第8話 まぞくじだいのしにかたずかん
同時刻、ミレイン東部の高地にて。
「ギャディーヤ・ラムチャプを殺す方法?」
吟遊詩人である旅人、名をケインが初めてこの山岳集落を訪れたのは、四ヶ月ほど前のことだった。
戦闘民族だと聞いていたものの、意外と気性の荒い者は少なく、ちょくちょく来ているうちにかなり馴染んだ自負はあるものの、このブレントだけはいまだにまったく胸襟を開いてくれる様子がない。
〈教会都市〉ミレインで〈災禍〉に妻を殺されて以降は、ずいぶん愛想の良い人物を演じていたようだが、地元に帰ってその必要もなくなった今、彼は常に素の態度を出している。
もっともそれで敬遠するほど、柔な民族でもないことが、彼にとってせめてもの救いなのだろうけれど。
「そんなことを訊いてどうするんだ? そういう任務でも受けているのか?」
やけに口調が刺々しいが、彼はここ……彼の生家へ帰ってきたときからずっとこんな感じなので、格別怒っているわけではないことはわかる。
一方でケインがここラスタードの隣国イノリアルから派遣されている諜報員であることは、どうやら周知レベルでバレているようだが、公然の秘密として扱ってもらっているようだ。
仮に両国の想定通り、侵略戦争の緩衝地帯にされようと、凌ぐ自信があるのだろう。
もし本当にそうなったら、そんな強かな連中を、できれば敵には回したくないものだ。
「いや、ただの興味本位でさ。あんたなら知ってるかと思って、それだけ」
丁寧に整えた栗毛の先を弄りながら、ヘラヘラと
あれ、俺もしかして殺されちゃう? と羽根つき帽子の下で冷汗を流すケインだったが、幸いブレントは眼を閉じて鼻を鳴らしただけで、若長としての執務机に向かい、革表紙の手帳を取り出しただけだった。
ほっと一息つくケインに構わず、ブレントは手帳をパラパラ捲る。
今度は普通に興味があるため、ケインは危険を押して話しかけた。
「あ、それが例の殺害研究記録?」
果たしてブレントの逆鱗はそれ以上刺激されることはなかったようで、フラットな口調が返ってくる。
「いや、それはわざわざ紙に起こす必要はないんだ。全部僕の頭に入っているからね」
「そ、そうなのか……そいつは残念だ」
「ああ、でも一部の代表例をわかりやすくまとめた本ならあるよ。ミレインにいたとき、自費出版したやつなんだけど」
そう言って殺害狂が取り出したのは、大きくポップな字体で「まぞくじだいのしにかたずかん」と書かれた、大判な横長の、厚紙でできた薄い書物だった。
なぜ子ども向け絵本にしたのかはともかく、内容としてはブレントがミレイン周辺の犯罪者どもで散々試した、様々な殺害模様がデフォルメして描いてある。
親御さんがびっくりしてしまう程度で済めばいいが、そもそもどうしてこのような有害図書を出版してしまったのだろう。
まあこれは後で個人的に楽しむとして、ケインは視線を戻した。
ブレントが持っている手帳は、表紙に流麗な筆記体で「殺したい奴リスト」と書いてある。シンプルにヤバい代物だった。しかも隠すでもなく、悪びれもせず弁解してくるのが怖い。
「誤解しないでくれよ、殺したい相手の名前を誰彼構わず書き連ねているわけじゃない。そんなことをしていたら何冊あっても足りないからね。これでも僕だって反省してるんだ。今は、ファーストネームのイニシャル一文字ごとに、一人ずつしか記していない。どうだ、ずいぶん慎ましいものだろ?」
大好きなはずの殺しについて語っているのに、微塵も楽しそうな表情を見せないのが、彼なりに思うところがあった証左なのだろう。
歪んだ性格や嗜癖は簡単には元に戻らないが、それ以上変化しないというわけでもないらしい。改善の兆しだと思っておくしかなかった。
「しかし、ギャディーヤか。そうだ、ちょうどいいな。四月の〈恩赦祭〉で奴が暴れたとき、僕も
ポンと投げて寄越されたので、話を聞きながら眼を通すことにする吟遊詩人。
「奴の攻略方法は、大きく分けて二つあるね。一つ目は奴の〈
「てことは、奴を倒すに至ったっていう、イリャヒ・リャルリャドネの〈
言ってしまってから、ケインは後悔した。リストのIの項目に、まさにその名が書かれているのを見つけてしまったからだ。
かなり悩んでいるようで、殺し方の欄が何度も書き直された痕跡がある。
現状の結論は「爆殺」で落ち着いているようだ。普通に怖い。
「彼は厳密にはまだ悪魔級だろうね。デュロンくんと連携して、なんらかの策を講じたことで擬似的に神域級の破壊現象を実現したようだ。在職中に聴取しておけば良かった、たぶんいちおう教会の秘匿情報化されてるだろうからね」
そのデュロンも、しっかりとDの欄に記名されている。
こちらも色々と書き殴られた結果、「指差す」という単語だけが読み取れる。
たぶん若長に指名されたことを恨んでいるため、なにかその意趣返しになるような殺し方をしたいのだろう。やめたげてほしい。
ブレントは少し興が乗ってきたようで、説明の調子が上がっていく。
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