俺は言った。

「特別変えたいものなんて、別にないよね」

「ああ。普通が1番だよ」

「じゃあ、普通に向かって頑張りますか」

「死に物狂いでな」


 お互いに後がない俺達は敵への襲撃を計画した。と言っても殆どは渚が準備していた。

 狙いは固体化促進装置だ。元々は魂とか霊とか、目に見えないものを実体化させようという試みの怪しいものだったが、蓼食う虫も好き好きで、金を出すヤバいパトロンはいた。もちろん結果は伴っていなかったが、そこへ福音が訪れた。アマビエだ。

 役割を果たして消滅するのを嫌がった一体のアマビエは、自身の能力を自身に使った。装置の効果を受ける対象になったのだ。

 これは思わぬ事態を招いた。アマビエたちはネットワークを形成し、相互に影響を与えあっているため、ひとつの個体が受けた影響が他にも及ぶのだ。

 その影響で、本来目に見えず、触ることも不可能なはずのアマビエたちは実体化してしまった。人々がビジョンを見たのも、アマビエの実体化によって、世界の改変が崩れかかった影響らしい。

 それは最初から意図したものではなかったのかもしれない。だが、今の状態を放置すれば世界が改変前に戻ってしまうのは明らかだった。

 世界の改変が消滅し、パンデミック以前の世界に戻る前に、装置の方をどうにかする。それが今回の目的だった。

 装置はある製造工場にあった。表向きはまともな商品を作っているという装いをしていた。

 装置を稼働させるためには当然資材が必要で、そのためには配送車の運搬を受け付けねばならなかった。隙を突くとすれば、そこしかなかった。


 緊張をほぐすためにストレッチをしていると、メがおずおずとやってきた。奴には珍しく、そわそわしているように見える。ある意味俺をハメたとも言えるから、弁解がしたいのだろう。だが、今の俺は聞く気はなかった。

「こんなことになって済まない」

「最初からさせるつもりだったんじゃないのか?」

 メは首を振る。

「私は願いを叶えるのが目的だ。相手に何かやってもらうのは本末転倒だ」

 俺も出来ればコイツの言うことを信じたかった。だが、信じた結果がこの有様なのだ。

「予定が狂ったと。本当ならどうやって対処するつもりだったんだ?」

 メは語り始めた。

 アマビエの世界改変に干渉する存在には気付いていたものの、敵が何処にいるかは分からなかったらしい。だから、様々な場所で「定点観測」を行っていった。

 定点観測とは、世界の改変に綻びがないかをチェックする作業だった。要はメの姿が見える人間がいるかを確認するのだ。それが少なければ、世界は安定していると見ていいし、多いなら不安定になっているということだ。

 敵がいるとすれば、不安定な場所だと思われた。そこをしらみ潰しに探して、追い詰めるつもりだったらしい。だが、病院での定点観測中に、世界そのものが一気に不安定になり、この手は使えなくなったという。

 メは論理的に話が出来ると知っているので、話は本当なのだろうと思いつつも、釈然としない気持ちがあった。

 だが、今はマイナスな感情はおさめようと思った。死ぬ時にする後悔は少ない方がいい。

 俺は笑顔を作り、「信じるよ」とメに言った。

「本当なら私が代わりたいと思っている」

 メは俯いて言うが、俺は「適材適所って言うでしょ」と遮った。

「それに俺にメの代わりは出来ないよ。これは俺達でやるしかないな」

 メは俺をじっと見ると言った。

「気をつけてくれよ」


 渚は着ているブルゾンを脱ぎ、制服姿になった。学校の制服じゃない。配送業者のユニフォームだった。

 渚は帽子を目深に被り、2人で2トントラックに乗り込む。

 勿論運送会社のものではなく、レンタルトラックだった。俺達は未成年だから、当然免許がない。だが、それは必ずしも「運転が出来ない」ということを意味しない。渚は悪い友達の影響で運転を覚えたらしい。8トンは無理だが、4トンまでならギリギリいけるらしい。

