復讐するは我にあり

第5話 俺様ギャディ様、故郷に帰還!

 ギャディーヤ・ラムチャプの故郷であるラムダ村は、都会育ちが考える田舎暮らしの理想から、そうそう大きく外れてはいない、穏やかな土地柄という印象であった。

 大鬼オーガらも大柄なだけで、けっして風体や気性が凶悪な者ばかりではないのだ。


 老若男女の巨漢たちが、畑を耕し狩りをして、ゆっくりとした時間の中で生活している。

 事前に情報を取得し、遠巻きに眺めただけのデュロンがそう感じるだけで、実情は異なるのかもしれないけれど。


「しかし、なんで俺が任命されたんだ?」


 傍らのギャディーヤに尋ねると、欠伸混じりのやる気のない回答が返ってくる。


「おォいおーい、お前がそれ言っちまうのか? この俺様を縛に就かせたのは、どこの金髪小僧くんだったかねェ?」

「俺がアンタを倒せたのは、イリャヒが使った裏技のおかげだ。あいつ抜きで一人連れて来られて、アンタが暴走したら止められると思われてるなら、買い被りにも程があるぜ」

「別に止める必要はないってことなんじゃねェの? 俺がてめェをどんだけボコしても、耐えて躱して突っ切って、最寄りの教会勢力に報告に走れっだろォ、おめェはよ。逆にお前が暴れたところで、俺は殴られながら掴まれながらでも引きずって強行突破できるってのは、半年前に証明したはずだなァ。で、俺らが共謀するってのは、ゾーラとミレインでそれぞれ押さえられてる、俺のハニーとお前のお姉ちゃんが殺されちまうから実質無理。相互監視としては十分ってわけだ」


 いちおう可能性として言っているだけで、互いにそんな気はないことはわかっている。

 デュロンとしてももはやギャディーヤを敵視する理由はない、彼が里帰りするというなら、サポートするもやぶさかではないのだが……。


「なー旦那……俺らさっきからずっと遠巻きに村を見てるだけだぞ。この距離から近づかねーつもりじゃねーよな?」

「いや、そのつもりだ」


 ギャディーヤは渋い顔をして、不揃いな顎髭を気まずそうに撫でている。


「考えてもみろよォ……邪教集団で猫の悪魔に首ったけ、魔力の多い年頃の女を攫いまくりの殺しまくり……挙げ句ガキどもに敗けて、今は教会の番犬やってまァす、なんて言えるかよ? むしろ仮面の下にサイコな本性を隠してるクソカルト因習村だったら、俺ァ大手を振って凱旋できるんだがなァ……」

「そうじゃねーってことは、やっぱり……」

「あァ、ただのめちゃくちゃ長閑のどかで住みやすい、普通の集落だ。当時は自他ともにまったく気付いちゃいなかったが、俺みてぇなのはきっと、生まれた瞬間から異物だったのさァ。だから挨拶する必要はねェし、その気もねェ……ただ一人を除いてはな」


 言って、懐から不恰好な形をした、土器と思しきものを取り出す。やけにぐにゃぐにゃしているが、どうやらオカリナのようだった。


「これであいつをあやしてたのは、十年以上前の話だ……覚えててくれるといいんだがなァ。これをというより、まずって話なんだが」


 ギャディーヤが雑に咥えて吹き散らかすと、見た目通りの歪んだ音色が、周囲一帯に響き渡る。

 耳もそこそこ敏感なデュロンは、ちょっと酔いそうになったほど酷い。

 なにか曲を奏でているのはわかるが、めちゃくちゃにしか見えない運指も相まって、なにか邪悪なものを召喚しようとしているようにさえ見えた。

 しかしそれは言い過ぎだったようで、まったく邪気のない声が、足音とともに急速に近づくのを、どうにか機能を続けるデュロンの聴覚が捉えていた。


叔父貴おじき〜……!」


 それは間違いなくラムダ村の方向からやって来ていて、そして疑いなく喜びに弾んでいる。

 鉢合わせして視認するなり、二人はお互いそっくりに破顔した。


「叔父貴!? 叔父貴だよね!?」

「おォよ。久しぶりだなァ、スティング!」


 いや、正確に言うと表情が似ているだけで、容貌自体はかなり違う。

 ギャディーヤがいかにも魁偉な強面で、朽葉色というか、なんとも言えない小汚い髪を小汚く伸ばしているのに対し、彼の甥っ子らしいスティングは、赤錆色の長髪を金色のバレッタで緩くまとめた、明らかに男前の部類に入る青年であった。


