第9話 盤面もろとも戦車を砕く巨人の一擲

「二つ目は、魔力を伴わない大規模攻撃を仕掛けることだ。奴の錬成する不破超合金銀アダマントアルジェントは神域未満の魔術や魔力を完全にシャットアウトする一方、物理強度にはもっと低い閾値が存在するわけだからね。わかりやすいところで言うなら、竜や巨人、あるいは攻城兵器くらいの規格になると、打撃力が奴の体内へ徹り、一定のダメージを与えられるようだ」

「つっても、そんなもん……」

「うん、僕らみたいな並の祓魔官エクソシストじゃ無理だったな。あと魔術や息吹でなくその余波、たとえば輻射熱とか吹っ飛ばした瓦礫とかも効くことは効くんだけど、単純に強度と練度に阻まれる形だね。

 あとは自然現象にも弱いってことになるな。炎熱や溶岩の魔術は効かないけど、火口に落とせば死ぬ。吹雪や凍結の息吹は通らないけど、極寒地帯に置き去りにしたら死ぬ。雷霆系の魔力は基本無効化されるけど、本物の雷を操って落とす能力なら死ぬ。

 餓死や渇死、窒息死や衰弱死、溺死や圧死も有効だろう。経皮毒が弾かれるだけで、中毒死自体はあるはずだ。もし僕が裁きを下す神なら……」


 少しの間考えたブレントは、ケインから受け取った手帳になにごとかを書き加え、もう一度返してくる。


「そうだな、こんな感じかな」


 該当ページには、簡潔にこう書かれていた。


『Gはギャディーヤ いんせき どかん!』


 自著「まぞくじだいのしにかたずかん」の裏表紙裏にも同じ一文と、流れ星に粉砕される鬼のイラストを添えて見せてくるブレントに対して、ケインはなにも言うことができなかった。




 どうやら三人とも命を拾ったようだと、地に這うデュロンが理解したのは、おそらく一瞬とはいえ、意識喪失から立ち直った後だった。


 隕石が落下し、膨大な衝撃波が放散された爆心地点から効果範囲外まで逃れるためには、どう甘く見積もっても最低二十秒の全力ダッシュが必要となる。

 デュロン一人ならもう少し速いが、スティングとともにギャディーヤの背中を押しながらでは、到底間に合うものではない。


 だがスティングが頑張ってくれた。彼が固有魔術〈濃縮還元コンセントレダクト〉で右腕に生成した鉄の鉤爪を地面へ斜めに刺し、それを伸ばす反動で加速力をつけてくれなければ、三人まとめて仲良く消し飛んでいたに違いない。


 動作でなく変形によって他の物質を押し退ける馬力のことを、小鉱精ドワーフたちの使う用語で錬成圧と呼ぶらしい。

 スティングの有する錬成圧は相当なもので、ギャディーヤの巨体が半ば浮くほどの怪力であった。

 それゆえデュロンの膂力にかかる負担も減り、一気に安全圏へ駆け抜けることができたのだ。

 ……いや、しかし実際は、それでもまだ甘かった。


「ハァ……ハァ……ガハッ……くそォ……効くじゃァねェか……」


 苦悶の声と息を吐くギャディーヤは、左脚が捻じ曲がり、右上半身の金属装甲がほぼ剥げて生傷を負い、大出血を起こしている。

 大鬼オーガにも再生能力はあるため致命傷とまではいかないにせよ、おそらく彼にとっては、怪我をすること自体が久々のはずだ。


 最後の最後で退避が間に合わないと判断したギャディーヤが、走りながら振り返ってスティングとデュロンの後ろ襟を踏ん掴み、体を捻って進行方向の先へ千切り投げ、衝撃波を受ける盾となってくれたのだ。

 そしてそれを遠巻きに見届けていたようで、メルダルツが生成したクレーターの縁を歩いてくる。


「涙ぐましいものだな、ギャディーヤ。いいものを見せてもらったよ。私は慈悲深い神なのだ、次の一擲はその二人が逃げ切るまで待ってやってもいいぞ」


 通るとわかった攻撃の手を、緩める理由も特にない。デュロンとスティングが発動前にメルダルツを倒すか、ギャディーヤとともにさらに逃げるかの二択で迷う刹那のうちに、占星術師の細腕は、もう一度夜空へ掲げられている。

 固有魔術の発動前兆を、デュロンの嗅覚が感知した。


『待て』


 静止の声は、なにもないはずの空間から発せられた。


 おそらく普通の動物ではなく、妖精か精霊の類を使い魔にしているのだろう。

 歪んだ空間の中心に集まる、闇そのもののような靄が黒い犬の形となり、デュロンたちに寄り添うように近づいてきた。


 それも一頭だけではない。十頭ほどがデュロンたち三人の護衛に就き、二十頭ほどが丸腰のメルダルツを取り囲む。彼らのあぎとが口にするのは仲裁であり、そして警告であった。


『そこまでにしてもらおう……ギャディーヤは私の晩節を守る、強大な戦車ルークの駒なのだ……今ここで失うわけにはいかぬ』

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