第13話 神域覚醒、俺様最強! …こんなに虚しいこともねェ
「つゥわけでよォ、俺らァ勇んで村へ帰ったんだが、どうも様子がおかしい。
初めはもしかしたら……ほら、昔話であるパターンだろ? 仕留めた猪が親か子で、その子か親が復讐で攻めてきたみてェな……。
でももしそうなら、兄貴だってそう簡単にやられるとは思えなかった。だから、事態はもっと悪かったんだ。
正体不明の死神野郎がやって来て、嫁と子供が見ている前で、ザビーニョの命を持ってった。なんだそりゃァ、って感じだ。
だが村ぐるみでそんな大嘘ぶっこいて兄貴を殺したって、得する奴がいるとは思えねェ。強いて言うなら俺にとって兄貴が目の上のタンコブだったみてェな動機が成り立つかもしれねェが、幸い疑われることはなかった。
その後兄貴の死を悼む間もなく、俺はどうしたか。聞いて驚け、ビビって逃げたんだ。その夜のうちに村からトンズラさ。
兄貴が勝てねェような化け物に、俺が敵うはずがねェ。だが猪狩りの件を見てみろ。村で一番頑丈だからっつって矢面に立たされる、兄貴亡き後はますますそうなるはずだ。
この村はもうその死神野郎に認知されちまった。またいつあいつが気まぐれでやって来るかわからねェ。
俺はとにかく死にたくなかった。走って走って、偶然叩いて入った門が、たまたま邪教集団のそれだっただけだ」
その両手でいよいよ頭を抱え、苦しそうに独白するギャディーヤだが、デュロンはその横顔にかける言葉を持たない。
「〈
村から逃げたからって安心はできねェ、いつこっちへやって来るかもわからねェ。
姿もろくに知らねェそいつは俺の想像の中でどんどん膨れ上がり、毎晩悪夢に登場しやがる。
つっても当時の俺はすでに四十三歳、固有魔術の性能は普通に考えてすでに頭打ちだし、そこからちょっと体を鍛えたところで、どうにかなるとも思えねェ。こうなるともう外付けの力を求めるしかねェんだ。
悪魔をより長く、より強くこの身に定着させる秘儀の研究に、俺は没頭した。いつ奴が襲ってきても、返り討ちにできるようになるため。
教派間の抗争にも、
気づけば村じゃ長には程遠かった俺は教派を率いる立場となり、村のガキどもを体ァ張って守ってたはずが、名前も知らねェ
おそらくギャディーヤははっきりとは覚えていないのだろうが、その中にメルダルツの娘エレンが混じっていたのだろう。
だがよしんばギャディーヤがエレンだけはその手にかけていなかったとしても、だからなんだというのだろう?
たとえメルダルツがまったく無関係な無辜の一般市民だとしても、彼にはギャディーヤを裁く権利が十分にあるだろう。
しかし一方で、それはそれとして……仮に攫われた生贄たちが、ギャディーヤにとって有意義な犠牲となっていたなら、もちろんメルダルツの怒りは変わらないが、ギャディーヤとしてはもう少し、外道の悪党として開き直って死ねるはずだ。
この期に及んで彼がなにを後悔しているのか、デュロンは理解してしまった。
つまり……もし彼女たちの血を使い、実戦に堪える悪魔憑依の運用方法を確立できたら。もし〈災禍〉がギャディーヤを訪ねてきて、それを行使する機会があったなら……いや、この二つはこれからも可能性があるので、まだマシではあるのだ。
問題は……その彼女たちの犠牲すら、結果的にはまったくの無駄だったということだ。
それを誰よりもよく知っているギャディーヤの頬が痙攣し、笑みに似た形を取っていく。
「なァ、デュロン。この任務が終わってミレインへ帰ったら、ベルエフ・ダマシニコフに訊いてみな。きっと奴も俺と同じことを言うだろうぜ」
急に話が変わったので、現実逃避でもし始めたのかと思ったが、ギャディーヤの中では繋がっているようで、口調は冷静なままなのだが、それが逆に不気味でもある。
「実際なれるかどうかはどっちでもいいんだけどよ、おめェもそろそろ、最強ってやつを目指し始めていい時期にきてるはずだ。
この世界で最強ってのが、どういうことなのか……俺と同じでビビリなお前なら、理屈ではわかってくれるはずだ……つまり」
ギャディーヤは突然勢いよく立ち上がり、月に向かって狂ったように叫び始める。
「この世界において、誰にも脅かされることがねェって意味だよ! どんな厄害災禍が襲いかかってこようとも、仲間や身内が全滅しようとも、自分だけはのうのうと生き残れるってこった! 固有魔術は発現だけじゃなく覚醒も、自分の願望を反映するってパターンがあるが、俺がまさにそうだった! ガハハハ! つまり俺の本質ってのは、神の領域とやらに到達しちまうほどズブズブに甘ったりィ、我が身可愛さだったんだからなァ! こいつァ傑作としか言いようがねェ! ヒヒヒ……ヒヒヒハハハハァァァ……」
覚醒のきっかけはこの際問わない。現実で祓魔官に追い詰められたとか、悪夢で〈災禍〉に追い詰められたとか、そんなところなのだろう。
神域覚醒したギャディーヤの固有魔術〈
ギャディーヤは〈災禍〉に独力で立ち向かえるようになってしまった上、銀を錬成するという能力そのものが悪魔憑依と致命的に食い合わせが悪いからだ。
それでも二つの使い分けができれば、さらに強いというのも間違いではないと、ギャディーヤは自分に言い聞かせただろう。
メルダルツの力を見た後では、
一方で固有魔術が神域覚醒したことで、ギャディーヤは教団全体の中でも最強の、実質的なトップとなったため、ますます周囲を止められない流れができてしまったはずだ。
もはやギャディーヤは外道に走る理由すらなくなったにも関わらず、盗賊紛いの狼藉を続けなければならない。
立場的にというのもあるが、心情的にというのが大きかったはずだ。
ここまでやったからには、なにか成果を上げなければ、なにか意味があったことにしなければ、なんでもいいから走り続けなければ……立ち止まって考え込んだりしたら、息が詰まって死んでしまうだろう。
「……だから、言ったろ……もォいいんだ……しょうもねェ……なんでもっと早く死んでおかなかったんだ、俺は……」
発作のような引き笑いも早々に治まり、力なく呟いた彼の巨体が、ゆらゆらと頼りなく揺らいだかと思うと、前のめりに倒れてしまう。やはり隕石のダメージが大きかったのだろう。
咄嗟に左手が前に出たため、顔面強打は避けたようだが、生身の上に自然の火ゆえ、普通に燃えていくデカブツを、デュロンは慌てて焚き火の中から引きずり出し、水をブッ掛けた。
それでも意識が落ちていくようで、それきり眠りに落ちたギャディーヤは、鼾を立て始めた。どこまで傍迷惑なオッサンなんだ、とため息を吐くデュロンだったが、サレウスの犬に促され、背後の木立に声を掛ける。
「だそうだが……こっちへ来て、お前の意見も聞かせてくれねーか?」
「……」
生い茂る枝葉を背景に、スティングが憮然とした顔を見せるところだった。
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