第二十三話:レタン対カミシモ

 居心地の悪かった二回目の宴会が終り、宿で一泊した次の日のこと。レタン宛てに手紙が届いた。


「ソーサク、私の兄からだ」


 ピノが一番に反応した。


「レタンの兄って、王都の騎士団長様じゃねーか」

「え、すごい人なの?」

「そりゃあもう、とてもすごくて偉い人だよ」


 レタンは封を切って、そのまま読み上げた。内容は簡潔にまとめられており、この街で邪悪な気配を察知したこと、コカトリスと魔王軍の一味を倒した称賛が書かれてあった。


「『最後になるが、この地は魔王との決戦になりそうだ。だから君は街の人たちと一緒に避難するといい』……」


 レタンは胸に手を当て、手紙を大切にしまった。

 コカトリスと魔王の配下を退けた俺たちがどう考えても着ぐるみ怪獣で魔王を倒せるとは思えない。有名になってはきたけれど、ここはお兄さんの言うとおりに逃げるのが一番だろう。


「どうするよ、わたしはまたエイさんと一緒に行商の旅に出ようかなって。護衛として付いてくる?君たちとなら、その……ちょっとくらいなら冒険者やってもいいし」


 ピノから意外な申し出があって、この世界で腹ペコになって野垂れ死にすることはなさそうだ。


「私も君たちと一緒に行きたい。同行を許可してもらえるよう、一度兄上に話す。それからでいいか?」

「御意」


 レタン、カミシモの二人も残ってくれるらしい。だけどカミシモの目は、俺の後ろに隠れたアロンに突き刺さっている。


「まだ戦うんですか……?」


 そういうなよ、この中で一番強いのは多分オマエだぞ。


「ま、祝勝会は続くし、少しはのんびり考えてもいいかなって、ピノちゃん思うな」


 ピノはエイジン様に報告したい、レタンは見回りにと外出。アロンはやりたいことがあると言って宿に引きこもった。




 初めて俺が暇つぶしに一人で外に出た時だ。


「なんか、地面に矢がぶっ刺さってんだけど」


 よく見れば紙が縛られている。矢文って言うんだっけ。物騒だなと思いつつも、解いてみると。


『ソーサク殿。此度の宴、共に巡って頂けまいか。カミシモ』


 辺りを見渡してもカミシモの姿はない。


「一緒に回りたいなら直接言ってくれればいいのに。めんどくさいやつだな」


 足元に矢が刺さる。


『ありがたき幸せ。我は忍ぶゆえ、行先は任せた』

「ライン感覚で矢文送るなよ。ん、待てよ、これは……デートになるのか?」


 ドサ、後ろの方で何かが落ちる音がした。動揺しすぎでは。

 見かけ上は俺一人、けど背後に気配を感じつつも街の中を歩く。これじゃあデートじゃなくてストーカーされている気分だ。

 出店を冷やかしつつ、異世界のお祭りをじっくり見て回っていたら、ねじり鉢巻きの似合う露店の店主に声をかけられた。


「お、英雄のソーサクじゃん、串焼きはいかがですか」


 小腹が空いたな。コカトリスの串焼きか、この前のは食べそびれたし、いいかもしれない。


「んじゃそれ一つ……いや、二つ」

「はいよ、コカトリスの串焼き二つ」


 できたてアツアツの焼き鳥を貰った。一口サイズに切り分けられた肉が五つ串にささっている。ネオザウラと死闘を繰り広げていたのに、なんて姿になっちまったんだ。

 感傷に浸りつつ、うち一つにかぶり付いた。うん、甘たれが染みてて美味しい。

 カミシモ用に買った一本を高く上げる。


「カミシモ、ほら君の分も買ったよ」


 スッとかすめ取っていった。ゴーレム戦で活躍した鉄糸ですね。

 俺が串焼きを食べ終わると、お返しにと串に手紙が縛り付けられていた。


『美味であった。ありがたき幸せ』

「無駄に器用なことするよな」

「い、今のは」


 少しくらい反撃してもいいだろう。驚く店主をちょっとからかってやるか。


「あれ、僕の彼女です」


 ドサっと、また近くで何かが落ちる音がした。




 デート再開。屋台を抜けて広場に出ると、腕相撲大会が開催されていた。街の屈強な男から劇団スタッフなど、色んな人が参加している。

 大会と称しているからには、当然賞金やら商品やらがあるようで、つまりは。


「はーい、参加受付はこちらでーす。参加費一人銀貨一枚! 掛け金も銀貨一枚から。現在の対戦カードはこちらになります」


