第十六話:夢と現実のその間に・前編
夕暮れ時のことだ。団長さんからそこそこの報酬金をいただいて宿に戻るべく、アロンと二人でノロノロ歩いていた。
「ソーサクさん、さっきはごめんなさい」
落ち込んでいたアロンだが、元に戻っていてとりあえず一安心。
「わたし、あのお話、大嫌いなんです。」
「えっと、今日の『勇者兄妹のドラゴン退治』ってやつ?」
「だって仲良かった兄妹が、みんなのためにドラゴンを倒して、兄だけが死んじゃって。みんなそうやって英雄って崇めてますけど、残された妹はすごい悲しかったって思うんです。今も行方不明で、何処へ行っちゃったんですかね」
「あー、ごめん。俺、あの劇のほとんど裏方にやってたから、全然見れなかったんだ。だから妹さんがどんな気持ちで魔王と戦ってたのかはちょっと良くわかないな」
別に時間を忘れて怪獣キセノンの鳴き声作っていたわけじゃないし。
「ふん、ソーサクさんなんて知りません」
「アロン、ごめん。でもほら、お客さんは喜んでたよ」
一緒に映画を観て、感想聞かれて、寝てたから分かんないって言われたら、確かに怒りたくもなるけど。
「……それは、その」
「あ、ごめん」
やっべ、魔法の暴発でエンディングを書き換えてたのに。
行方不明の英雄か……何となくになっちゃうけど、案外近くにいたりして。
宿に着き、部屋のドアを開けると、すでにピノとレタンが戻っていた。さらに行方不明の英雄と同じくらい意外な人物がいた。
「どうしてこの部屋に、カミシモがいるんですかねぇ」
部屋の片隅、それも窓際、差し込む西日を境界線にした影の中、外からは絶対に見えないであろう位置に陣取った女忍者。
置物のように動かないコイツを相手に、俺たち四人はどう接していいのか分からず困惑していた。団長さん、取扱説明書をくれないか。
ここは俺たちの部屋だ、なぜここにいる。あなた劇団のスタッフのはずでしょうに。
処理する順番を考えていると、カミシモが唐突に話し始めた。
「……聞きたいことがある」
聞きたいのは俺も一緒だが。
「ルレーフの森のコカトリス……」
静寂が訪れる。
「爆破したアヤカシ……」
「ぅぐわわぁぁ……」
レタンがダメージ受けた。
「正体は、お前たち……」
しりとりかな?
「違うのか?」
戦闘を見られていたか。そりゃあコカトリスを倒してしまうほどの怪獣が現れて、その正体が人間だったら、それについて知りたくなるのも分かる。分かるけど……何故このタイミングなのだろうか。
山ほど積みあがった疑問と一向に得られない回答。痺れを切らして、文句の一つでも言ってやろう。
「よく得体の知れない連中と一緒に演劇やったな」
「……緊、張した」
「お前、本当に劇団員なのかよ」
「演者じゃ、ない。あまり、話さないし」
ハッと何かを思い出して。
「質問したのはこっち。君たちは、あのアヤカシなのか?」
コイツ面白いぞ。
はい。と答えたらどうなるんだろ。
「殺す……つもりだった」
コイツ怖いぞ。
だった。過去形ということは今は違うのだろうか。
「一緒に演劇をやって、君たちはいい人。人を襲うこともない」
「正確には、人を襲うことができない。だけどな」
ピノさぁ、あえて言い直す必要ないよね。
「嘘はいけないよねっ。想像を絶するほど弱いだろ☆」
何も言えね。
しばしの間、沈黙が訪れた。ここでピノと俺が漫才を始めてもいいが、そんなものこの場にいる誰もが望んでいない。
何を考えているのか、俺たちにしてほしいことは何か。劇団にスカウトされるのか。いろんなことを俺は頭の中で考える。やっぱり分からん。
他に考える候補が無くなくなり、暇になった俺が次どんな怪獣を作ろうかと妄想しだしたころ、カミシモが口を開いた。
「……君たちに、ゴーレム討伐を願いたい」
この人は何を見てきたのだろうか。女忍者カミシモの観察眼は、着ぐるみの覗き穴よりも性能が悪いらしい。それとも仮面のせいか?ならシンパシー感じるな。