 その上、彼女は電車で遭遇した痴漢を返り討ちにし、警察に知らせない代わりに色々と要求しているのだという。このトラックもその痴漢野郎に用意させたものらしい。

 悪そうに見えるのは表面的な部分だけ、と言ったが、前言撤回。彼女は不良だ。

 だけど、とりあえず必要なものは揃った。あと必要なのは実行する勇気だった。

「装置をなんとか出来ても、こんな大それたことやったら、捕まるかな?」

「さあ」

 渚は首を鳴らしながら言う。

「アタシらにとっちゃ、死ぬか、死なないかだけだろ」

 発言が格好良すぎて俺は黙ってしまった。意識をそこまでピンポイントに出来るのは凄い。

 トラックが走り出す。もう後戻りは出来ない。

 目的の工場はすぐだった。搬入口にトラックを近付ける。

 本来ならゲートは開けっ放しらしいが、今日は閉じていて、警備員までいる。何とも物々しい雰囲気だった。

 それもそのはず。固体化促進装置は効力を発揮し、資材を急激に消費してしまったのだ。慌てて発注をかけるものの、それに乗じて輩が乗り込んでくるとも限らない。

 慎重を期して、資材搬入は数回に分け、その際にIDカードの提示まで求める念の入れようだった。

 渚はウインドウを開けると、警備に促されるままにカードを提示する。それは当然のごとく認証される。

 本当の資材トラックは襲撃済みだった。例の痴漢野郎にトラックの前で煽り運転をさせ、停車して因縁をふっかけている間に俺達2人でトラックを強襲した。勿論傷付ける意図はなく、拘束してIDカードと制服を奪っただけだ。しかし、立派な犯罪だった。

 痴漢野郎には運転手を見張ってもらっている。彼の運命やいかに。

 渚は工場内にトラックを乗り入れ、フォークリフトが待機している辺りに向かう。本来なら、ここで資材を受け渡し、仕事は終わりだ。だが、俺たちの仕事はここからが本番だった。

 渚はトラックを停止させ、荷台を開くために下車しようとしたが、警備員に静止された。開けてくれるらしい。妙なことをされないためにも、それは当然の措置だった。

 彼女の顔が青ざめているように見えた。それは俺も同じだろう。

 背後から鉄の扉が開く音がする。直後、悲鳴が響いた。

「おい! 例のやつだ!」

 ざわめきが警備員たちに伝染する。荷台にはメが乗っていたのだ。どうにかしたいようだが、迂闊に手が出せずに困惑しているようだ。

 アマビエたちは悪魔の手先でとても凶悪だと、SNSを介して"お告げ"の連中が広めてくれていた。警備員たちの動きを止めるには十分だった。続いて二の矢を放つ。

 俺は隠していた体を這い出した。今までは体を屈め、座席の下に潜んでいたのだ。トラックの運転席はゆったりとしているから、そんなことが可能なのだった。ドライバーは1人で十分だ。2人乗っていれば怪しまれてしまう。

 ドアを開け、準備したものを投げつける。途端に耳をつんざく音が辺りにこだました。爆竹だった。

「今だ!」

 アマビエの出現と、爆竹による音響で、警備員たちは目に見えて狼狽していた。そこへダメ押しとばかりに、クラクションが鳴った。彼女がハンドルの中央を押したのだった。

 トラックの前にいた警備員が慌てて飛び退く。それを見計らい、彼女はトラックを発進させる。開閉式のビニール製の工場搬入口を、ビニールを突き破って進んだ。

「やっちゃったなあ」

 言いつつも、その顔は興奮している。工場内はトラックが侵入できるようには作られていない。フォークリフトの通行区分があるぐらいだ。そしてその区分は広くない。

 工場内の見取り図は確認済みなので、固体化促進装置の場所は分かっていた。だが、壁に阻まれて、そこまではトラックでは到達できそうになかった。敵に見つかる前に、装置に辿り着けるかどうかが勝負だった。

