第十七話:夢と現実とその間に・後編

 俺一人で出て行ったはずなのに、いつの間にかアロンも同伴していた。


「羨ましいですよね、レタンさん。あれだけ真っ直ぐな人って中々いないですよ」

「そのおかけで厄介事を引っ張って来るよね」

「そこを含めて羨ましいって思います」


 意外な感想だ。

 星空の下、街の灯りを頼りに二人で捜索していると人影が。


「やあ、ソーサク君、アロン君も一緒か」

「エイジン様、どうしてここに」


 立ち話もなんだからと、俺とアロンはエイジン様の馬車の裏。夜風に当たり、虫の心地い合唱を背景音楽に話し始めた。


「なるほど、それで私のところに来たと。残念だけど、ピノ君とは会ってないよ」

「そうですか……」

「そうだね、せっかく来てもらったから昔話でもしようか。ピノ君の過去、つまり彼女が元冒険者であることは私も知っていた」


 エイジン様は懐から煙草を取り出すと、火属性魔法を使って火をつけた。俺はただ、その炎を見つめることくらいしかできない。

 ピノもエイジン様もみんな魔法を使えて、使えない俺からすれば羨ましい。


「彼女の強さは一人でゴブリンを倒せるほど、最盛期はパーティを組んでコカトリスを倒した時だったかな。彼女はコカトリスと戦えた。短剣でダメージを与えたし、ポーションを使って仲間の援護もした。

 けど、大した活躍はできなかった。ピノの行動で戦況は劇的に変化したわけじゃない。仲間の魔法使いや騎士のおかげで勝利したんだ。

 そしてコカトリス討伐後、ピノ君は自分の実力を知ってしまった。これ以上続けてもパーティメンバーに迷惑をかけるだけなんだと。魔法を使えば司令塔もできたが、実力のない自分が指示を与えても仲間は不快に感じてしまう。そう考えて自らパーティを抜けた。そこに声をかけたのが私なんだ」

「ですが、ピノの念話と視覚共有魔法が無ければ俺たちはコカトリスはもちろん、演劇の助っ人もできませんでしたよ」


 エイジン様はふーと煙草の煙を星空に飛ばした。


「そうだね、ピノ君にしかできないこともある……私としても彼女には夢を追って欲しかった。君たちと一緒に戦えば考えを改めてくれると思っていたけど、実際は傷つけてしまったようだ」


 エイジン様はふかしていた煙草の火を消した。コカトリス戦で残ると言ったのは、そう言う事なんだろう。


「ところで特撮映画を撮るときに、怪獣が破壊するときに使う壊し用のビルに、あらかじめ傷を入れて壊れやするのは知っているかい?」

「まあ。傷入れて、そのあとに石膏の粉を被せてどうのこうのっていう……」

「次の相手はゴーレムだったね。それがヒントかな」


 ヒントなら万人が分かるようなものにしてください。アロンが首をかしげているじゃないですか。


「はっはっは、後は若いので話すといい」


 エイジン様は言いたいことを言い終えたのか、街の灯りの中へと消えていった。ま

るで幻影だ。その幻はやがて少女の輪郭を帯びてきた。


「なんで……ここにいるのさ?」


 大きなベレー帽に短剣を携えた少女は悲しみと驚き、そして怒りを含めた表情でこっちを見つめている。

 ピノの過去にエイジン様からのヒント、頭の中が絶賛混乱中の俺の口からは。


「よ、ピノ」


 としか出てこなかった。

 だが、ピノは俺とアロンが連れ戻しに来たと感じ取ったようで。


「戻らないって言ったよね」

「どうしてもか。冒険者になるのが夢だったんじゃないの?」

「わたしが戦ったところで勝ち目が無いから。その様子だと上司から冒険者止めたってことを聞いたんだろ?」


 ピノは近くの空きタルに座ると、ポリポリと頬をかいた。


「ったく。はぁ、我ながら変な人の下についたぜ」


 その件に関しては激しく同意したいところである。


「なあソーサク、アロン。二人に夢はあるかい?わたしはね、なくなっちゃったよ。正直君たちとバカやってた時は楽しかったさ。けど、わたしの手に負えなくなってきてる。これ以上一緒にいて迷惑かけるからな」


 ピノが諦めたように大きなため息をついた。

 俺も夢が無くなった側の人間だ、何を言っても無意味だろう。アロンも期待できそうにない。連れて帰るつもりだったのに、何やってるんだろうね。

 静寂。星屑の下、三人で時間を浪費する。異世界の夜空は厚い雲に覆われていて、その中枢が引き裂かれている。隙間から見える星屑は、涙のように透明で綺麗だった。


「そこにいたか」


 無彩色の世界に音が響く。振り返ればレタンとカミシモが迎えに来てくれたのか。


「何しに来たんだよ、冒険者サマ」


 空色の鎧の金属音を随伴させて、レタンが俺たちの前に立ちふさがる。


「君は私を羨ましいと言ったが、私は剣が使える君が羨ましい」

「はあ?わたしが使えるのは短剣だぞ☆ 残念だけど、わたしは君に成れなかったの☆」


 茶化すピノを気にも留めず、剣の使えない女騎士はただ真っ直ぐピノの目を見ている。


「短剣とはいえ剣は剣だ。私は君が羨ましい」

「それ、冗談に聞こえないんだけど」

「本性だ。冗談なんかじゃない」

「ふざけるなよ!」


 ピノがイス代わりに使っていたタルを蹴飛ばす。元からボロボロだったタルは、バラバラになって残骸へと成り下がる。

 あー、なるほど。エイジン様、答えが分かりましたよ。


「ピノはさ、勝算が無いからゴーレムと戦いたくないんだよね?」

「なんだよ、作戦でも閃いたのかよ」

「聞きたい?」


 ピノの殺意のこもった視線の先にあるのは、俺の笑顔だった。

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