第十五話:英雄兄妹

 開演。

 役者であるはずの俺は何故か舞台裏を駆け回っていた。

 ガオスは時間になったらかっこよく上空から飛来する。それまではぶっつけ本番ともあり、衣装や小道具さんなどの手伝いに駆り出され、演劇など見ている余裕もない。

 前世のヒーローショーで得た経験をフル動員し、裏方としての力を発揮していると気になるものを見つけた。

 見てくれは直方体の木の箱なのだが、ほのかに光を放っていて、その光が強くなると劇伴、つまり効果音とか音楽が強くなったり弱くなったりしている。

 近くのスタッフを捕まえて訊ねてみるか。


「これ、何ですか?」

「Mボックスだよ。今鳴っている音楽や、効果音を流すための道具さ。音の合成とかもできるよ。ほかにも複数あって、こいつの出番はまだだけど」

「原理は?」

「感覚共有魔法と強化魔法を掛け合わせたもので、記録した音を大きくできるみたい」


 ピノお得意の視覚共有魔法の聴覚版ってところか。


「いつのまにか団長が仕入れてきた物らしいから、原理はよく分かってないけど」


 Mはミュージックやマジックって意味だろ。命名にアルファベット持ってきている時点で外の物、エイジン様が団長さんに売った物だこれ。

 ちょっといじりたい。時間はあるかな、舞台に耳を傾ける。


「どうして一人で抱え込んじゃうの?暗いぞ、もっと元気な顔をして」

「お、お兄様」


 勇者役の男性が勇者の妹役を慰めている。ここは確か、勇者兄妹の挫折のシーンだから……物語中盤ってところか。

 ガオスの出番はクライマックス。まだ時間があるし、俺の作業も予定より早めに終わって一段落付いている。

 今、目の前に面白そうな玩具が転がっています。貴方は暇を持て余しています。さて、ここで問題です。貴方が取るべき行動は何ですか?


