復讐するは我にあり(『銀のベナンダンテ』第5章・鼎鬼編②)

福来一葉

第1話 こんばんは、〈教会都市〉の方から来た者です!

 我らは災禍、おぼろなれば。

 おそらくここユヘクス大陸で最大規模を誇る大盗賊団〈災禍団〉の、それがモットーである。


〈災禍〉とは本来、この魔族社会において一定の頻度で起こる、自然事故なのか殺害事件なのかわからない、都市伝説の所産に等しい、一連の変死現象を指す言葉だ。

〈恩赦の宣告〉の偶発的な反動に近い代物だとか、それと同根の力が無作為に働いているとか、諸説はあるが、いまだ解明には至っていない。


 要するになんかよくわからん原因でいきなり誰かが死ぬわけで、極論この世界で誰かをうっかりこっそり殺しちゃったら、「これは〈災禍〉によるものだ!」と言い張れば、ある程度は通ってしまうわけで、その極論を組織的にやっちゃってるのがこの〈災禍団〉というわけである。


 ともあれ厄害を自称して暴れ回るのは殊更の快感があり、こっそり殺すという建前も早々にどこかへ消え、彼ら無法者が本来持つはずもない、大義名分じみたものに酔っ払うような気風が形成されていった。

 現代のワイルドハントだとか、現世のエインヘリャルだとか、もはや言った者勝ち状態である。


 ジュナス教暦1558年10月某日、増長し切った彼らの一集団が狙ったのは、こともあろうに現行社会の支配者と呼んで相違ない、ジュナス教会の総本山である〈聖都〉ゾーラそのものだった。

 もちろん戦闘能力的には一般犯罪者でしかない彼らでは、教皇庁の守りを固める最高峰の〈四騎士〉どころか、聖騎士パラディン祓魔官エクソシスト、いや彼らの候補生にすら敵わないだろう。


 だがなにも連中と直接やり合うこともない。要は市民を狙い、殺し、盾に取り、人質にすればいいのだ。

 お偉い聖職者様たちも正義の英雄というわけではない。相手に取ると見栄えのする竜やら巨人やら悪魔憑きならいざ知らず、たかが盗賊ごときが鼠のごとく市内へ侵入するのを、いちいち見咎められるか試してやる。


 ゾーラは典型的な城塞都市だ。街を囲む壁にある東西南北四つの門のうち、今回は南から攻める。

 もちろん北の方で少数の別働隊に火を放つなど騒ぎを起こさせ、注意を引かせるという最低限の小細工は施した上でだ。


「お頭、首尾は上々のようですぜ!」

「よっしゃ、そんなら行くか! 獲物はいつも通り、早い者勝ちってことでよろしく!」


 お頭……といっても〈災禍団〉全体のトップというわけではなく、五十人ほどの手下を率いる、隊長とでも呼ぶべき立場に過ぎないのだが……ともかくそのミウルドという小鉱精ドワーフの男は、門の前にボケーっと突っ立つ赤ら顔の巨漢を見た瞬間、ほとんど反射的に顔をしかめていた。


 目測で身長3メートル、体重250キロはあろうかという、なるほど立派な体格である。だが、それがなんだ?

 大男、総身に知恵が回りかね、などと言う。一定以上の巨漢は、単なるデカブツ、木偶の坊、独活の大木に過ぎない。

 いや、そうに決まっている。けっしてミウルドが小鉱精ドワーフにありがちなコンプレックスをこじらせているわけではない、ないったらない。


 憂さ晴らしも兼ねて、ミウルドは手下たちにここまで引っ張らせてきた大砲を、発射用意に移らせる。

 白昼なら途中の街道で見咎められようが、掛けられた白い布以上に、黒い闇がその機能美を湛えたフォルムを覆い隠してくれた。


 一見すると宮廷馬車を思わせるような大きく細い車輪に挟まれた砲は、経口約七センチ、飛ばす砲弾の重さはせいぜい一キロ程度だ。だがこれでいい。街を破壊するのに、これ以上の規格は必要ない。効率を磨いた高速射出のための機構と、込められた炸裂弾の威力が、白を基調としたゾーラの小綺麗な街並みを粉砕してくれるはずだ。


