第15話 かなり際どい手を使うよ、叔父貴

 なんだかんだと悩みはしつつも、所詮は他者事ひとごとなのだろう。いつの間にか眠ってしまっていたことに気づいたデュロンは、その呑気さを自嘲する。

 しかし様子としてはギャディーヤも似たようなもので、昇りかけの朝日を浴びてぼんやりと瞬きし、小汚い長髪を搔き毟る。


「あァ……悪い気分じゃァねェな……死ぬにはちょうどいい日みてェだ」

「なんて答えたらいいかわかんねーこと言うんじゃねーよ……俺だってこう見えて気が気じゃねーんだぞ」

「デュロン、おめェはきっちりダッシュで避けろよ。こんなんで巻き込まれて逝っちまったらお前、化けて出たところで姉ちゃんに泣きながらシバかれちまうぜ」

「半年前と同じこと言わせんな。テメーの心配だけしとけ」

「最後まで俺に対しては、かわいくねェガキだったなァ、お前は」


 しばらく経つとメルダルツが森の奥から姿を現し、クレーターの縁に立って見下ろしてくる。

 彼とギャディーヤは無言ながら、存外静かに視線を交わした。


 ギャディーヤにとってメルダルツは敵ではない(もちろん「脅威にならない」ではなく、「敵わない」という意味だ)し、メルダルツにとってギャディーヤは、もはや処刑を待つ俎板の上の魚だ。いざ手を下すとなると、粛々と行うものなのかもしれない。


 やがて村の方向からスティングもやって来た。わかりやすく一晩中考え込んでいたことが顔に出ていて、当のメルダルツやギャディーヤよりよほど酷い様子をしている。

 ともあれ予定の面子が揃ったところで、メルダルツが厳かに宣告した。


「時間だ。答えを聞かせてもらおうか、ギャディーヤ・ラムチャプ」


 巨漢は真剣な表情で、わかりきった結論を改めて明言する。


「俺……」

「……ちょっと待った」


 なんとなくそんな予感はしていた。だがスティングが臆せず口を挟んだことに、やはりデュロンは驚かざるを得ない。

 メルダルツは実に迷惑そうに、蝿を払うような仕草で彼を振り向く。


「なにかな、スティングくん? この期に及んで助命を嘆願するというのは、いささか遅きに失していると思わないか?」

「もちろんそう思います、メルダルツさん。でも少しだけ時間をくれませんか」

「おい、スティング……お前、なにを言い出し……」

「ちょっと黙っててくれ、叔父さん」


 ぴしゃりと言い捨てるその様は、昨夜の様子からは想像できない。ギャディーヤも対応に迷う様子で、呆気に取られて黙り込む。むしろ冷静なままなのはメルダルツだ。


「なにを言い出すのか興味がある、聞くだけは聞こう」

「ありがとうございます。しかし、口で喋るよりよほど雄弁な方法がある。デュロンくん、ちょっとそこに立ってくれるかな。そして、上着を脱いで、あのあたりに置いておいてくれると助かる」


 デュロンが言われた通りクレーターの縁に登り、平らな地面の上で整えられたその位置関係に、さすがに気づかざるを得なかった。デュロンの背後から、無機質なスティングの声が聞こえてくる。


「つまりこういうことだよ、叔父さん」


 デュロンが地面に落とした黒い制服の上着が、ウネウネと蠢き始める。

 やがてそれは何者かが着ているように自然な動きをし始めた。


 確かにこれがコートでなくローブだったら、中身がスティングの足裏から地面を通して突き出た、刃の集合体である木偶人形だとは気づかないかもしれない。

 やがて予想通りに袖から一刺しが伸びてきたので、デュロンはしっかりと見切って回避する。


「ハハハ……なるほど、これはやられたな……一晩でよく考えたものだ」


 愉快そうに手を叩くメルダルツの、帽子の下の表情は、確かに笑いにも似て歪んでいるが、その実は言わずもがなである。


「私はまだ貴様らの茶番に付き合わねばならんのか!? 下らん庇い立てをしおって、クズ同士のうのうと……!

 己の父を殺した〈災禍〉の正体は幼い頃の僕です、だから叔父さんは悪くないんです。そんな都合の良い後出しの嘘八百が通るか、間抜け!

 そんなに私に殺されたいなら構わん、ギャディーヤの後で一緒の地獄に送ってやるから、大人しく列に並んでおけ!」


 そして彼以上にギャディーヤが動揺していて、必死に甥の説得を試みる。


「スティング! もういい、お前の気持ちはわかった! これ以上逆撫でするような……」

「もう一度だけ言う。ギャディーヤ叔父さん、あんたは黙っていてくれないか。そもそもこの件に関して、本来あんたに発言権は、部外者の俺よりよっぽどないはずなんだ。そこを弁えてもらえると助かる」


 そうしてメルダルツの眼を、恐れずまっすぐ見返して、彼なりの言葉を紡ぐ。


「ごめんなさい、メルダルツさん……到底納得には程遠いなんてことは、もちろんわかってるんです。でも、これが俺に提示できる限りの、なんだ。〈災禍〉の正体は俺で、叔父さんを嗾けて悪魔崇拝に走らせたのも俺。それを機会を、俺にくれませんか」

「……」


 もはや騙す気すらない、状況証拠一つで容易に覆るガバガバの偽自白は、ともすれば相手を舐め腐っていると取られても仕方ないものだ。

 にも関わらず、昨日ここへ来てから初めて、メルダルツの心が憤怒と憎悪以外の感情で揺らぐのを、デュロンははっきりと感じていた。

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