 急な減速を感じて、俺は彼女を見る。彼女は顎で前方をしゃくった。

 そこにはスーツ姿の中年男性がいた。何かをこちらに向けている。近付くにつれて、それが何か分かった。トカレフという旧ソ連製の拳銃だ。

 彼女は車を停車させると、両手をあげた。俺も彼女に倣う。

 男は銃を構えたまま、こちらに近付いてくる。俺達を交互に見て、皮肉そうに笑った。

「随分派手なご登場だな」


 俺達は警備員に拘束された。さらにご丁寧にも手錠もされた。そして、固体化促進装置の場所へ案内された。自分達の勝利を確信したのか、せっかくだから見せてやる、と中年の男は言った。彼は溝口といった。

 装置は思ったよりも小さかった。見た目はミシンのようで、それに用途不明のパーツがゴテゴテと付いている。

 装置を囲むように俺達は集まっていた。そして、装置の真横には一体のアマビエがいた。裏切り者。名前はユダだ。

「お前ら、正気かよ!」

 渚が叫ぶ。拘束されていても彼女は気丈だった。

「アマビエ達のおかげで、パンデミックの世界は改変された。それを元通りにしたら、どうなるかぐらい分かってんだろ!」

「勿論分かっているさ」

 溝口は皮肉そうに笑う。

「それは欺瞞だというだけさ」

「欺瞞もクソもねえだろ! 人が死ぬんだぞ!」

 激しい剣幕で叫ぶ渚は警備員に静止される。

「それは本来避けられないことじゃなかったのかね? それを回避することが、本当に正しいと言えるのかね? そもそも君らのアマビエたちの言うことが絶対に正しいと?」

 渚は正論をぶつけているだけだが、男は全く動じない。

「私も聞いたぞ。パンデミックと言っても、予測されていたよりも少なかった、と。だったら、アマビエの貴重な力を、もっと大事なことに使っても良かったんじゃないのかね?」

「狂ってる……」

 渚はわなわなと震えていた。

「お前は狂ってる!」

 渚の大声に反応したのか、装置のある方から溜め息のようなものが聞こえた。

「大袈裟な事言うなよ。俺からすりゃ人間なんて大なり小なり狂ってんだからよ」

 ユダだった。

 渚は裏切り者のアマビエを睨んだ。

「アンタは自分が生き延びるために、大勢の人を犠牲にしようとしてんだろ」

「その通り!」

 ユダはおどけるように言った。

「それが生きるって事だろ? 人間が生きてるだけで、色んな生き物や環境がその犠牲になってる。自分のこと、棚上げにすんなよな」

 思ったよりも、弁のたつ奴のようだ。

「俺は人間が嫌いなんだ。その人間様の願いを叶えて消滅するなんて、真っ平ごめんだね。だから、その逆をやってやんのさ」

 俺は奴の言葉の矛盾に気付いた。

「人間が嫌いなら何で人間と組むんだ?」

「いい質問だな」

 ユダは溝口と顔を見合わせて笑った。

「人間の中じゃマシな方ってだけさ」

「大勢の人間を平気で殺そうとする奴がか?」

 溝口の眉がぴくりと動いた気がした。

「ああ。少なくとも、「自分は生きていて当然」みたいに思ってる人間よかいいわな」

 話は何処まで行っても平行線のようだ。俺達は分かり合えない。分かり合おうとするつもりもなかった。

「お前は重大な見落としをしているな」

 今度はメだった。

「何がだ?」とユダ。

「固体化で頭が鈍ったのか? 感性は鈍くなるらしいがな。お前は一度フェーズに入っている。そうなったら最後、消滅は免れない」

 フェーズとはアマビエが願いを叶えるために力を発揮する段階のことだ。

「それがどうした?」

「……それが? ははあ、分かったぞ。お前らの魂胆が」

 メはひと息ついた。

「消滅が免れないというのに、生きたいと願うお前と、大した目的もないくせに、世界の改変を妨げようとするそこの人間。お前らはこの世界を繰り返して、遊ぶつもりでいるな?」