そんなことよりゴーレムってなんだよ。情報が整理しきれず俺はまた頭を抱えることになる。
「……ゴーレム討伐、協力してくれないだろうか」
「え、無理ですけど」
これまで沈黙を貫いてきたアロンからの一言である。
情けないことに俺の着ぐるみ怪獣は戦闘に向いていない。そもそも、どうして俺戦えるって結論に至ったんだよ。
「……身体の大きさを自由に変化できる。ゴーレムに踏みつぶされる心配が無い」
「ゴーレムの大きさは?」
「……三十メートル」
コカトリスの二倍以上はあるのか。個人的に四、五十メートルくらいにはなって欲しいところだが、敵で出てくるのなら今のままでいいか。
「身体能力はゴミですけど」
「……いや、大丈夫」
「ゴリ押しても無理だからね。他に戦える人を探したら……いないんだった」
俺たちがコカトリスと戦う羽目になったのは他に戦闘ができる人がいないからだ。劇団も来てちょっと賑わってきたのに、どうして戦闘職がいないのか。
レタンさ、君のお兄さんが確か騎士団率いてるんだよね?
「さっき騎士団から連絡が届いた。現在、出発の準備中とのこと」
「ゴーレム討伐までには?」
「間に合わない、かもしれない」
だろうと思った。この世界には俺を含めて無能しかいないのだろうか。
「ダメ……か?」
改めてカミシモからお願いをされた。となるともう一人。
「ソーサク、ピノ、アロン頼む。もう一度だけ力を貸してくれ」
レタンもくるよなあ。
魔法使いの不機嫌オーラを背中に受け、上機嫌な女騎士を前にどう返答しようかと考えていると、先に口を開いたのは商人だった。
「手のひら返すようで悪いけど、わたしはパスさせてくれ」
いつものおふざけモードは一切なし。真剣に、淡々と話すピノは本気で戦いに参加しないつもりだ。
もちろんレタンがそれを許可するわけなく食い下がる。
「どうしてコカトリスの時は協力してくれたじゃないか」
「……あの時は具体的な作戦も決まっていたし、勝算もあった。何より肝心のソーサクの能力が、あそこまで役に立たないとも思わなかった。わたしが居なくても勝てると思ってたんだ」
ぐうの音も出ない。
反論はレタンに任せよう。
「でも、私たちはコカトリスに勝った」
「相性が良かった。それ以上でもそれ以下でもねーよ」
「ゴーレムとの相性が悪いとは思えない。パーツを着飾って、囮にし、ゴーレムがそっちに気を取られているときに、私やアロンの魔法で仕留めればいい」
レタンが作戦を提示する。
だけどピノの返答は違った。
「わたしは商人だ。冒険者じゃない。もう、冒険者じゃ……ないんだよ」
引っかかる物言いだ。
もうってことは、昔のピノは冒険者だったのだろうか。そう考えれば短剣でゴブリンを倒せるほどの実力があったとしても納得できる。感覚共有魔法も冒険者時代に覚えたとしたら辻褄があう。
戦える商人は重宝されるのではないか。そんな俺の考えをピノは一蹴する。
「レタン、自信を持てよ。お前は力があって、強化魔法も使える。わたしとは違うんだ。きっとできる。いや、やり遂げてよ。頑張れ。アロンもな」
窓の外から騒がしい声が聞こえてくる。劇団員が片づけを終えて、宿までやってきたのだろう。眩しかった西日は落ち、外には俺の知らない星座が光を放ち始めていた。
「……散歩、するね」
ピノはそのまま部屋を出て行ってしまった。このままでは不味い気がする。だけど誰も動かない。
無理もない。追いつめたレタンがかける言葉なんて無いだろうし、アロンとカミシモはコミュニケーション能力不足。
「すまない……私は自分の気持ちを押し付けてしまったようだ」
レタンの謝罪を貰うべき相手はここにはいない。だからこそ。
「ちょっとピノを探しに行くね」
ここは俺の出番だろう。
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