第18話 ギャディーヤはスティングを手元に置くべきだったのだ
しかしスティングが景気良く啖呵を切れたのは、そのときが最初で最後だった。
開始早々、彼は圧し折れる武具と触腕を、次々に打ち捨てる羽目になっている。
「ぐっ……!」
そもそも昨日デュロンと二人で挑んだ時点で、格付けは済まされているのだ。
十メートルの距離をギャディーヤが固有魔術を発動し、
その神域を突破する例外となるには、スティングの攻撃はあまりに凡庸と言わざるを得なかった。
難攻不落のその防御に対しては、たとえばデュロンがなんの援護もなく、ただ殴りつけているのと大差ない。
いや、もっと悪いかもしれない。
同じ物理攻撃でも、スティングのものは固有魔術によるものだ。
錬成系の魔術による変形物は銀に触れても、普通に実体であるその構造物は健在のままである。
だが変形自体は銀に触れた時点で、魔力無効化作用により止まってしまうので、スティングがやっているのはギャディーヤに向かって、無用の長物となる金属製のオブジェを、よく見える位置まで差し出しているだけのようなものだ。
今また一つ、棍棒が砕かれ、あっさりと間合いを潰されたスティングは、右第三触腕から自身の右腕に盾を持ち換え、歯を食い縛り踏ん張りを利かせる。
そのなけなしの抵抗を、ギャディーヤは剛腕一つで無に帰した。
砕ける盾ごと顔面を殴りつけられたスティングは、クレーターの底を勢いよく転がる。
重金属の塊が吐く息は、内燃機関が排出する蒸気のようだ。
「おやおやスティングくん、防御はずいぶんと疎かなようだなァ?」
ウォルコもそうだがギャディーヤも、相手の攻撃手段を一つ一つ踏み潰し、余裕をもって叩き潰すという感じの戦い方をしてくるので、精神的にもかなり堪える。
デュロンのときはたまたま万策尽きる前にイリャヒという
「……そうだな。叔父貴の言う通りだ」
だが一方で、ギャディーヤもやはり冷静には程遠いことを、デュロンは確信せざるを得なかった。
なぜ景気良くブッ飛ばしたのか、再び距離を取らせれば、わずかなりとも勝機を与えるだけなのに。
ギャディーヤはスティングを手元に置くべきだったのだ。
掴んで引き寄せ、投げ・極め・絞めのいずれかで、有無を言わせず行動不能に陥れるべきだった。
「やっぱり俺は攻撃が取り柄みたいだ」
口元の血を拭い、ゆっくりと立ち上がったスティングは、まったく闘志が衰えていない。
掲げていた武具がすべて破損した触腕の残骸の、欠けた先端を残らず尖らせる。
スティングは闇雲に突っ込んでいたわけではない。叔父の装甲を破るに適した攻撃手段が如何様か、一手ずつ触診して探っていた……あるいは最初から決め打ちすべく、布石を打っていただけかもしれない。
鋭いが細く頼りない、まるでスティング自身を象徴するような長槍の連撃が、ギャディーヤの正面装甲に殺到する。
甲高い金属音を立てて突き立てられる刃は、都度ごと脆く崩れゆく。
一見無意味なその行動を、改める様子はスティングにない。
いまだダメージが皆無ながら、ギャディーヤの顔にようやく焦りの色が浮かぶのを、デュロンは鉄の嵐を通して見て取った。
「……ッ!」
錬成系の魔術を使った変形物による攻撃は、その先端が銀に触れた時点で止まってしまう。
ギャディーヤは装甲を生成して待ち構えているだけで、襲い来る
錬成系の魔術が持つ「銀の魔力無効化作用でも変化後の物質を還元・消滅できない」という性質の、真髄はもしかしたらここなのかもしれない。
しかし気づいたところで、ギャディーヤにはどうにもできない。
ダメージが通りこそしないものの、その効かない攻撃の錬成圧で五体を満遍なく押さえ込まれる羽目になり、ギャディーヤに許される動きは拮抗か後退のみとなっている。
「んァア!?」
そして、不意に鉄の嵐が止み、残響がクレーターの底面に
つんのめったギャディーヤが慌てて体勢を立て直すまでにできた大きな隙を、スティングはまるで無視する。
それもそのはず。彼は憤怒に似た形相で、空の右手を前に突き出し、左手で槍を構えるのに忙しい。
彼の見開いた目尻から、剥き出して食い縛る歯の間から、高い鼻梁の下から、そして次第に逆立つ髪から垣間見える耳から、己に連なる血が流れるのを見て、ギャディーヤはその意味を理解したはずだ。
だがギャディーヤは判断に躊躇し、その場を動かない。
それが失着とは呼べないことを、デュロンも理解する。
スティングは次の一刺しに全霊を込めるべく、脳に負担がかかるほど魔力を溜め、錬成圧を限界まで高めている。
止めたいのなら組みつけばいい。ただし今のスティングに接近することは、彼の有効射程により深く侵入することに他ならない。
結局中途半端に前に出たところで、スティングが左手に握る槍先が爆発的な速度で伸び、ギャディーヤの巨体、その中心を捉えた。
咄嗟に両腕を交差し、食い止めることには成功するギャディーヤだが……地面を押した反動で叔父の巨体を浮かせたほどの怪力を誇るスティングの錬成圧が、一点収斂で絞り込まれれば、どういう強度の刺突攻撃となるかは、もはや火を見るよりも明らかだった。
捻り抜こうと回転を始め、火花を散らす甥の一本槍に晒され、ギャディーヤは食い込むほど切歯扼腕するしかない。
実際その形相は、憤怒とも悔恨とも読み取れた。
もはや自ら退かずとも力尽くで押し込まれ、バカデカい靴の踵が轍を引いていく。
スティングもすでに貫くべき覚悟を決めている。
演技による自己欺瞞は、ただ冷静に口を動かせるだけの作用ではない。
昨日はあくまで遊びの範疇の腕試しだった。
殺す気で戦えば、スティングの攻撃力はギャディーヤの防御力を上回る。
たった今それが証明された。
「ぐぁっ…!」
決着は実に呆気なく、敗者の口から漏れた声すら間が抜ける。
表面の金属装甲ごと、ギャディーヤの両腕をまとめて砕いたスティングの槍は、そのまま叔父貴の心臓を過たず狙う。
硬いものが砕かれ、その中で血が溢れる禍々しい異音を、デュロンの聴覚が勝手に拾ってくる。
「……」
使い物にならなくなった両腕を垂れ下げて、ギャディーヤは呆然と口を開いたまま、結局は言葉を発することなく、力なく前のめりに倒れた。
スティングは槍を縮めて手に納め、眉尻を下げた弱気な笑みで、赤い涙を流しながら告げる。
「じゃあな、叔父貴。今度会うときは、きっと地獄だぜ」
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