第6話 早くも雲行きが怪しくなってきたぜェ!

 村付近に着いたのが夕方ということもあり、村の近くにある森の中で、デュロン、ギャディーヤ、スティングの三人は、バーベキューで夕食を摂ることになった。

 すでに野営の準備を終えているデュロンやギャディーヤの様子を見て、スティングは複雑な表情で言う。


「こんなに近くまで来てるんだから、二人ともうちに泊まればいいのに……」

「おめェよォ、俺が呼んどいて言うのもなんだが、俺らみてェなのにあんまり深く関わって、バレたらろくなことにならねェぞ。おふくろさんは元気してんのか?」

「うん。さっきもここへ来るとき、口うるさく問い質されたよ。上手く誤魔化したけど」

「ほらな、おめェを心配してんだよ。こうして会ってくれてるのはもちろん嬉しいんだがよ、暗くなったら帰ってやんなよ」


 少々不貞腐れた様子のスティングが、座っていた石からいきなり立ち上がったので、改めて彼の体のデカさを確認したデュロンは、一人で勝手にビクッとなる。


「ギャディ叔父さんさあ、俺のことをいまだにあの頃の小さいガキのつもりで考えてるだろ? ただ図体だけデカくなったわけじゃない、俺だって結構強くなってるんだぜ? 固有魔術も発現したし、教会から識別名だって貰ったぞ!」

「ほォ、めでてェじゃねェか! そいつのお名前なんてェの?」


 ここに来る道中で、ギャディーヤが言っていたことを、デュロンは思い出した。

「危険な能力ほどダサい名前を授けられる説」である。

 二人が注目する中、スティングは掲げた指を鉄杭に変化させながら、朗々と語る。


「俺の固有魔術は〈濃縮還元コンセントレダクト〉! 体組織に沈着した金属成分を自在に顕在化し、全身のどこからでも刃を生成できる能力だ!」


 こうやって自分の能力をキチッと説明するタイプの奴に会ったのは初めてかもしれない。普通は敵対している状況なので、あっても嘘だったり一部開示だったりすることが多いためだ。それはいいのだが……。


「なんかジュースみてーな名前だな……」

「あァ……俺が想定してたのと別の意味でダサ……いやなんでもねェ」


 甥っ子のご機嫌が斜めになりかけたのを察したようで、ギャディーヤは慌てて取り繕う。


「俺と同じ錬成系かァ。嬉しいねェ、血の繋がりを感じるぜ」

「俺もそう思う! 叔父貴の〈超冶金士ウルトラスミス〉が盾なら、俺の〈濃縮還元コンセントレダクト〉は剣だ!」

「男の子はこういうついになってるやつ好きだよなァ」

「わかる。カブトムシ対クワガタとか燃えるもんな」


 ひとしきりロマンについて語り合った後、ギャディーヤがおもむろに提案した。


「そんじゃァそろそろ、焼くための肉を獲って来なきゃならんわけだが……せっかくだから、スティング、ちィと手合わせして決めねェか? 俺もお前の練度が気になってる」

「望むところだよ! 叔父貴の胸を借りるぜ!」

「よし、ならやってみよう。おォーデュロン、てめェもまとめてかかって来い」

「いいのか?」

「あァ。この俺様の最強伝説にケチつけられたままってのは寝覚めが悪ィ。こういうのはきっちり克服しておかなきゃなァ。そんじゃ敗けた方が狩りに行くってことで!」


 デュロンはスティングと頷き合い、勇んでギャディーヤへと挑みかかった。



 数分後。デュロンとスティングは仲良く森の中を走り回っていた。


「いやー、なんつーか……敗けたな……」

「うん……」

「わかっちゃいたけど、マジでなんのダメージも与えられなかったっつーか、歯牙にもかかってなかったっつーか……」

「うん……あのさ……こういうときって、昔はすごいと思ってた大人が実は大したことなくて失望する、みたいな流れがありうるわけじゃん?」

「ああ……」

「ところがことギャディーヤの叔父貴に関しては、まったくそんなことがないっていうか……逆に強すぎて引くっていうか……パワーもそうだけど、なによりあのガチガチの防御力だ……俺の知ってる十年以上前の叔父さんは、あそこまでじゃなかったはずなんだよ……」

「ああ……うちの同僚たちが言ってたんだが、あの人の固有魔術はマジでヤベー仕上がりになってるらしい。銀の基本法則を無視できる神域ってやつに達してて、あれより上は聖騎士パラディンの中の、さらに最上位レベルしかいねーんだと」

「なにそれこっわ……なんでそんなのを在野で叩き上げられるんだ……」


 気後れしたような口調だが、スティングの顔は誇らしげに笑っていて、本当にギャディーヤを慕っているというのが伝わってくる。

 そこはもう会った瞬間から嗅覚による感情感知でわかっているので、デュロンの興味は別のところへ移った。


「ところでさっきから気になってたんだが……スティング、お前なんで裸足なんだ?」


 応じて足を止めたスティングにデュロンが倣うと、彼は説明してくれる。


「俺の固有魔術は簡単に言うと、生物濃縮みたいなものなんだ。喰屍鬼の消化変貌を、金属のみを対象に行えるのに近い感じかな。だけど彼らと違って消化機能は普通だから、口から鉄を喰うわけにもいかない。だから錬成力で足の裏から、土中の金属成分を吸い上げて使ってるんだよ」


