第21話 それはそれとして、彼なりの収穫はあったのだ
二人してダッシュで距離を取りながら、ヴィクターはことのほか静かに問いかける。
「で、スティング、君はこれからどうする?」
「そうだな……まずは一度、母さんに手紙を書かないと。心配してくれてるだろうから」
「マジか!? 僕そんなん考えたこともないよ! 君ちょっとイイ子チャンすぎない!? 大丈夫、うちでやっていける?」
「どういう心配なんだそれは……」
「いや、そうじゃなくてさ。これからどう行動するかって意味で。僕らの共通目的も、君に利するものではあるはずなんだ。だからこうして誘ったわけで、君の目標も聞かせてほしいな」
それはすでに心に決めてある。スティングはまだ見ぬ先を見据えて眼を細めた。
「ちょうど村に籠るのも限界だと思ってたところだ。これを機に君らの情報力や行動力もフル活用させてもらうとしよう。俺は親父を殺したクソ野郎を探し出し、落とした首をメルダルツさんに差し出して、改めて嘆願する。それでも駄目なら、そのまま俺の命を差し出す。それでも駄目なら……まあ、そのときはしょうがない。
俺はただ、大切な相手がもう二度と、俺の目の前で死ぬのが嫌なだけだ。母さんや叔父さんには悪いけど、あの二人より先に死ぬのなら、それも含めた俺のわがままってことにしてもらうしかないね」
言うだけ言ってヴィクターの反応を伺うと、呆れた様子で顔を手で覆っている。
「君、本当に引くほど真面目だな……いいさ、そういう奴が一人いるのも悪くない」
「さっきから気になってたけど、お前んとこ、どんだけチンピラ集団なんだ」
「おい、やめてくれよ。そういうこと不用意に言ってあいつらの機嫌を損ねたらどうする」
ヴィクターは悪戯っぽいままの、だが静かな笑みを浮かべた。
こういう表情のときにこいつの本音が出るのだと、少し付き合えばわかるものだ。
「友達から仲間に転職してくれるに当たって、最後に一つだけ訊いていいかな?」
「いいけど、お前にもわからないことがあるのかい?」
「そりゃあるさ。特に内心に関しては。ねえ、スティング。今の君は、強くあろうとする演技の産物? それとも変わらない素の君自身?」
スティングはただいつものように気弱に笑って、答えにならないはぐらかしを返した。
「さあね。どうかな」
やはり昨夜は眠りが浅かったようで、普通に寝こけてしまったデュロン。
これもまたギャディーヤも同じで、彼は目を覚ますなり漠然と自分の胸に眼をやった。
打たれた心臓の痛みについて考えているわけではないだろう。
砕けたオカリナの破片を丁寧に集めて仕舞い直し、赤鬼は静かに立ち上がって、村へと足を向けた。
デュロンとサレウスは黙ってついていく。
予想はしていたが、スティングの母は小柄で華奢で、柔和な顔立ちの女性だった。
十年ぶりに村へ帰ってくるなり、玄関先で手をついて頭を地に擦るギャディーヤの様子に、初めは面食らっていた様子だったが、一部始終の説明を聞くうちに彼女は肩の力が抜け、眉が下がっていくのが見て取れる。
やがて彼女はしゃがみ込み、彼女の亡父にそっくりだというデカブツのブサイクな顔を、雑に掴んで上げさせて、視線を合わせて微笑みかけた。
「あの子が勝手にやったことです。あなたを責める謂れはありません」
「だ、だがよォ、イレイダ……」
「お忘れかしら、ギャディーヤ? あなたは私の義弟なの。私があなたに不満があるとすれば、ただ一つ。あなたがおそらくまだ一度も、夫の墓参りをしてくれていないこと。これだけよ」
なにごとかと様子を見に来た周囲の住民たちも、遠巻きに見守るばかりで近寄ってこないが、ギャディーヤに対する強い嫌悪や忌避は感じない。
スティングの粘り強い説得が功を奏したからなのか、後ろにいるデュロンやサレウスにビビっているだけなのかはわからないけれど。
その実内心穏やかではなかろうが、気丈に肩をすくめてみせる兄嫁。
「まあそのうち帰ってくるでしょ。スティングったら、体は大きくなったけど、根っこはあなたもよく知っている、昔のままの気弱な泣き虫だもの」
「そうなるように、俺が計らう。なァ、聖下」
『いかんな』
「まだなんも言ってねェが!?」
『駄目だ、わかっている……スティングを探す独り旅に出るなどと言い出すのだろう、まかりならん……お前は今や神の守護者、ゾーラの番兵だ……そもそもお前が今からあの二人に追いついたとして、もう一度話が拗れるだけだぞ』
「それはそうかもしれねェがよ」
煮え切らない様子のギャディーヤに対して、サレウスは採るべき措置を連ねていく。
『メルダルツは私が張っている……この村への接近を始める様子を見せたら、私が警告して、引き返させよう……今の奴にはその気は薄かろうが、念のためな』
「なー、サレウスの旦那。だけどメルダルツの隕石って、射程距離ヤベーんじゃ?」
『うむ……ただ落とすだけならば、ともすれば世界のどこにでも可能かもしれぬ……ただし、まともに照準をつけられる範囲は、広く見積もってもせいぜい奴自身から数キロ圏内といったところだ……仕損じた際のリスクは、奴自身が一番理解していよう……私の眼が黒いうちは、なんとか奴の行動を制御してみせよう。
スティングには、彼自身の気力と身軽さに期待するしかあるまい……だが案ずるなかれ、この教皇が予言する……最終的には、スティングも必ずゾーラにやって来る……だからギャディーヤよ、焦らずドンと構えていればよい。
そしてこれはどちらかというとメンタルケアだが……私が伝手のある腕利きの傭兵に、この村にたまに滞在させよう……
「すまねェ……俺のためにわざわざ……」
まったくだ。サレウスが本当はこの村を消し飛ぼうがどうでもいいと思っていることを知っているデュロンは、この厚遇ぶりに首をひねるばかりだが……おそらくギャディーヤ、スティング、メルダルツの全員を自分に有利なよう動かす算段を整えているのだろう。
『これに懲りたのならなおのこと、軽はずみな行動は慎むべきとわかるはずだ……さて、デュロン・ハザーク、君とはここでお別れだな……近々にまた会う機もあろうが、ひとまず言っておくべきことはあるかな』
久々に大鬼と正対し、人狼は遠慮のない距離感で声を掛けた。
「おい、ギャディ公」
「なんだァ、小僧?」
少し考え、今度は半年前の自分でなく、半年前の相手の言葉を、記憶の限り引用してみる。
「死ぬなよ。まずはそれからだ」
「わかってる……てめェこそ自分で言ってて、自分の心配を忘れんじゃァーねェぞ」
言い返すギャディーヤの口調には、いつもの調子が戻っていて、眼にも生きた光が宿っている。これならレミレに心配をかけることもなさそうだ。
デュロンは未練なく、静穏なままのラムダ村を後にする。
なにもできることはなかったが、それはそれとして、彼なりの収穫はあったのだ。
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