「ちょっとだけ、ほんの少しでいいので、貸してもらえません?」


 おもちゃで遊ぶに決まってるよなぁ。


「怪獣の鳴き声つくるんで」

「えっ、そんなの……絶対にやるべきだ」


 悪魔の誘いに担当者も乗っかった。

 二人でわくわくしながら倉庫に駆け込むと、コントラバスが仲間になりたそうにこちらを見つめている。音源は君に決めた。


「俺が叫ぶんでコントラバス引いてください。後で合成しましょう」

「了解、合成は任せて」


 舞台では勇者役の人がザコモンスターと戦っている。観客の視線は釘付けだし、アロンの爆発がいい感じにうるさい。俺達が多少騒いでもバレないだろう。

 それから二人でしばらくいじくって、納得いくものができた。


「いや~、いい声ができましたね」

「ありがとうソーサク君。これなら観客はもちろん、主演の二人もビビり散らすに違いない。ところで、もうすぐ君の出番じゃないか?」

「おっといけね。んじゃ、後は任せました」


 出番が近くなり俺がステージの屋根裏に行くと、レタンとカミシモはすでに待機していた。


「遅い。間に合わないかと思ったぞ。ソーサクの希望で私とカミシモさんがここに居るんだ」

「悪い悪い。ちょっと色々あって」


 レタンに怒られながら準備に取り掛かる。

 なお上空からの登場は完全に俺の要望である。ここも譲れない。


『お、カイジュウ様のご到着だ。アロン、いけるよな』

『は、はい』 


 ピノの念話はすでに繋がっていた。この様子だとステージの袖にいる二人は準備万端だ。


『ソーサク、どうした。すごい機嫌よさそうじゃん」

『すんごい良いことあったの。そのうち分かるから、期待してて』


 ピノよ、俺と音声担当の渾身の鳴き声、聞いてビビるなよ。


「ガオス、出番です」


 待ってました。

 照明スタッフさんから指示を受け、ガオスに変身。カミシモが糸を括りつけ、準備完了。後は流れに身を任せて飛び降りるだけ。


「追いつめたぞ! 魔王モノ・ヴァレル」


 勇者役の男性が声を張り上げた。どうやらクライマックスのようだ。


「アタシの魔法で今度こそ貴方を倒す!覚悟なさい」


 ヒロイン役の女性が杖を突きだした。この物語は勇者兄妹と魔王が戦う話のようだ。

 対して魔王役の男性は。


「追いつめた?覚悟しろ?ハッ、笑わせる。我にはまだ隠された力がある。我が第二形態!魔獣ガオスだ」


 音波怪獣ガオスな。魔獣じゃないから、そこんとこ気をつけろよ。

 アロンの魔法で魔王役の男性を隠し、ステージ裏に引っ込ませる。


『ソーサク、見せてやれ、お前のあまり役に立たない能力を』

「ウルセー」


 ピノなりの激励を受けて、ガオスは飛び立った。

 レタンとカミシモに吊るされながら、壮絶な音楽と一緒にステージへゆっくりと降りていく。

 空気穴で最低限の視界を確保してあるし、ピノの感覚共有もある。これなら問題なくガオスに成れそうだ。一つ文句があるとしたら、糸を仕掛けた場所が悪いのか、若干股間が痛い。

 俺は降り立つと身体を左右に揺らし、ピノの映像を頼りに、カミシモと音響のお兄ちゃんと息を合わせて、雄たけびを上げる。


 ーーーーーー


 観客が息を呑む。当然だ。俺たちが裏で作り上げたのは、今でも傑作と名高い空の怪獣キセノンの鳴き声だからな。ガオスのアイデンティティが一つなくなってしまったが、場は完全に掌握した。

 観客どもよ、そのままパンフレットを握りつぶしてしまえ。


「な、なんだこのモンスターは……この命に代えても俺は君を守る」

「……っ、お兄様、私はただ守られるだけの存在ではありません、勇者の妹です。あなたのそばで戦います」

「そう、だったね。俺は君を守りながら戦うから、君は俺を助けてね」

「ええ、当然です。二人で一緒に帰りましょう」


 話は終盤、最終決戦だ。ホントいいところで出してもらったな。期待にこたえなければ。あとモンスターじゃないから、音波怪獣だから。

 それから音波怪獣ガオスは暴れに暴れた。

 空を飛び、火球で兵士役をあらかた退場させ、残った連中もバッチリ捕食した。勇者に膝をつかせ、ヒロインの杖をへし折り。ガオスは吠える。


 ーーーーーー!


