第2話 神域到達vs.悪魔水準

「オイオイオイオイ……マジでどうすりゃいいんだこれは……?」


 案の定という感じではあるが、ミウルドの手下たちがどんな系統でどんな威力の魔術を浴びせても、あるいは腕っ節に自信のある連中が一斉に囲んでタコ殴りにしても、金銀混じりのギンギラに変化したギャディーヤの体表装甲は、すべてを無傷で弾いてしまい、まったく足止めにすらならない。

 悠々と歩く巨体に手下全員がなすすべなく蹴散らされ、気づけばミウルドは奴に眼前まで迫られている。


「よォ……てめェがこいつらの頭目ってことでいいんだよなァ?」


 身長にも、おそらく体重にも倍ほどの差があり、ミウルドは恐怖以前の問題として、圧倒的な無力感に苛まれた。

 相手がいっそ規格外の竜やら巨人なら、的がデカいとか蟻の一噛みだとか、逆説的に勝てそうな雰囲気を出す言いようもあるのだが、こうも生々しい「大人と子供」状態で距離を詰められ、ハイこっから戦って勝ってください、となると、どうにもやりようがない。


「おやすみなさァい!」

「ぐあっ……!」


 路地裏チンピラの延長でしかない、剛腕の大雑把な一振りにより、硬い感触を味わい、土の地面に寝かされるミウルド。

 一発で足まで効かされ、なんとか顔だけ上げるが、相手の興味はすでに新品のウルヴァリン砲へと移っている。


「オラァ! ……いってェ! くそ、こいつもなかなか硬ェなァ!」


 幸いギャディーヤのパワーはあくまで見た目通りの範囲内のようで、青銅の塊を殴った反動により、痺れた右手を振っている。

 砲身は多少凹んだ程度だが、損傷としては十分で、それだけでもう使い物にならない。結構高かったのに。


 そうしてぐるりと振り返り、ギャディーヤは改めてミウルドを捕捉し直してきた。


「さーァ良い子だねんねしなァ……あと一撃でおねむかなァ!?」


 そうとも、あと一撃でおねむだと、ミウルドは内心のみでほくそ笑む。


 古くより小鉱精ドワーフと敵対してきた長森精エルフのことわざに、こんなものがある。

 いわく、「小鉱精ドワーフ」と。


 かの矮小なる錬金術師どもを這いつくばらせて、地面に手をつかせ命乞いなどさせてはならないのだと。

 ミウルドこそがまさにその好例であった。


 彼の固有魔術は識別名を〈銀弾射手シルバーシューター〉。

 そのチープなネーミングに反して……というより教皇庁の認定部門は、危険な能力にほど、チープなネーミングを課しているという説もある。たとえばドラゴスラヴ・ホストハイドの〈過剰装甲オーバーアーマー〉などがその典型だ)……ものすごく限定的ではあるものの、ことこの魔族時代においては、ある意味では最強の一手を持っている。


 その名の通り銀の弾丸を、銃の丸々一丁を、手で触れた土から一瞬で錬成できるという能力である。

 内部構造も火打石や充填された火薬まで完備した、完璧に即撃てるコンディションへ組み上げるので、ワンアクションで発射まで行ける。


 ギャディーヤが使っているのがどんな仕組みの魔術だろうと、それが魔術である以上は、魔力無効化物質である銀の銃弾が有効である。

 そして同時に、銀は魔族共通の弱点物質でもある。一発胴体にブチ込みさえすれば、どの系統の再生能力も無視して、確実に内臓損傷まで至れる。


 電光石火の早業で、いつの間にかその手に握られている必殺兵器を、ミウルドは一切の躊躇なく発砲した。

 相手がわざわざ近づいてきてくれていたおかげで、彼我の間合は約一メートルほど、さすがにこれは必中効果などなくとも外さない。


 銃弾は吸い込まれるように、ギャディーヤの心臓目掛けて一直線に飛び、そして……。


「おォ?」


 ……カィン、と甲高い音を立てて、あっさりと明後日の方向へ、無慈悲に跳弾するばかりだった。


 しまった……とミウルドの顔から、脂汗がドッと流れ出る。

 曲がりなりにも小鉱精ドワーフの端くれでありながら、こともあろうに、錬成系魔術の基本を忘れている。


 炎熱系や雷霆系など、魔力そのものを変化させてぶつけることの多い他系統の魔術と異なり、錬成系は元からその辺にある物質に魔力を通して変性させるというものなので、銀はその魔力を介した変化そのものを阻止することはできても、変化後の物質を還元・消滅させる、あるいは無条件に貫通することなどはできない。


