第14話 死ぬべきゴミに違いない
村へ帰ったと思われていた彼が、手近な幹に預けた背中越しに、話を盗み聞きしていたことには、デュロンもサレウスも気づいていた。
思い詰めた様子で歩いてくる甥っ子は、ほとんど気絶に近い状態で眠っている叔父をじっと見つめると、彼の傍らに腰を下ろし、訥々と語り始める。
「別に、なにも……今さらこの人がなにを言おうと、俺の認識は変わらないよ。それにこの人の真意は、わかってるつもりだ」
「お前はそうかもしれねーが……この人が兄貴の葬式も出ず一人で夜逃げしたことに対して、村の人らにずいぶん言われたろ?」
「そりゃね。この十年間……実質七年間くらいかな。根気よく説き伏せたきたつもりだけど、今でも蒸し返す連中はいるよ。今じゃあ俺も、口より先に手が出るようになっちまった」
デュロンにとってはスティングも見上げる長身だが、彼は
ラムダ村の同年代の住民にとっては、彼は「腕っ節は大したことないが、キレるとすぐ刺してくるキモいチビ」なのだろう。
「同じ年数、俺は〈災禍〉について調べ考えてきた。教皇庁の公式見解が『不明』なんだ、正体に関しては、今の時点でわからないのはもう仕方ない」
サレウスの犬が無言で頷くのを確認し、デュロンに顔を向けるスティング。
「だけど奴の目的に関しては、少しは想像が及んだよ。被害者遺族の共通点を探すのは難しいけど、実は〈災禍〉に見舞われ生き延びたというケースもいくつかあるんだ。
たとえばここラスタード王国内だと、四大名家と呼ばれるヴィトゲンライツ家とホストハイド家で一回ずつ、〈災禍〉と戦って辛くも退けたという事件が記録されている」
『スティング、君はそれをどこで知った……? 別段秘密というわけではないが、あまり両家が公にしている情報ではないはずだ』
「いえ、単に俺が両家に友達ができて、そいつらが教えてくれたってだけですよ。前者はヴィクター、後者はエイデンという男で、どっちもイイ奴なんです」
今細かいところに疑問を差し挟んでも仕方がない。それよりデュロンは気になる点がある。
「ってことは、奴はそいつらの家に直接カチ込んだわけだろ。俺はどうも〈災禍〉って野郎は誰でもいいから通りかかった相手を気まぐれで殺して楽しむような輩かと思ってたんだがよ。お前の話を聞いてると、そういうわけでもないのかもしれねーな」
「そんなんだよ。他にも名のある魔族たちの、俗に言う『血の強い』家が結構襲われている。で、ただ彼らの母数が多いから、結果的にそう思えるだけかもしれないし、俺の願望も多分に入ってるんだけど」
『構わぬ……言ってみなさい』
教皇聖下に促され、スティングは遠慮がちに私見を口にした。
「〈災禍〉は、未来の神域到達者を狙い、その芽を摘んでるんじゃないかな? 奴の正体に関して、あまりに『神』関連の筋が多すぎる、ただの風説とは思えない。だから奴は、奴の領域を犯す素質のある者を、あらかじめ見つけて罰している……っていうような考えなんですけど」
最後はしどろもどろになるスティングだが、それを聞いたサレウスは低く唸った。
『ありえぬ話ではない……他にもいくらかあるのだろうが……私も当て嵌まる節をかなり思いつく』
「なら、スティングの親父さんを殺した後に、奴が言ってたってのは……」
スティングは頷き、おそらくこの十年間何度となく思い返したであろう仇の言葉を、今一度舌に乗せる。
「『違う、お前じゃない』……親父は叔父貴と間違えて殺されたんだと、俺はほとんど確信してる。叔父貴と親父がそっくりだったってのは、さっき叔父貴も言ってた通りだ。
もちろん、それで叔父貴を恨む気なんか毛頭ないよ。重要なのは俺じゃなくて、叔父貴がそれを知ってどう思ったかさ」
傍らで寝こけるブサイクなオッサンを、スティングは優しく細めた眼で見下ろしながら、話を続ける。
「この人のことだ、『俺のせいで兄貴が殺されたんだ』って、ずいぶん自分を責めたろうが、それだけじゃない……『次、奴がもう一度俺を殺しに来たらどうなるか』……そこまで考えが及んだはずだ。
この人はまるで『十年前の俺は弱かった』みたいな口ぶりで喋ってたけど、当時この人の周りにいた村の若い衆に話を聞くと、どうも様子が違うことがわかるよ。
たまたま親父の雷霆系がよく効いたってだけで、この人の防御魔術は神域とやらに覚醒し銀合金を錬成できるようになる前でも、すでに物理防御・魔術防御ともに完成されてたと聞く。
