第十九話:スライムを捕まえて

「で、誰が捕獲するんだ?」

「……わ、わたしは魔法職です。後衛です。前に出て戦うのは無理ですよう」

「お前たちに散々馬鹿にされるほどの能力しかない俺が、捕まえられると思うのかよ」

「そんなこと言ったらこっちだって商人だ。魔物の捕獲に付き合っていること自体が間違ってんだ。何とかしろよ冒険者ども」

「前職の……経験を活かせる、チャンス」

「おめーはどうなんだよ、カミシモ。忍者なら誰かを捕まえたことくらいあるだろう」

「……これにてゴメン」


 ドロンと煙とともに消えてしまった。逃げ足は速い、さすが忍者。

 アロンが後衛でピノは商人だから無理。カミシモが敵前逃亡を図り、俺の能力は起動力はカス。残るは……全員がとある人物を見つめた。


「私は嫌だぞ! たとえこの服が溶けなかっとしても、ベトベトのぐちょぐちょにされる。醜態を晒すくらいなら死んだ方がマシだ」


 おお、見事なまでのくっ殺ムーブ。これにて全員が拒否。

 誰がババを引くのか……敵はスライムじゃなくて、もしかして身内か。先に動いたのはピノだった。


「……レタンさん☆いつも頑張っているから、ピノからのプレゼント、です☆」

「ああ?ありが……とう?」


 ピノはレタンに剣を渡した。しかし、何故このタイミングで?

 ピノを除いた面々が疑問符を浮かべている中、レタンが鞘から抜いた。見事なまでに鍛えられた刀は光を放ち、刀身は鏡のようにレタンの姿を映している。

 あまりの美しさに目を奪われる俺たちと……グリーンスライム。


「その剣でわたしたちを守ってくださいね☆冒険者サマ」


 邪悪な笑みを浮かべてピノが退散。美味そうなエサを見つけてグリーンスライムがレタン目掛けて突進。その速度もバカにならず、気を抜けば捕まりそうなくらいには速い。


「ピノ貴様、謀ったな!」

「さ~、何のことですかねぇ。ピノちゃんはただ剣をプレゼントしただけですよ~」


 敵は身内だった。完全に確信犯である。えげつないことするな。


「どうやらレタンさんのことが気に入ったらしいですね☆ 頑張って捕獲してくださ~い」

「お前、絶対許さないからな!」


 ビキニ姿で猛ダッシュ。あえて言わないがすごい揺れている。

 もう少しだけ見ていたいし、レタンにはこのまま犠牲になってもらおう。あの剣を食べてくれればスライムも大人しくなるはずだ。


「それじゃ、わたしたちは邪魔にならないよう、木の上で眺め……応援しましょうか」


 悪徳商人はそそくさと木登りを開始。まあ、俺も手伝えそうなことは無いし……俺も混ぜてもらおうか。

 太い枝に腰掛けると、下でレタンが逃走している。物理攻撃効かないし、魔法を撃ったらスライムが死ぬわけで。どうしようもないと言うべきか。

 木の根に視線を戻すとアロンがぴょんぴょん跳ねている。


「ソーサクさん、わたしも、わたしも木登りしたいです」


 木登りが苦手らしい。助けてやりたいことは山々なのだが、いかせん木の上でどう他人の手助けをすればいいのか分からない。持ち上げるときに一緒に落ちるのだけは避けたい。俺は操演じゃないんだ。