 ああ、本当に良い鳴き声。

 そして物語はクライマックスへ。


「こうなったら合体攻撃で倒すんだ!」

「分かりましたわ、お兄様」


 勇者の剣をヒロインが魔法で強化。光り輝く伝説の剣となって、ガオスを切り裂けばこの話はおしまい。大団円になる。


「これでとどめだ、魔獣ガオス!」


 音波怪獣ガオスの火球をよけ、勇者が突っ込んでくる。このままガオスの顎、俺の頭の上ら辺に剣が突き刺さって、後は倒れるだけのはず。アロン、盛大な大爆発を頼むよ。


「ダイアモンド超合金の一撃を受けてみよ!ドランギアライザー」


 勇者の剣がガオスを貫いた、その直後だった。

 ガオスが火を吐いた。アロンの魔法が暴発してしまった。


「うわあああ」


 演劇用の杖は魔法の威力は抑えているため怪我の危険性は無い。

 だが、勇者はガオスの火炎放射に直撃した。生きていると不自然になってしまう。

 これじゃ勇者兄妹が魔王を倒してハッピーエンド。ではなく、ガオスと勇者の相打ちのバッドエンドだ。

 舞台裏は大騒ぎ。ピノがいち早く緊急事態に気づき、念話が飛ぶ。


『アロンのバカ!何してやがる、台本通りにちゃんとやれ』

『……ごめんなさい。魔力の扱いを、ちょっと間違えちゃいました』

『ったく、仕方ない。ガオス指示担当のピノです。団長さん、トラブル発生!』

『団長だ、状況は把握している。仕方ない、史実どおり兄は死亡したことにする。幸い剣はガオスに刺さってる。みんな、頑張ってくれ』

『操演のレタンだ。変更の件、了解した。ガオスはどうする』

『団長だ。レタン君、ソーサク君、ガオスはそのまま倒れて欲しい、相打ちしたことにする。ヒロイン役は兄の死を悲しんでくれ。アドリブになってしまうが……』

『ヒロイン役、分かりました。史実はこうですから問題ありません』

『勇者役、了解です。僕たちは元になった英雄譚を暗記するくらい読み込んでいるので、心配いりません。任せてください』


 突如脚本が変更。素人の俺たちがストーリーを書き換えてしまったが、団長さんはそれを許可してくれた。

 俺が倒れている中、レタンの念話を使って早急に台本が修正されていく。


「お兄様、お兄様! 死んではダメ」

「よく聞くんだ。魔王モノ・ヴァレル、そして魔獣ガオスは倒した。しかし、今後も凶悪な魔王は現れる。その時、君は人々のために戦ってくれ。世界を平和にする、俺たちの夢をかなえてくれ」

「分かり……ました。必ず、必ず」

「君ならきっとできる。諦めなければ、夢は叶うんだ。頼んだよ……アロン」


 勇者の妹ってアロンって名前だったんだ。うちのエフェクト担当と同じ名前じゃん。

 俺が死んだふりをしていると、語り手がエピローグを綴る。


「こうして勇者ダイン・アール・ファレーノの命と引き換えに、ガオスに変身した魔王モノ・ヴァレルは倒れた。勇者の妹、アロン・アール・ファレーノは新たな敵との戦いを見越して、仲間を探すべく、旅に出ました」


 終劇。




 急な変更があったにもかかわらず、俳優陣は見事に演じきった。彼らの渾身の演技に歓声が上がり、拍手は鳴り止まない。成功とみていいだろう。

 舞台挨拶が終わり、お客さんが居なくなってステージは解体された。俺たちは団長さん、主演男優さんに呼ばれて集まった。

 俺が失敗して泣いているアロンを慰めていると、団長さんからお礼を言われた。


「まずは君たちに感謝を。いきなりの大役にもかかわらず、協力してくれてありがとう。結末は変わってしまったが、演劇自体は成功だ」

「僕からも。君たちが居なければ公演は中止だった。最後、ガオスの炎が直撃したけれど怪我はなかったし。気にしなくていいよ、ありがとう」


 劇をめちゃくちゃにしたのに勇者役の人も頭を下げてくれた。彼らの見解では、最後のあれはアロンのオーバーワークが原因だから仕方ない。ということで許してくれた。

 男優さんは他のスタッフさんの手伝いのため、忙しなく出ていった。残された団長さんにピノが頭を下げる。


「こちらこそ良い経験になりました。最後のあれは申し訳ありません。もし衣装などで弁償する必要がありましたら、わたしにお申し付けください」

「いやいや、気にしないでくれ。史実を我々が演劇用にと書き変えてしまった。英雄ダイン様から、お客様に史実を伝えよ。とのお導きだろう」


 ここで休んでいてくれ。私は劇団員の様子を見てくる。それだけ残して団長さんも居なくなった。

 この四人の中でアロンと一番仲がいいのは俺だ。何かフォローをすべきなのだろう。初めて出会ったときのように何かしらの言葉を引用したいところだが、語彙力不足なのか思い浮かばない。

 気まずい空気を和らげたのはピノだった。いつもの騒がしい彼女ではなく、年齢通りの優しく、諭すような口調でアロンに語りかける。


「アロンちゃん。最後のアレ、らしくないよね。突風のタイミングとか雷のタイミングとか。ガオスの火球だって、最初からずっと完璧だったじゃん。どうしちゃったの?」


 アロンは答えない。ただ、劇の失敗を思い出したのか、静かに泣き出してしまった。


「合体攻撃……ごめんなさい、ごめんなさい」

「アロン、おまえ……そっか、そういう時もあるよね。無理に劇に参加させちゃって、ごめんね。戻ろっか」


 ピノはそれ以上追求しなかった。それどころかアロンが泣き止むまで背中をさすっていた。

 俺たちも退散する。行先はおそらく宿、それまでにアロンは元気になってくれるだろうか。彼女の頭を撫でながら考える。


「ごめんな、俺が暴走したばっかりに」


 これからどうするかね、失敗をやらかしてしまった以上、劇団でお世話になるのも気が引けるしな。

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