「どういうこと?」

 発言が唐突すぎて理解出来ない。

「いずれ消滅するアマビエと、固体化促進装置。組み合わせれば、いわゆるループ状態になるというワケだな。資源が尽きるまでの話だが」

「そんなことが? いや、そんなことのために?」

 渚が唇を震わせていた。

「金持ちの考えることはよく分からんな」

「どの道、最後は元の世界に戻るんだよな?」と俺が聞いた。

「そういうことだ」

 メは呆れたような声で言った。

「それが、世界の改変より大事なことなのか?」

 溝口のこめかみに血管が浮く。俺はひやりとした。ユダも反応していた。

「私には分かるぞ。お前には大した信念はない。ただ、自分が面白おかしく吹聴したデマか真実になりかけて、今更後に引けなくなっているだけだ」

 中年男は体を震わせていた。図星なのだろう。メの意図は分かったが、やりすぎな気がした。ユダもどこか不安そうに見えた。

「溝口、乗るな」

「うるさい」

 溝口はメに拳銃を向けた。目が血走っている。

「願いを叶えるだけの存在に、人間の何が分かる?」

「分かるさ」

 メは怯まない。

「願いを叶える側だからこそ、分かることがあるさ。その人間が清廉か邪悪か、思慮深いか、浅いか。お前はどちらも後者だ」

 パン、と何かが破裂したような音がして、メが吹き飛んだ。溝口が発砲したのだ。俺も渚も大いにビビった。だが、その数秒後に困惑しているのは溝口とユダの方だった。

 吹き飛んだメからは羽毛のような羽根が幾つも飛び出していた。まるでぬいぐるみのように。さらに、そのぬいぐるみからは何かの機械が埋め込まれているのが見て取れた──ボイスレコーダー。

「ダミーかよ!」

 ユダがいち早く事態に気付くが、後の祭りだった。

 天井から何かが落下し、真下にいたユダは踏みつけられて、動かなくなった。本物のメだ。

「捕まえろ!」

 遅れて状況を理解した溝口が警備員たちに叫ぶが、遅かった。メは手近にあったミシンのようなマシンを蹴り飛ばした。装置は横倒しになり、パーツが砕けて宙に舞った。

 誰もがその光景を前にして、動けなかった。

 ややあってから、メとユダの二体のアマビエに変化が訪れた。体が光に包まれ、輪郭がぼやけ始めていた。

 固体化促進装置が破壊され、アマビエ達は本来の役割を果たして、消滅しようとしているのだった。

 メは俺の元へ歩いてきた。

「危険なことをさせて済まない」

「本当だよ!」

 作戦はこうだった。搬入口で、荷台にメが乗っていると強く意識させ、本物は敵がトラックに気を取られているうちに装置のある地点を目指す。俺も渚も囮だったのだ。

 ダミーのメは3Dプリンタで作った精巧な人形だ。中に羽毛やら色々なものを詰めて、重さも本物と同じぐらいにしていた。さらに、溝口とユダと交わしそうな会話をシミュレートして、ボイスレコーダーに吹き込んでおいた。大したものだと思う。

 相手を怒らせ、意識を本体から離すのも狙い通りだったが、少々やり過ぎな気がした。溝口は発砲してきたのだから。

「おかげさまで上手くいった」

「これで全部元通りか?」

 メは頷いた。

「元々私達が作り変えた世界だがな」

 メが発する光が強くなった。消滅が近付いているのだろう。

「これでお別れだな」

 俺は言葉を返せない。言うべきことが色々ある気がしたが、まとまらなかった。

「何で、俺の前に現れたんだ?」

 出てきたのは、ずっと前から疑問に思っていたことだ。

 メは俺をじっと見てくる。

「迷惑だったか?」

「こんな時に、そんなこと言わねえよ」

 メはひと息ついてから言った。

「君は覚えていないかもしれないが、私達はずっと昔に会っている」

「君が病気で苦しんでいたのを知っていた。知っていながら、助けられなかった。他の重病患者の願いを受け入れてしまったからな。だから、次に生まれ変わったら、君を助けたいと思った。そして、それは叶ったんだ。実際には助けられたのは私のほうだったがね」

