我に策なし、仕掛けは上々

第12話 ギャディーヤ・ラムチャプの回顧

 スティングが目を覚ましたのは、三時間が経過した頃だった。

 すでにとっぷりと日は暮れ、周囲を照らすのはわざわざクレーターの中心に再びおこされた焚き火の明かりである。


 その光を受け、一瞬だけ強く輝いたスティングの眼は、すぐに暗くかげって伏した。

 メルダルツとの間に起きた出来事は、すべて悪い夢だったのではないかと、淡い期待を抱き、それが潰えたのだと、傍で見ているデュロンにもわかる。


「……起きたか、スティング」


 ギャディーヤは甥の顔色が正常なのを横目で確認したきり、また焚き火を見つめる作業に戻ってしまった。

 さっきからずっとデュロンが話しかけても言葉少なで、完全に自分の生涯を振り返る状態に入ってしまっているのがわかる。


 サレウスという手本がいるせいだろうか……恐怖もいまだあるはずだが、死の覚悟を固めつつあるのだ。

 それを受け入れられないスティングは、動揺露わに問い質す。


「なあ叔父貴、本当のことを教えてくれよ」

「教えるって、なにをだ」

「メルダルツさんの娘さんを殺したっていう、その理由だよ! 今からでもあの人に説明して、赦しを乞うんだ! 俺も一緒に行くからさ!」


 ギャディーヤは静かに眼を閉じ、異様に穏やかな口調で語った。


「理由かァ……あるといえばある。だがお前が期待してるような類の……たとえば、なんだ。本当は俺が殺してなくて、でも殺したようなもんだって意味だとか……被害者の方が悪かったとか、正当な大義名分の元になされたとか……そういうんじゃねェんだ。ただ俺の、身勝手な我欲で殺した。お前が俺をどう思ってくれてるかはわからねェが、俺はもう根っからの外道に染まり切った悪党なんだよ」

「そんな、こと……」


 言い淀む甥っ子に、そこでようやくギャディーヤは、正面から見返しながら諭し始める。


「なァ、スティング……それでも俺は、お前が俺のことを覚えてくれていて、こうして会いに来てくれただけで、十分に嬉しかったんだよ。こうしてすでに嫌ってほど巻き込む形になっといて、今さら言うのもなんだが……お前はもう家に帰れ。これも俺に言えた義理じゃねェが、これからはおふくろさんを一層大事にしろよ。もうお前にとっては、たった一人の家族なんだからなァ」

「なんてことを言うんだ……! 俺にとっては、あんただってそうだよ、叔父貴……!」


 頑として動かないスティングを見かね、ギャディーヤは気力を振り絞り怒鳴りつける。


「聞こえねェのか、クソガキが! この俺が帰れっつってんだ、さっさと帰れ! 腕っ節で勝てるようになってから意見しやがれ、ヒョロガリの青瓢箪が! その小綺麗なツラァブン殴って痕の一つも付けてやった方が、大好きなママに泣きつく口実になるってェんなら、喜んでそうしてやるぞ!?」


 またこれだ、とデュロンは内心呆れる。対応に苦慮するとすぐ露悪に走る。デュロン自身にも似た傾向があるので、身につまされる光景でもあるのだが。


 歯を食い縛る悲憤の表情を見せたスティングは、身を震わせながらもやがては踵を返し、足早に村の方角へ立ち去った。

 魂の抜けるような息を吐き、山のような肩を落とすギャディーヤに、頃合いと見たデュロンは改めて尋ねた。


「で、実際はどうなんだ?」

「てめェもてめェで俺様の盲目的なファンなのかァ? 実際もなにもねェ、スティングに言った通りだよ」

『私も興味がある……まだお前の全容を把握したわけではない』

「あんたもかよ。別にいいけど、しょうもねェ話だぞ?」


 再び焚き火に向き直ったギャディーヤは、その中に映っているのか、当時の情景をゆっくりと語っていく。


「……ガキの頃、俺は兄貴……ザビーニョに、喧嘩でまったく敵わなかった。齢が三つ上だ、まず体格じゃァ追いつけねェだろ。かつ生まれ持った魔力の属性が、俺は錬成系、兄貴は雷霆系だ。今でこそ銀合金の錬成なんてことができるが、俺の固有魔術は結構最近まで、ただ硬ェだけの鉄かなんかの装甲を纏うだけのものだったんだぜ。


 兄貴は昔から温厚な男でな、いつも俺がちょっかいをかけたり悪戯を働いたりして、それを見かねた兄貴が仕方なく、文字通りの雷を落とすってのがパターンだった。言い方変えりゃ、俺が悪ささえしなきゃ、兄貴は早熟だったその力を、絶対に自分から振るうことはなかったんだ」


 懐古に耽ると心が老いるものなのか、ギャディーヤの細めた目尻に、普段は目立たない皺を認めたデュロンは、なんとも言えない気持ちになる。


「齢を取るにつれ、俺たち兄弟はますますそっくりなブサイクデカブツブラザーズに仕上がっていったんだが、やはり性格や信望は雲泥の差でなァ。兄貴が村の外から来た……あァ、ダメだ忘れちまった……スティングの母ちゃんの種族がよ、なんだったか、まァいいや。とにかく、最高の嫁を貰った上に、スティングがあの通り健全に育つ素地を作ったわけで……村の中でも慕われて、まとめ役っつゥか、顔役になりつつあった。


 一方俺様はというと、いつまで経っても呑んだくれの荒くれ者なわけだが、俺にできて兄貴にできねェことってのも、意外とないわけじゃなかったんだ。


 十年前のあの日も兄貴に拝まれて、『しょうがねェな!』つってよォ、喜んで飛び出てったのを、ハッキリ覚えてる。猪の一頭や二頭狩るくれェ、お安い御用ってもんよ」


「猪っつーと、普通の? そういう魔物とかじゃなくてか?」


「あァ、ここらのぬしっつゥのかな? とんでもなく強くてでけェ個体がよ、何年かに一度現れて、ボーッとしてっと村を襲ってくることもあるんだよ。魔族時代となった世界の魔力に感応してそうなるってェやつだから、実質的にはまァほぼ魔物だよなァ。


 そいつらァとにかく皮が硬くて肉が分厚いんだ、並の魔術じゃ通りゃァしねェ、兄貴の雷すら例外じゃなかった。

 それよりも攻撃力と防御力、スタミナとタフネスに長けた鈍間のろまな木偶の坊が、物理攻撃で地道に相手してく方が、まだしも安全なのさ。


 そこでこの俺様の出番ってわけよ。追い立て役としてついてきてくれた村の若い衆だって、腕っ節っつゥよりはどっちかというと、頑丈さで選ばれてたなァ。


 で、俺が猪ちゃんの相手をしたわけだが、意外と呆気なかった。

 突っ込んでくんのを正面から食い止めて、思いっきり投げを打って地面に叩きつけてやりゃァよ、当たりどこが悪かったのか、一発でおねんねよ。


 普段は俺をボロクソ言ってやがる若い衆が、ここぞとばかりに囃し立てるのなんの。

 でもなァ、そんときは結構良い気分だったんだよなァ。こう、猪を倒したときの手応えが、腕に残ってるっつゥの? でもなァ……」


 ギャディーヤは自分の両手を、その実在を疑うかのようにじっと見つめる。


「今思い出そうとすると、それがどんなだったから、まったく覚えてねェんだ。記憶の中で、スーッと虚しく消えちまう。そりゃァそうだ。他ならぬ兄貴自身に頼まれてやったとはいえ、そんときの俺は本当は、そんなことをやってる場合じゃなかったんだからなァ……」

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