 それはさすがにこの世界の理に反するためだ。


 なのでギャディーヤの皮膚に銀を触れさせることにより奴の固有魔術を停止させるには、奴の固有魔術による生成物そのものを純粋な銃弾の威力で突破しなければならないという、金庫に閉じ込められた鍵を拾うがごとき、本末転倒な対処を強いられる羽目になる。


「だっはっはァ! どうやら今のが奥の手だったようだなァ!」


 高笑いするギャディーヤの体表が、金銀混じりの装甲から、元の赤みを帯びた皮膚へと戻っていく。


 ……いや、ちょっと待てよ? とミウルドは考え直す。

 先ほどミウルドの手下どもが撃つ魔術を根こそぎ問答無用で打ち消していた反応からして、ギャディーヤは銀合金を錬成して纏っていることになる。


 それ自体は不可能ではないのだが、銀の魔力無効化作用により、奴自身が錬成した銀に触れることにより奴自身がその銀を錬成し直せなくなるというジレンマが発生し、デッドロックに陥るはずなのだ。

 そうなっていないということは、ギャディーヤは銀合金そのものでなく、限りなく近似値的な贋物……ギャディーヤの魔力だけ通し、他の魔力はシャットアウトするという、極めて都合の良い代物を生成している、とでも解釈するしかない。


 そこまで考えたミウルドは、その場違いに加速する思索が、死に直面した走馬灯に類するものであることに気づいた。が、もう遅い。


 ギャディーヤに殴り倒された者のうち、タフな何人かは逃げようとしたり、逆に出し抜いて市街への侵入を試みたりしているが、ギャディーヤから一定の距離を取った途端、再びバタバタと倒れていく。

 効果範囲に入っていないミウルドにも、彼らを眠らせている毒々しい紫色の霧のようなものが見えた。


 ギャディーヤの数少ない欠点の一つである機動力・追跡力を補うべく、搦め手に長けた妖精族が援護しているのだろう。

 万事休すだ。


 幸か不幸か、哲学には思索だけでなく問答もあることをミウルドは想起した。

 おそらく生涯でもっとも素直になったミウルドは、知らぬ一時の恥を曝け出す。


「お、おい、あんた……」

「あァん?」

「ギャディーヤっつったな? あんたそれ……あんたの固有魔術」

「あァ、識別名は〈超冶金士ウルトラスミス〉ってんだ。良い感じのダサさだろ?」

「いや、そんなこたあ……そうじゃなくて、さっきの銀を纏うやつ、あれどうやってんだ!? 気になっておちおち地獄にも行けねえじゃねえかよ!? 冥土の土産に、せめてそれだけでも教えてくれねえかな!?」

「どうやってんのかだとォ……? そんなもん、決まってんだろォ……」


 ギャディーヤはやけに自信満々に、深く息を吸って言い切った。


「なんかわかんねェが、なんとなくうまいことできちまってんだァ!!」


 魔族が持つ固有魔術が到達し得るその段階をなんと呼ぶか、ミウルドは知っている。

 神域だ。この世界の上位に存在するとされる悪魔の、さらにその上……この世界の理を一部とはいえ無視できる権能を、禀質か、鍛錬か、あるいは単なる偶発によってか、この男は獲得している。

 あくまでこの世界の法則に従う最適解で攻撃したミウルドが、最初から敵う相手ではなかったのだ。


 自分の暴論でミウルドが腹落ちした様子であることを、ギャディーヤは訝っていたようだが、やがてもう一度拳を振りかぶる。

 今度は先ほどのような、ともすれば気絶で済むかという「おやすみパンチ」ではない。


 肉体活性と固有魔術を併用するギャディーヤの右腕は、邪悪な光沢を放つ銀鎚と化す。

 死神の鎌すら生温い、絶対殺意の圧壊攻撃だ。


「じゃァな、盗賊くん。気に病むこたァねェ。おめェの固有魔術も、なかなか良い線いってたぜェ」


 もはや吐くべき捨て台詞すらなく、ミウルドは諦観の中で眼を閉じたが……。


『待て、ギャディーヤ』


 投げかけられた声に再び開くと、見慣れぬ黒い犬が佇んでおり、流暢に指示を発していた。


『お前の言う通り、彼の固有魔術は有用だ……殺すのは惜しいと思わぬか?』


 死の先触れのような姿で、助命を口にするその使い魔に対し、ミウルドは混乱を窮めるばかりだった。

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