第2話 テイク・ア・ルック・アラウンド

 メとの生活が始まり、必然的に会話が増えた。某ネコ型ロボットが一家に加わったようかものだから、当然だ。ただし、アレとは違って、こいつは俺にしか姿が見えないという注意点があったが。

 会話と言っても、メは正体不明で頑なに自分のことを話そうとしないので、やりとりには苦労した。自然、コミュニケーションは探り探りのものになった。

「時にメよ」

 これもその一環だった。俺の声で鳥魚がこちらを向く。

「お前は何者なんだ?」

 数秒してからメは口を開いた。

「救世主だ」

「何ゆえに?」

「人を助けている」

「それは、誰を指している?」

「君だ」

 真っ直ぐこちらを見つめてそんな事を言うものだから、ドキッとする。

「具体的には? どんな事をしている?」

「1人ぼっちの君の話し相手になったり、毎朝起こしたりしている」

「それが本当に救世主なのか?」

「君にとってはな。テストだって私の助けがあっただろう?」

 痛いところを突かれ、俺は俯いた。

「私の勝ちでいいか?」

「いいけど、もう少し手心加えてくんないかな」

 今のは"名乗り合いゲーム"だった。正体が何なのかを追求し続ける俺に辟易したのか、メはとぼけた答えを返すようになった。それが派生して遊びになった形だ。

 手順はこうだ。まず質問する側が相手が何者なのかを問い、答えを聞くと、何故そう言えるのか確認するように質問を重ねていく。答えられなかったり、発言に矛盾があったりすると負けになる。

 メはこれが天才的にうまかった。俺が答える側になると、大体3問目ぐらいで答えを返せなくなった。

表情を全く変えないでこなすので、本気なのかふざけているのかは分からないが、頭の回転はとにかく早いようだった。


 ぼっちには日頃から予定がない。土日も変わらない。それまでは気の向くままに惰眠を貪っていたのだが、メが現れてからは出来なくなった。土日も変わらず、妙な起こし方をするからだ。

 かと言って最初は何をするわけでもなかった。メと散発的な会話をしたりするうちに、勧められて読書をしたり、映画を見たりするようになった。

元々読書は好きだったが、のめり込むほどでもなく、怠惰で孤独な生活をするうちに、遠ざかっていたのだった。

 再開した読書では、今まで読んでこなかったジャンルに目を向けた。どちらかと言えば俺はそれまで純文学を好んでいたが、この度サイエンスフィクションに手を伸ばしてみた。

 それまでは内容を理解できるか自信がなく、読むには敷居が高い印象があったが、メと会話をするうちに、その中であげられるSF小説が気になってきたのだ。

 残念な事に学校の図書室の品揃えは微妙だった。ただ不幸中の幸いというか、我が家には沢山の本があった。両親とも本の虫で、特に父は昔SFマニアだったらしく、古典SFなどは棚に揃っていた。それらを抜き出しては読むのを繰り返していった。


 前より活動的になってくると、メは俺に頼みごとをするようになった。街へ出掛けたいと言うのだ。

 正直言って面倒くさかったが、別に予定もない。最初は厄介なストーカーと思っていたが、メにはすっかり世話になっていることもあり、断りづらかった。

 そういうワケで土日はメを伴い、あちこちへ出掛けるようになった。ただ、目的はよく分からない。何か用事があるわけでもなく、人の多そうな通りに行き、そこで人の行き来を眺めるという行為を繰り返した。

 何をしているのか問うと「定点観測」と言われたのだが、さっぱり分からない。

 奇妙な視線を向けられることもあったが、大体の人間は他人に無関心のようで、居心地の悪さもそれほど感じなかった。

 それ自体はすぐ済んでしまうので拍子抜けしたが、休みになると毎回繰り返すようになったので、メにとっては大事なことのようだ。

 せっかく街に出たのだから、俺は書店を巡ったり、入ったことのない店に入ったりした。


 俺の住まいは割と田舎で、小さな街に出るぐらいでは問題なかった。だが、県庁所在地のある都市に行くとなると勝手が違った。

 人の数も、建物の大きさも他の街とは違い、駅前にひとりで留まり続けるのは気が引けた。メを連れているとはいえ、普通の人間には不可視なのだから、実質ひとりなのだ。

 あちこちから視線が刺さってくるようで、さっさと帰りたかったが、メはまだだと言う。人が多いから観測には時間がかかるらしい。だが、暇つぶしにスマホをいじるのにも限界があった。

 ふと視線を感じ、顔を上げると俺と同じ年頃ぐらいのヤンキーと目が合った。丁度交差点の向こう側にいた。何故ヤンキーと言えるのかと言うと、頭はパツキン、耳にはピアスで、派手な服装をしていたからだ。出来れば関わりたくない相手だったが、何となく目を離せないでいると、相手の顔が険しくなった。慌てて目を逸らす。

 身の危険を感じ、メに「帰ろうぜ」と声をかけた瞬間、それは起こった。

「なにガンつけてやがんだよ、テメェ!」

 すぐ側にいた若い男が急に叫んだのだ。俺は面食らった。ヤンキーに気を取られ、そんな男が近くにいることにすら気付かなかった。

 突然の出来事に固まってしまったが、メが「そうだな。帰るとしよう」と促してくれたおかげでその場を退散できた。

 彼が何に対して怒りを露わにしたのかは分からないが、あまりの激昂ぶりに友人と思しき周囲の人間が必死に止めてくれたのも功を奏した。

「何なんだ、一体?」

「収穫だよ」

「何のだよ?」

「これから起こることに対しての」

 その後問い詰めても、メは答えてくれなかった。奴の言うことは相変わらず不可解だった。


 それまで引きこもって寝ていた土日には出掛けるようになり、普段から会話する相手も出来たせいか、傍から見たら俺は明るくなったように見えたのだろう。母から「あんた、なんか変わったね」と言われた。悪い気はしなかった。