「わたしたち非戦闘員、自分のことで精一杯。ごめんね☆」

「アロン、ごめん。三人だと折れちゃいそうだから」


 悪いなアロン、この木は二人用なんだ。

 そんなこの世の終わりみたいな顔で見つめないでくれ。良心が痛い。


「……そうですか、分かりました」


 アロンは俯いてしまった。諦めてくれたのだろうか。できればレタンと協力してスライムを捕まえてほしい。この中で有効打があるのはおそらく君だけだから。

 心の中で土下座していると俯いていたアロンが顔を上げた。めっちゃ笑顔で怖いんだけど。膨張する恐怖心と体現するかとのごとく、アロンの周りで風の刃が形成されていく。


「三人とも、落ちてくださいね」

「バカバカバカ! 何してやがる、お前エアホークなんか撃つんじゃねえ! そんなの撃ったら私たちが消し飛ぶだろうが! ソーサク、何とかしろ、仲良しなんだろ」

「そんなこと言ったって……悪かった、悪かったから。ね、手を伸ばしてさ。一緒に木登りしようよ、楽しいよ」

「オチロ」

「いいぞ、やっちまえアロン! ひゃぁあっ」


 レタンの悲鳴と同時に、つむじ風みたいなのが巻き起こると、それが斧の形になって、俺たちのいる木に突き刺さる。

 バキ、メキメキメキと音を立てて、視界が傾き始めた。


「いやぁぁああ」

「助けてぇ」

「不覚!」


 大木と一緒に俺たち二人、いや三人が倒れた。カミシモそこにいたのね。


「よくやったアロン。この時を待っていたぞ貴様ら」


 グリーンスライムを引き連れて、レタンが突っ込んでくる。アロンも向かってきた。ヤバい、落ちたからか全身が痛くて動けねぇ。こうなったら。


「か、カミシモ! お前忍者だろ、人の捕獲とか得意なはずだ。その要領でスライムも何とかしてくれ」

「御意」


 さすがカミシモ、流されやすいし使いやすい。

 俺たちを守ろうと、カミシモがスライムの前に立つ。どこからともなくクナイを取り出して投擲。

 真っ黒なクナイは真っ直ぐと飛び、スライムに突き刺さらずに飲み込まれた。半透明な身体の中に取り込まれるクナイ。案の定、消化されて小さくなっていっている。


「……致し方なし、これにて」

「アイツ逃げるぞ、捕まえろ!」

「パラライズ!」


 ピノの怒号と同時に、アロンの杖から魔法が放たれ、直後カミシモが墜落。


「何を……した」


 恐る恐る振り返るカミシモに対し、アロンがどす黒い笑みを浮かべて一言。


「麻痺です。ジャンプ禁止です」


 なぜその魔法をスライムに使わない。


「裏切り者め……」


 お互い様である。

 仲間割れにより状況は悪化の一途をたどっている。跳躍力が皆無のカミシモが加わり、俺たち五人は無様にもスライムから追われる立場になった。


「スライムの狙いはレタンの剣、カミシモのクナイや手裏剣のはず。つまり、無機物を持っていなければ狙われないのでは?」

「ソーサク、おまえ天才か。みんな無機物の物を捨てるんだ」

「それほどでもない」


 ピノ指導のもと俺たちは腰に下げた袋から、無機物のものを捨てようとして……。財布を開けば金貨と銀貨とこんにちは。


「ダメだ、お金は無機物だ」


 あえなく撃沈。それどころかスライムに襲われたら文字通り所持金を溶かしてしまう。絶対に捕まってはいけない鬼ごっこ開始の合図だった。


「アロン! もういい、スライムを殺せ」

「レタンさん、それだとゴーレムに殺されます! ここはピノさんにお金を預けて」

「いいアイデ……って違う、それだとわたしが集中砲火受けるだろうが!」

「いったん二手に分かれて、いったん落ち着こう。な、それならまだやりようがあるはずだ」

「ソーサク……天才」

「それほどでもない」


 俺とアロンの二人。ピノ、カミシモとレタンの三人。二組に分かれることに成功。スライムは……よし、レタンに狙いを定めた。


「アロンいいか、炎はダメだ。逆に凍らせてしまえ。凍ってしまえばベトベトにならないし、取り込まれないから金も溶けない」

「なるほど、後で日光に当てて解凍すればいいと」


 よし、我ながら完璧な作戦だ。

 早速アロンが魔法詠唱を開始。術式が完成するまで三人には走っててもらおう。


「ところでソーサクさん」


 なに?


「水も氷も無機物ですよね?」


 作戦は失敗した。

 次の作戦を考えているとレタン達が突っ込んでくる。


「ソーサク、アロン助けてくれ!私たち三人溶かされる」

「まだ準備中だ、こっち来るなぁぁああ」


 三人は止まる気配すら感じない。こうなれば。


「アロン、こうなったらスライムを水流で押し流せ」

「わ、分かりました」


 次の瞬間、アロンの杖から大量の水が放たれた。岩石すら粉砕できそうな濁流は、三人には当たらずスライムに直撃。これで態勢を立て直す時間が稼げるはずだ。


「スライム大きくなってます!」

「当たり前だバカ!ゴーレム溶かすときに、水たらふく飲ませて増量させるって言ってただろうが」


 ピノの罵声に応えるように、グリーンスライムは水流を取り込んで大きくなっていく。それはもう、キングを名乗れるほどに。

 巨大化するスライムを見て、今までバラバラだった俺たちだが、この時ばかりは考えていることが一致した。


 あ、終った。と。




 次の瞬間、俺たち五人は誰一人欠けることなく、ヌラヌラのぐちょぐちょのベトベトにされました。とても気持ち悪かったです。めでたしめでたし。


「ひっぐ、ひっぐ……うぅ、お母さん、お父さん。アタシお嫁に行けなくなっちゃった」

「破産だ。商人も向いてないのかなぁ」

「父上、兄上……不出来なレタンをお許しください」

「……仮面だけは、仮面だけは勘弁してぇ」

「覚えてろゴーレム。絶対に跡形もなく溶かしてやるからな」


 吹っ切れた俺たちは全身を使ってスライムをタルに注いだ。スライム風呂歓声と同時に、アロン怒りの魔法で麻痺状態にして完了。

 近くの川で身体に付着した粘液を洗い落とした。その間、無表情かつ無言である。さっきまであれほど騒いでいた人と別人だった。

 かくして俺たちは所持金と友情と大切な何かと引き換えに、グリーンスライムを手に入れて、意気消沈のまま死んだ表情で街へ戻りましたとさ。

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