 そう言って実演してくれるスティング。

 彼の腕が彼自身の質量を超えて増大し、何又にも分かれた槍状に変化して伸びていく。

 もちろん元に戻すのも自在だ。

 そして確かに彼の足元からなにかが出入りするのを、デュロンもなんとなくだが感じ取ることができる。


「俺みたいな錬成系もそうだし、氷冷系の人は水分でやることもあるみたいだけど……魔力を使わず肉体活性でも似たようなことができるって、村のお年寄りから聞いたことあるよ」

「マジか? 植物の根っこみてーなことが、動物の体でもできるってこと?」

「らしい。脚は第二の心臓、腸は第二の脳って言うらしいが、それすら人間時代の話だ。俺たち魔族の体となると、まだまだわからない部分も多い。意外なところに種族の秘儀が眠っているのかもな……っと、そろそろちゃんとやんないと。さすがに収穫ゼロじゃ、叔父貴にどやされちまうよ」

「もうこの際、魔物の肉でもいいんじゃね? 俺ら野営のとき結構そうしてるんだけど」

「うちの村でも普通に食べるよ。確かこっちに……あれ?」


 振り向いたスティングにつられて、デュロンも耳をそばだてると、なにか不穏な音や声が聞こえる。

 二人でその方向へ走ると、すぐに元凶を見つけることができた。


 森の中だというのに、やけにかっちりとした背広を着込み、革靴を履いた壮年の紳士を、体長1メートルほどの一角兎アルミラージが追い回している。

 紳士は携えた杖でなんとか防御しているようだったが、それも限界が近い。

 ついにつっかえ棒となる杖が折れ、兎の牙が肉を食む。


「!?」


 しかしそれは人狼が差し出した、鉄芯を岩塊で覆ったに等しい、もはや血の通う鈍器とでも呼ぶべきものだった。


「おーおー、かわいいうさちゃん甘噛みだな。クソみてーに硬くて淡白でごめんよ」


 そのままデュロンが蹴り上げ飛ばしたデカ兎を、スティングが腕から生やす枝分かれする鉄剣により、その名に恥じぬ鋭い一突きを披露して、自分を捕食者だと思い込んでいる愛玩動物を、早贄よろしく串刺しにした。


「旦那、大丈夫か?」


 すぐに振り向き声をかけると、腰を抜かしてへたり込んでいた紳士は、デュロンに気弱な笑みを返してきた。


「いや、まことに申し訳ない……ありがとう、助かったよ」


 茶色を基調とする仕立ての良い上下に身を包み、丸い帽子を被って、蝶ネクタイまで締めたその風体は、奇術師か劇団員という印象を受ける。

 揉み上げの長い髪や蓄えた口髭も茶色で、四角い眼鏡の奥で細められた眼は優しい。


「私ときたら、腕っ節は見ての通りだし、固有魔術の使い勝手もすこぶる悪い。戦闘はからっきしでね」

「それはいいがアンタ、こんなとこでどうした? せっかくの一張羅が台無しだぜ」


 泥だらけになった服を気にした様子もなく、お世辞にも体格が良いとは言えない五十絡みの紳士は、デュロンとスティングを交互に見ながら、穏やかな口調で話した。


「このあたりにラムダ村という場所があるはずなんだ。君らは地元の若者かい? 良ければ案内してくれないかな?」


 なにか怪しいので、まず用件を確かめようとしたデュロンより早く、スティングが無邪気に了承してしまう。


「いいですよ! こっちの彼は違いますけど、俺はそのラムダ式の者なんで!」

「そうなんだね? 名前を訊いても構わないかな?」

「スティング・ラムチャプといいます!」


 それを聞いた途端、紳士は一瞬だけ険しい表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り繕う。


「おっと、私としたことが、申し遅れた。ギルベルト・メルダルツ、しがない妖精族の端くれさ。こう見えて……いや、どう見えるかはわからないが、職業は占星術師をやっている。ところで、ラムチャプといったかな? スティングくん、もしかして君は、ザビーニョ・ラムチャプ氏の親類かな?」

「あっ、はい! ザビーニョは俺の死んだ親父で間違いないです!」


 デュロンは当惑したが、ふと視線の合ったギルベルトも似たような様子だった。


「すまない、初対面なのに、こう……あまり触れていいものかというか……」

「いやいや、気にしないでください! もう十年も前の話ですから!」


 あくまで快活に応じるスティングの様子を見て、腹が据わったのだろう、ギルベルトは口火を切る。


「では……単刀直入に話そう。私は君の村へ、を確かめに来たんだ。君のお父上を殺したという、巷で言われる〈災禍〉……その正体を解明するためにね」


 話が大きく、そして早くもキナ臭くなってきた。

 こういうのは良くないことが起こる兆候なのだと、デュロンはよく知っている。

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