第19話 ここまでやっても、メルダルツは騙されてはくれなかった
その顛末を見届けたメルダルツは、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「フン……ずいぶんと古典的な手を使うものだ」
「褒め言葉の解釈しておくよ。それじゃ、いちおう確認していいかな」
もはやまったく尻込みする様子はなく、スティングは冷静そのものでメルダルツを降り仰ぐ。
「俺たちがあんたに攻撃すれば、あんたはラムダ村に隕石を落とす……この条件も永続する。当たり前だ、加害者側が被害者遺族を、重ねて害することが許される理由があるわけがない」
メルダルツの沈黙を肯定と受け取り、スティングは勝手に話を進める。
「そしてたった今から、あんたはいつでもどこでも、俺に裁きを下して構わない」
「言われるまでもないことだ」
サレウスが「この決闘の勝者を、メルダルツは好きに殺して良し」という言い回しをした時点で、メルダルツは理解、そして承認していたらしい。
ギャディーヤも最初は普通に逃げようとしていたわけで、彼が神妙になったのも、それができないと悟った後のことだ。
サレウスはこの場で勝者の処刑を執り行うこと、それに協力すること、勝者の身柄を即座拘束すること、なに一つ保証していなかった。つまり……。
固有魔術〈
「別に、今ここでだっていいんだ」
いまだ血だらけの顔で不敵に笑い、不遜に指差し言ってのけた。
「よーく狙え。外さないようにな」
それきり鬼ごっこでも始めるように、無防備に背中を見せて去っていく仇の甥を、メルダルツは険しい顔で睨みつけるばかりだったが、相手が木立の奥に姿を消すと、紳士の細い肩が震え出し、それが治まると、帽子の下には凶悪な喜悦の笑みがあった。
「ククク……まったく、よくやるものだな……最初はふざけるなの一言だったが……よくよく考えれば、なかなか粋な計らいじゃないかね。つまり、こうだ。私は今後スティングに死の、ギャディーヤに喪失の恐怖を、好きなだけ与え続けることができる。
なるほど確かに、一回殺して終わりというのは味気ない。私の吉夢の中で、貴様らの悪魔の中で、何千回何万回と殺してやる! そして最後には、それが正夢になることだろう!」
メルダルツは正義感に溢れ忍耐強く、その反面、誰かを憎み続けることが精神的な負担にならず、復讐の過程を楽しめるタイプのパーソナリティであるらしい。
だからこそ一度は反動形成や代償行為に至り、今こうして新たな標的を見定めることができているのだろう。
『では、今後……』
相手は妖精族だ。契約という言葉を使い、承諾を引き出して行動を縛ろうとしたのだろうが、鬼の形相で振り向いたメルダルツは機先を制した。
「黙れ、断る。これは貴様らとは関係のない、私とスティング・ラムチャプの間で交わされた私的な取り決めだ。当然私の興が冷めれば一方的に破棄することも、いつでも可能だが、少なくとも今この場では、この下らぬ口約束を適用してやる」
罪は肩代わりできない、ただ一緒に背負うことができるだけだ。
スティングのやったことは、ただ罪作りを増やして逃げただけという、無意味な純然たる愚行なのだろう。
だが確かにメルダルツはギャディーヤへの復讐として、本来無関係だったスティングを、第一殺害目標に設定せずにはいられなくなった。村やギャディーヤの優先順位を下げることで、死神の眼前に並ぶ列の後方へ追いやり、結果的に矛先を逸らすことに成功したのだ。
「ギャディーヤ・ラムチャプ、聞こえているだろう。できた甥を持ったことが、今はまだ誇りだろうが、直に後悔へ変えてやる。愛する者などいなければ良かったと、心の底からそう思わせてやる。スティングを殺し、ラムダ村を滅ぼして、お前を地獄に叩き落とす……これが新しい順序だ。首を洗って待っていることだな」
最後は衰え得ぬ憎悪を言い捨て、スティングを追って立ち去るメルダルツを、デュロンはぼんやりと見送っていたが、傍らに降り立ったサレウスの犬から、いまだ伏したままのギャディーヤへ視線を移した。
「いや、ダメだ、聞こえてねーな……後でちゃんと伝えよう」
『貫通こそしていないが、全霊込めた錬成圧で心臓を打たれたことで、失神しているようだ。自己再生で治る範疇でもある……まさか、ここまでの精密攻撃を……?』
「どうだろう……さすがにそこは偶然なんじゃねーかな……」
デュロンはなんとか独力でギャディーヤの巨体を裏返し、昨夜スティングがやったように、上着の内ポケットへ勝手に手を入れた。
つまりあのとき、その仕込みが終わっていたのだろう。
平穏は砕かれた。そこに込められていた、淡い追憶も一緒に。
オカリナの欠片はスティングの錬成魔術により、内側に薄い金属装甲が施されている。
ことによるとただ心臓を守るだけではなく、槍が胸郭に潜り込み肋骨を割るの近い音を立てて破損するように……というのもまた考えすぎかもしれない。
そしてスティングの槍は固有魔術の構造上、彼の体内から伸びるもののはずだ。
蝶や蚊の口吻のように槍の内部を空洞にし、先端から彼自身の血を抽出すれば、ひとまず致命傷の偽装が完成する。
ここまでやっても、メルダルツは騙されてはくれなかった。
だが一方で、ここまでやり切るスティングの胆力に驚嘆した様子はあった。
もちろんその美しい愛の深さに感動してどうたらこうたら、とかいうのではまったくない。逆だ。ここまでやるほど慕ってくれる甥を跡形もなく消されることが、ギャディーヤに対する最高の復讐となる、その確信をメルダルツに植え付けた……それがスティングが収めた成果の実体なのだろう。
ついていけねーわ、というのが、すべて見届けたデュロンの、現時点における感想だった。
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