 体型もかなり異なり、ギャディーヤが300センチ250キロ級の、どちらかというと太って見えるほどの筋骨隆々であるのに対し、スティングは身長こそ200センチを優に超えるものの、着ているシャツのせいというわけでもなくスラッとしていて、それでもやはり筋肉質ではあるものの、デュロンの見立てでは体重は100キロそこそこという感じだった。


 しかし二人とも若草色の眼をしていて、ギャディーヤは額の真ん中、スティングは左眉の少し上という違いはあれど、一本角の大鬼オーガであることは共通している。スティングの青みを帯びた肌も、そこまで冷血な印象を与えるものではない。

 現にデュロンの姿を認めると、カラッとした笑みを向けてくる。


「おっと、叔父貴の……部下の人? かな?」

「おォよ、こいつはデュロン・ハザーク、この俺様の忠実な子分だぜェ」

「いやもういいよそれで、実際アンタにゃ敵わねーし」


 きちんと話半分で受け取ってくれたようで、スティングはスルーしながら名乗ってくる。伊達にギャディーヤの甥っ子をやっていないようだ。


「デュロンくんっていうんだな! 俺はスティング・ラムチャプ! いつもうちの叔父がお世話になってます!」

「おォい!? 俺ァこいつに世話された覚えは……まァちょっとはあるけどよ!」

「スティングくん、お前の叔父さんずっとうるせーんだけどどうにかなんない?」

「それ初対面で言うか!?」

「あっはっは! 叔父貴は昔から声デカかったからな!」

「お前も遠回しにうるせェって言ってねェか!?」

「うるせー自覚あるんじゃねーか」

「でも俺が静かにしてたらそれはそれでなんか逆に気持ち悪ィだろ!?」

「自覚しすぎだろ、こっちが悲しくなってきたわ」


 ひとしきり笑ったスティングは、涙を拭いながら改めてギャディーヤを見上げる。


「いやー、ギャディーヤの叔父貴は変わってないなあ。俺がガキだったから、記憶が曖昧なだけかもしんないけどさ」

「オッサンはオッサンになったら、後はもうずっとオッサンなんだァ……」

「当たり前なのに嫌な事実を突きつけてくんなこのオッサン」

他者事ひとごとみてェに聞きやがって、おめェらもオッサンになるんだぞォ。それはそうとスティング、お前はどうやら母方の血が良い仕事したみてェで、良かったなァ。俺は両親ともにブサイクだったから、見ろ、このザマだぜ」

「叔父貴は生粋の大鬼なんだよね、うちの親父もってことだけど。もう見るからに膂力が違うよなあ……今でも俺を片腕で持ち上げたりとか余裕でできるんじゃない?」

「できるだろォが、絵面がちょっとエグくなるかなァ……スティング、お前、いくつになったんだっけ?」

「十八だね」

「じゃァちょっとやめとくかァ。隣で見てるデュロンくん十六歳が引いちゃうからなァ」

「俺はそういうのマジで引くからな、普通に『うっわ……』とか言うからな」


 横から茶化しつつも、デュロンとしては羨ましくもあった。

 デュロン自身は両親が死に、姉こそ一緒に住んでいるものの、あとは母方の祖父が存命とは聞いているが、連絡手段を知らない。他はからっきしだ。


「とにかく、生きててくれて良かったよ、叔父貴。死んだって噂を何度か聞いて、そのたびにビクビクしてたもんだから」

「だーっはっはァ! 心配かけて悪かったなァ! 実際は俺様、不死身で無敵だぜェ!」


 なので特別仲の良い親戚と再会した喜びというのが、どれほど一入ひとしおなのか、想像するしかなかったのだ。

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