この人をよく知る、今の村長の見解はこうだ……『十年前のギャディーヤを殺すには、巨人の腕か竜の尾による打撃、または巨人の魔術か竜の息吹が必要だろう』……これが意味することはわかるでしょ?」
今は後の二つは効かないわけだが、問題はそこではない。
ギャディーヤを本気で殺すには、それこそ先ほど見たメルダルツの隕石が好例だが、村ごと叩き潰すような規模の攻撃を仕掛けなければならないということだ。
〈災禍〉が一般市民の生死に、わずかなりとも頓着するとは思いにくい。
そしてギャディーヤにとって最悪の想定とは、そこまでやられてもギャディーヤだけは生き残ってしまうというものだったのだろう。
おちおち家で寝ているわけにもいかなくなったわけだ。
「叔父貴は俺たちを巻き込まないよう、独りで村を出て行った。だからといって当時のこの人は、自分だけ犠牲になればいいという考えだったわけじゃなかったはずだ。普通に死にたくなかった。あとは悪魔崇拝に傾倒し……本人が語ってた通りだったんだろう」
ギャディーヤは体が闇雲にデカく、サイズが合うものが少ないというのもあるのだろうが、だいたいどんな服を着てもいい加減に着崩している。
そしていつも左胸の内ポケットに、同じあるものを仕舞っているのだ。
利き腕は右のはずだが、乱打を浴びるときも前のめりに倒れるときも、まず左手が前に出る。つまりはそういうことなのだろう。
「……まったくこの人は相変わらずだな」
叔父の懐へ勝手に潜らせた自分の手が、不恰好なぐにゃぐにゃした陶器らしきものを探り当てるに際し、引き出したそれをスティングは懐かしそうにじっと見つめる。
そのオカリナはギャディーヤがスティングに聞かせるために作ったのだろうか、それとも、スティングがギャディーヤのために作り贈ったのだろうか? どちらでも大きな違いはないのかもしれない。
「教会にとっては便利な駒で、世界にとっては異物の一つで、社会にとっては寄生虫で……そしてなにより遺族にとって、この人は死ぬべきゴミに違いない。だけど俺にとってはいつまで経っても、大好きな叔父さんのままなんだ」
思い出の品を元の場所へ返したスティングは、決然とした表情で立ち上がった。
「この人が赦され、救われる道なんか皆無なのはわかってる。それでも、俺がこの人を助ける方法はあるはず……まだ朝までは時間がある、俺ももう少し考えてみるよ」
そう言って気弱に微笑み、今度こそ村への帰路に就く彼の後ろ姿に、どうにも危ういものを感じたデュロンは、もう少し話しておく必要を感じ、咄嗟に腰を上げた。
『待て……』
しかし黒犬に制服の裾を甘噛みして止められ、教皇による慰撫を受ける。
『この件はもはや我らが介入する範囲を超え、彼ら自身の問題となりつつある……こうして監視と護衛の耳目を寄越している通り、ギャディーヤの身柄を預かる地位にある私には、明朝のこの場を取り仕切る権利と義務はあると考えるが、あくまで我らは立ち会い調停するのみ……君も無理すれば心労が祟る、今夜はもう寝るがいい』
「あ、ああ……」
答えつつ、デュロンは背筋が凍るのを感じた。そして黒犬たちの嗅覚も感情感知が可能で、この恐怖が教皇に伝わることをまた恐れた。
サレウスはギャディーヤを「強大な
たとえばこういう顛末が想定できる。
メルダルツがギャディーヤの抹殺に成功する。悲願を達成して隙だらけの彼を、当然の結果としてスティングが刺し殺す。
サレウスがその罪を理由に、スティングを新たな自分直轄の〈銀のベナンダンテ〉に仕立てる。
あるいは、こうだ。
なんらかの形で上手くやり、メルダルツがギャディーヤとスティング、二人まとめて始末することに成功する。
完璧な形で復讐を果たした彼の気力は燃え尽き、生きる目的を失ってしまう。そこへサレウスが以下同文。めでたしめでたし。
スティングとメルダルツが相討ちになっても、ギャディーヤが残り現状維持なので良し。
スティングが機先を制して犠牲なしでメルダルツの返り討ちに成功すれば、サレウスにとっても実質無償で手駒が増えるのでなお良し。
その過程でラムダ村が消し飛んだとしても、無関係なサレウスは痛くも痒くもない。
いつものように静穏な口調で、『それも良かろう』と言うのだろう。
場合によってはデュロンにも、自分の立場を危ぶめず生かすべき者を救うという、一瞬の難解な判断が求められる可能性がある。
間違えない自信がない。せめて明朝、自分の頭が冴えていることを祈るしかなかった。
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