「そんなことないよ」

「そうか」

 メの輪郭が消えかけていた。もう、形を判別できない。

「私と過ごした日々、悪くなかったか?」

「ああ」

 知らず知らずにうちに、涙声になっていた。

「忘れないよ。一生忘れない」

「そうか。ならば良かった」

 光が、消滅した。後には何も残っていない。最後に声だけが響いた。

「元気でな」


 その後は色々あったが、俺達がトラックで工場を強襲したのはお咎めなしになった。

 勿論驚いたが、工場側としては関係者が拳銃を発砲したり、無断で私的な設備投資をしていたことを問題視し、子供に構っている暇はないようだった。

 ともかく俺達はとんでもない悪さを働いたにも関わらず、何もなかったかのように日常に戻った。

 勿論唯一の話し相手だったメを失った痛みは大きい。その代わりと言ってはなんだが、新しい友人を得た。

「おめー、何時もおせーよ」

 渚は相変わらず口が悪い。時間に厳しい、ということは最近知った。

「ごめん、ごめん」

 渚は都市に住んでいて、距離的に会うのは難しいのだが、今日は見て欲しいものがある、と言ってあの喫茶店に呼び出されていた。

 アマビエたちの消滅後、俺も勿論落ち込んだが、落ち込み具合は彼女の方が深かった。彼女はダディとはちゃんとお別れが出来なかった、と嘆いていた。俺が「アマビエは生まれ変わるみたいだから、また会える」と話して、ようやく元気を取り戻したようだった。

「今日はどうしたの?」

 そう切り出すと、彼女は興奮気味に鞄から何かを取り出した。古びたアルバムのようだった。

「昔、入院してた時の写真だよ。本当は思い出したくもなかったから見なかったんだけど、母ちゃんが残しておいてくれたらしい」

 渚はアルバムを開いた。今とは違う、無垢な幼女時代の彼女の写真が納められていた。ベッドに寝ている写真が多かったが、どれも笑顔で、病気とは無縁そうに見えた。

 微笑ましいが、これが見せたいものなのかと思うと疑問符が浮かんだ。

 そんな俺に気付いたのか、彼女は含み笑いをする。

「見返してて、アタシも驚いたんだよね」

 渚はアルバムをめくって、とある写真を見せてきた。渚と、同年代ぐらいの男の子がうつっている写真だった。同室の子だろうか。不思議と、その子には見覚えがあった。顔、というよりその子が着ている衣類に、凄まじい既視感があった。

 俺は思わず飛び上がってしまった。

「これ、もしかして俺?!」

「そう。びっくりしたでしょ?」

 渚が微笑む。

「お互いに病弱って言ってたから、何処かですれ違っててもおかしくないと思ってたけど、まさか会ってるとはね」

 渚は遠い目をした。

「それで話は変わるけどさ、アタシ大体ひとりだったから病院ではずっと友達が欲しいと思ってたんだ。そしたらホントに現れたんだよね。アタシだけに見える友達。今で言う、イマジナリーフレンドってやつ?」

 渚は切実な顔をして、何か紙を取り出して寄越した。アルバムに挟み込まれていたらしい。

「出てきてくれるのが嬉しくて、友達の絵を描いたんだ。でも、その子はイマジナリーフレンドじゃなくて、本当にいたのかもしれない。今はそんな気がするんだ」

 俺は折り畳まれた紙を広げた。思わず声をあげてしまう。

 いかにも幼児が描いたらしい、稚拙な絵。だが、鳥のような、魚のようなそれは間違いなくアマビエだった。しかも2体いる。その両隣りには男の子と女の子が笑顔で立っている。アマビエ達は無表情だったが、彼らはとても幸せそうに見えた。

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