 ウルヴァリン砲と名付けられたヴィトゲンライツの最新兵器は、砲身に施されたクズリの彫刻が示す通り、捉えた獲物を無慈悲にその牙で引き裂くであろう。


ぇーいっ!!」


 ミウルドの号令を受け、手下たちが発射した砲弾は、門番とは名ばかりの横幅のデカい案山子かかしに、ものの見事に命中を果たした。

 それどころか南門のほとんどと壁の一部を噛み砕き、ようこそおいでませとばかりに、ガバリと穴が開いている。


 喜び勇んで駆けていく手下たちを、ミウルドは止めることはないし、その必要を特に感じなかった。


 なので千切っては投げ、千切っては投げ、全員が見事に跳ね戻されてくるに際し、ようやく事態を理解するに至った。


「なんだ……!?」


 もうもうと立ち上がる砂煙が治まると、改めて巨漢の姿が露わになる。

 しかし先ほどの赤ら顔はどこへやら、服をはだけた上半身にかけて、皮膚が異常な光沢を放つ、金色こんじきの金属によって覆われている。


 眼球までが変色し、ギョロリと動くその様は、魔族の基準をもってなお、異形の怪人と呼ぶしかない。

 しかし奴はまるで旧友にでも再会したように、すこぶる気さくに話しかけてきた。


「だァーっはっはっはァ!! こんな夜更けに、ずいぶんなご挨拶だなァー! お前ら、ちょっと時代錯誤なんじゃァねェのかァ!?」


 まったくの無傷である。ミウルドは構わず次弾を装填させ、発射の合図を出した。

 再び轟音が響き、今度こそ間違いなく、巨漢の顔面に着弾するのを、ミウルドははっきりと視認した。


「……なァ、一回止まって考えてみろよ。この魔族社会で、その手のブツが流行らねェ理由ってやつをよォー」


 だからこそ、なにごともなかったように話を続けるその威容を無視できず、ミウルドたちは固唾を呑んだ。


「答えは簡単……一定以下の通常兵器は、一定以上の固有魔術で、完封されちまうからだろうがよォー!」


 噂は聞いていた。

 だが信じたくなかったのだ。


 いわく、〈教会都市〉ミレイン付近で捕まった、現地邪教集団の実質的な首魁が、ジュナス教会の飼う労役囚に仕立てられ、このゾーラで兵士の真似事をやっていると。


 単なる礼儀作法でなく、わずかでも情報を得ねばという逼迫から、ミウルドは普段なら十把一絡げに射殺であしらうデカブツ野郎を相手に、誰何せざるを得なかった。


「てめえ……名はなんという?」


 答えて返る声とともに響く気迫を浴びて、ミウルドは疑問に思う他ない。

 こいつに首輪を着ける気になった教会は、いったいどれほどの膂力で鎖を引いているのか?

 そしてこいつに縄をかけた祓魔官エクソシストどもは、いったいどんな連中なのだ?


「よく訊いてくれたなァ! 俺はギャディーヤ! ギャディーヤ・ラムチャプといやァ、泣く子も黙る大悪党の代名詞って感じだったんだが……まァそれは地元の片田舎の話だ! ここゾーラじゃァ、しがない安月給の飼い犬さァ! つゥわけで、あんま長引くと一般市民への安眠妨害にもなりかねねェ。さっさと終わらせようじゃァーねェか!」


 ミウルドは悟った。今夜はもう、一方的な虐殺や略奪などできやしない。無敵の化物を相手取る死闘……いや、下手すれば一方的な逃走劇になりかねないのだと。

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