星の力がまだ彼を祝福している
第20話 きっとこれから、毎日こうなる
なにもしていないのに、どっと疲れた。ギャディーヤの傍らに寝そべるデュロンを、サレウスは感慨深げに見下ろしてくる。犬の表情ではなく、
『心配するな……私の犬が一頭、メルダルツを尾けている』
サラッと言ってくるので、デュロンの方も反応が面倒になってきた。
『私の心配もしなくていい、足の小指一本程度の労力を割り振れば事足りる』
「いやそこは全然心配してねーが……スティングの方は?」
『彼の動向にももちろん興味はあるが……今見ている様子からして、おそらく最終的には、あまり追う意味はなくなる……彼の関連で拙いことが起きるとすれば、メルダルツとギャディーヤの方を押さえておく方が対処効率が良い……少なくとも現時点で、私はそう判断する』
「アンタがそう言うんなら、俺から言うことがあるわけもねーよ」
気まずい沈黙が流れた。それはサレウスが次に切り出す内容の予兆だったのだろう。
『デュロン・ハザーク……君は、私を……いや教皇庁を……』
「あー、ちょっと待った、その先は言ってくれるな。俺はスティングほど芝居が上手くねーんだ、勘弁してくれ」
必ずしも答えを欲したわけではなかったようで、黒犬の喉を震わせる教皇。
『フフ、そうだな……だが一つだけ忠告させてくれ……老いた者としてでなく、死にゆく者としての言葉だ、それなりの希少価値があるぞ』
「なんだ?」
『アクエリカを神輿に担ぐ、それもまた良し……だが最後に頼るのは、己ら自身の力と、ゆめゆめ心得よ』
デュロンはゴロリと寝返りを打ち、我ながら不貞腐れたガキみてーだなと思いつつも、それを否認するようなことを言ってみる。
「わかってるさ……俺たちだって、いつまでもガキのまんまじゃいられねーんだ。つーかアンタ、なんでそんなことを俺に?」
『いずれにせよ君たちが動くのは、教皇選挙の開始に前後する頃だろう……つまりそのとき、私はすでに死んでいる……教会組織がどうなろうと知ったことか』
「アンタ最悪だな!?」
『というのは冗談で……つまり君たちの勝利は私や教会にとって、最悪ではないということになるかな』
残念ながらデュロンの頭は、ややこしいことを長く考えるようにはできていない。
「あーダメだ、めんどくせー、俺は朝寝する。ギャディ公が意識取り戻したら、俺も起こしてくれよ」
返事も聞かず眼を閉じると、早朝に森で鳴く謎の鳥が合唱を始めた。
眠りに落ちて脈絡をなくしていくデュロンの思考の中で、サレウスが語るともなく語りかけてくるのが、うっすらと意識に残っていた。
『デュロン・ハザーク……私がこの場で抱いたもっとも大きな危惧がなにかわかるかな……? それはメルダルツの隕石に、君が巻き添えを食って徒死することだ……ミレインが爆発して形振り構わずゾーラへ攻め寄せ、またゾーラ近辺で燻っていた火も再び燃え盛り、呼応した周辺諸国・諸勢力が参戦したり漁夫の利を狙い、一気呵成に雪崩れ込む……まさに「最悪」だ……君の持つ引力は、ヒメキアのそれにも劣ってはいないよ……』
それは、どうだろう……そうだったらいいなと、デュロンはまた子供じみたことを考えてしまった。
木立ちを抜けて開けた場所に出たスティングを、見知った顔が待ち構えていた。
「やあスティング、久しぶり。色々と……大変だったみたいだね」
ヴィクターの能力はよく知っている。彼は相手を相手自身よりよく知っているのだ。
「見ればわかるだろ。大変なのはこれからさ」
「だったら君、僕らのところへ来ないかい?」
用件があるならそれしかないと、半ばわかってはいたのだが、それでもいざ切り出されると、驚いて声が出ないスティング。
その様子を面白そうに見上げて、ヴィクターは詩歌を口ずさむように立て板に水で勧誘してくる。
「うちには結構高精度な予知能力者がいてね。かく言う今も、その子の助言に従った結果ここにいる。君だって毎回見てから回避ってわけにもいかないだろう、寝ている間はなおのこと」
魅力的な提案ではあるが、だからこそスティングには躊躇があった。
「いいのか? 俺はもはや、控えめに言って疫病神だぞ」
「疫病神ねえ……不思議と僕は、そんなような奴らと縁があるんだ。うちはそもそも
こいつには敵わないなと、苦笑するしかないスティングは、差し出された手を握り返した。
次の瞬間、巻き起こる暴風と衝撃波で二人の体は少し浮いたかと思うと、周囲の木々ごと吹き飛ばされる。
しばらく呆然とスッ転がっていたヴィクターは、慌てて身を起こし漠然と叫んだ。
「おおおおい!? あの星落としおじさん、君を見失ったからって、三分ごとに適当に撃ちまくる気だな!? この森、更地になるぞ!?」
「ハハ……悪い、ヴィクター。きっとこれから、毎日こうなる」
「望むところだよ! こう見えて逃げ足には自信があるんだ! さあ、行くよ!」
最弱なはずの友達が、強気に発した宣言を、なぜだか頼もしく思い、スティングは苦笑するしかなかった。
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