 俺も思春期らしく、父とはどう交流していいのか分からず、中学ぐらいの頃から会話らしい会話もなかった。だが、父の所有するSF小説を読むようになって、会話も必然的に増え、距離がグッと近くなった。

 仕事が忙しく、最近はSF熱が冷めていたらしいが、俺がSFに触れ始めた影響か、目に見えて父も変わった。息子をマニアにするつもりなのか、「初心者が読むべきSFリスト」を渡してきたりした。

 メのおかけで俺の生活は上向いた。そう思って、調子に乗っていたのだろう。

 忘れていた。物事は良いこともあれば、悪いこともある。タイミング的には適切だったのだと思う。そこで初めて、マイナスの出来事が起きた。


「これ、ヤバくない?」

「てゆーか、普通に上手くない?

「隣にホントに誰かいるみたいだよね」

「……」

 その日は担当教師の体調不良で、自習になったコマがあった。

 試験が近付いているので、勉強するにはうってつけだったが、真面目にやるのは少数派で、クラスはざわついていた。

 そのざわつきは自分と無縁ではない気がして、俺はビクついていた。

 SNS上で、ある動画を発見した。中高生らしい少年が隣にいる誰かと会話をしているシーンをうつしたものだった。

 一見なんてことのない動画だが、実際には彼の隣には誰もいないのだ。だけど、彼の視線を向ける方向や、会話のリアクションらしい動きがあまりに自然で、本当にそこに誰かがいるように錯覚すると評判を呼び、バズっていた。

 さらにその動画を元にして、実際にどんな会話をしているのかを付け足した動画が新しく出されたりと、一躍トレンドになっていた。

「……」

隣にいるメがいつものように話しかけてくるものの、俺は朝から反応をしなかった。そんな気力はなかった。

 例の動画はもちろん俺とメをうつしたものだった。メは俺以外には不可視だから、俺しかうつっていないというわけだ。

 不幸中の幸いなのは、俺が制服姿じゃなかったことだ。もしそうだったなら、正体を特定されていたかもしれない。

 動画は俺がメの定点観測に付き合い、その終了後に寄った公園での姿を撮られたものだった。誰もいないのを確認してから、メと会話をしていたはずだったが、脇が甘かった。それに気付いた誰かが動画を撮り、面白半分にSNSに上げたのだろう。

 さすがに顔にはモザイクがかかっているし、ぼっちなのが幸いして、俺の声だと分かる人間もいないと思われた。ただ、いつ「これ、新田くんでしょ?」と指摘してくる者が現れるか分からない。

 そのままその日はなんとかやり過ごしたが、次の日からは学校を休んだ。ぼっちだから、休むとノートを見せて貰える相手がいないために、なるべく休まないつもりでいたが、今回ばかりは無理だった。

 その週はそのまま体調不良ということにして休ませてもらった。普段めったに休まないために両親からも特に不審がられはしなかった。

 休みの間は何も出来なかった。例の動画のバズり具合をチェックするぐらいだった。幸いと言っていいのか、他の色んな動画に埋もれて、あの動画はすぐに忘れられたらしい。

 家にいる間は、メのことを露骨に無視するようなことはなかった。だが、あの動画で何かを突きつけられた気がしていた。

 結局気持ちが上向いたつもりでいても、俺をそうさせたのは俺以外には不可視の存在で、俺自身は何も変わっていないどころか、孤独をさらに深めた、おかしい奴なんだということ。この奇妙な存在との付き合いは見直さなければいけないのかもしれない。

 翌週はさすがに後ろめたくなって登校した。休み続けると、このまま不登校になってしまうと危惧したせいもある。

 だが、そんな俺の想いは粉微塵になった。 

 最寄り駅に向かっている時だった。また奇妙な視線を感じ、振り向いたところ、そこに見覚えのある顔があった。都市で見かけたヤンキーだ。

 初めて見た時よりも、顔が整っていることに気付いた。何故なら、前回よりも近い距離にやつがいたからだ。

 ヤンキーは俺を見た途端、険しい顔になり、こちらに走ってきた。

「おい、テメェ!」

「やば!」

 俺は慌てて駆け出した。学校どころじゃない。

「待てコラ! テメェ、どこ高だよ?!」

 ヤンキーは追ってきて、甲高い声でそんなことを言ってくる。そんな風に相手の学校を問いただすやつは初めてだった。

 ヤンキーはしつこく追ってきたが、ここは俺の地元で土地勘があるため、なんとか撒くことに成功した。メはそんな俺を不思議そうに見ていた。

「高校を聞かれただけじゃないか。別に逃げなくても良かっただろう」

「相手があんなのじゃなかったらな」

 それだけでどっと疲れたので、結局学校にはいかず、帰ってきてしまった。

 自宅に戻ると母が心配して「どうしたの?」と聞いてきたが、「やっぱ具合が悪い」と答えて、俺は自室の布団に潜り込んだ。

 自宅にずっといると、メは退屈そうだった。情報収集が出来ないからだろう。ただ、この日は出掛けられないことに不満を言うわけでもなく、俺を心配しているようなことを言ってきた。

「今週もお休みなのか」

「いや、今日だけ。いや、明日もかも」

「家がそんなに楽しいか」

「ううん」

 俺は気怠げに言った。

「お外怖い」






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