 人だかりの中心にロリ商人発見。色んな種類が含まれた笑顔を浮かべて接客に励んでいる。後ろで手首を回しているのは女騎士。あー、なるほど。


「儲かってそうだな」

「そりゃ、もう……って、ソーサクじゃんか」

「ピノ、いつでもいけるぞ。あ、ソーサク。君も参加するのか」

「レタンが参加するんでしょ、勝ち目無いからいいや。カミシモはどうする?」

「どこに居るんだよ、あの日陰者」


 シュタッ、ピノの頭から帽子が消えて、地面に矢と帽子が突き刺さっていた。


『日陰者ではない』

「ひぃいい~、ごめんなさい~」


 分身といい、不器用だけど器用だよな。ん、分身?


「カミシモ、腕相撲大会、出てくんない?」


 帽子に二本目の矢が刺さる。ピノは泣いた。


『恥ずかしい。乗り気ではないが……ご命令とあらば』

「ってなわけで、俺の代わりにカミシモが参加するから」

「うぅ……了解」

「ほい、参加費の銀貨二枚」

「ありがとうございまーす」


 俺の見立てではカミシモはいいところまで行くと踏んだ。キングギドラゴンや演劇でのガオスの操演から力はそこそこあると思うし、忍術で身体の使い方は上手いだろう。

 唯一、緊張して実力を発揮できない懸念点がある。だが、ピノが儲けを出すべく、レタンに注目が集まるように試合を仕切っていたため、カミシモの試合は裏でひっそりと行われた。

 だからカミシモが緊張することなく男相手に善戦し、決勝戦まで進出してくれた。

 ここからが本番だ。だって対戦相手はもちろん。


「やってやれ!レタン。カミシモ倒せばわたしに賞金が入る。それで新しい帽子を買うんだ。高くて可愛いやつ」

「……報酬金は折半するだったはずだが?」


 レタンだ。ピノにたきつけられて参加させられたのだろう。


「……策を」


 いくらカミシモとはいえ、そのままではレタンに勝てない。だから俺は秘策を用意した。


「いいか、オマエの忍法は目を見張るものがある。分身して、隠れて、糸使ってみんなで引っ張るんだ。レタンが相手だけど十対一とかならこっちが勝てるはずだ」

「卑怯では?」

「卑怯なのは自分の帽子が欲しいからって、レタンを勝たせようとしたピノだろ。悪徳商人やっつけるつもりでさ」

「……心得た」

「よし、行ってこい」


 かくして始まったレタン対カミシモ優勝決定戦。美少女剣士対謎の仮面くノ一の対決。ギャラリーのボルテージは最高潮に達している。


「君が勝ち上がって来るとは思わなかった。いい勝負にしよう」

「……使命を果たすため、いざ」


 広場中央、二人の少女が手を組んだ。


「賞金、帽子……ふへへ。勝負開始!」


 金の亡者が決戦の合図を出した。カミシモが分身し、一瞬にして人目に付かない場所に散開。糸を巧みに操って十人がかりでレタンの腕を倒さんと奮起する。


「中々やるな、さすがはここまで勝ち上がってきただけはあるか」


 勝負は拮抗している。マジかよ、カミシモ十人分よりレタンの腕力が強いだと。


「頑張れカミシモ! アイツを倒せるのはオマエだけだ」

「頑張れ!」「負けるな」


 白熱した試合にギャラリーからも声援が飛び交う。つまりそれだけ注目されているわけで。


「……視線っ! うぅ」

「そこだ」


 注目を浴び、上がりに上がったカミシモから力が抜ける。その一瞬の隙をついてレタンが勝負に出た。

 あう~と情けない声を上げながらカミシモがひっくり返り、少し遅れて広場のあちこちから分身が落ちる音がした。


「カミシモっ大丈夫かー?」


 派手にすっころんだし、カミシモが心配だ。勝ち負けなんかどうでもいい。

 人垣を割って壇上に上がりカミシモに駆け寄ると、仮面の外れた少女がうーうー唸っている。

 彼女はそのまま起き上がると仮面が無いことに気づき、手で顔を覆い隠したまま、へなへなとへたり込んでしまった。


「連れてって、どっかに。早くぅ」


 カミシモは別人と思えるほど弱っている。このままだと不味いことになりそうだと直感が告げるので


「レタン、この場は任せた」

「承知した。ピノもいるし何とかしよう」


 俺はカミシモを背負うと人だかりを突っ切って、人気のない暗い建物の裏へと走った。

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