第26話 村の空白なる歴史

「昔、この大陸で大戦争が起こったのさ。東の島出身のあんたは知らないかもしれないが、この戦争は『空白戦争』と言われててね。まあ、謎が本当に多い戦争だと思ってくれたらいいさ。そんでその戦争の最中、この村に1人の男がやってきたらしい」


「らしい、ていうのは? そういった記録とかはないんですか?」


 ザルクにバレないように声を潜めるディーナに疑問をぶつける。ディーナは少し難しい顔を見せ、そのまま口を開いた。


「ここが『空白戦争』の大きな謎の一つなんだよ、なにせ戦争があったという証拠はあれど、その内容は全くわからないらしいからね」


「なるほど、だから『空白戦争』と」


「そういうことさ、さて話を戻そうか。その男はひどく飢えていたようで、村人達に物乞いをしたんだ」


 歴史の話というよりかはどこかおとぎ話のような語り口調でディーナは話を続ける。


「可哀想に思った村人は食料を分け与えた、その男は村人に感謝し、お礼にこの村を守ってあげるといった。この男はとてもすごい魔法使いらしく、これがさっきの話にも出てきてるヴァリウス様の祖先らしい」


 今こうして話している間にも、ザルクと酔っ払いは殴り殴られを繰り返している。誰か止めた方が良いのでは?


「その男のおかげでこの村は安全な毎日を過ごしていたが、ある日その男に異変が起きたんだと」


「へえ、何があったんです?」


「ある日男が遠出から帰ってきた時、両目が潰れてたらしい、村人がどうしてなのか聞いても怯えた様子で何も答えず、何も言わずに森の館に籠ったんだと」


 ディーナは立つのが疲れたのかさっきまでザルクが座っていた椅子に座り、そのままジョッキの中のジュースを飲み干す....それ俺のやつでは?


「その1週間後にまた現れたと思ったら村人達にあることを告げたらしい」


 そう言うとディーナは咳払いをし、できる限りの低い声を出した。


「私はある呪いにかかってしまい吸血鬼になってしまった。若い娘の血を10年に1回飲み干さなければ私は塵となるだろう、てね」


「それが今まで続き、今回の....生贄となったのが」


「生贄って言う言い方はちょっとあれだけど、まあそうなるかもね」


 俺もディーナも視線はザルクの方へと向かう。彼の娘が10年に1度の吸血鬼の生贄。確かに親からすれば良い迷惑、それが不可抗力ならなおさらだ。


「ザルクは、もう戦争みたいな大きい災いは起きないから娘を行かせる必要なんてないって言うけど、みんなあまり賛成しなかったんだよ」


 ディーナはジュースをジョッキに注ぎ、また飲み干した。だからそれ俺のですって。


「みんなって、ディーナさんもですか?」


 それを聞くとディーナは俯き、申し訳なさそうな目でザルクを見た。まずい、これはやってしまったかもしれない。


「正直、怖いんだよ。ザルクはああ言うが、未来のことなんて誰もわからないし、それに....」


「それに?」


「ヴァリウス様だよ....血が吸えないなんて分かったらこの村を滅ぼしかけないだろう?」


 ディーナは手で顔を覆い、俯いた顔を揉みほぐす。


「だからザルクにはすまないが、村のためにはこれしかないと思ってる」


「断罪師の人らは?あの人たちは平和のためにやってきたんじゃ?」


「あんなの、平和という名の現状維持に努めてる木偶の坊だよ。アティは優しいけどこの状況を変えれる力はないし、その上のルゲンなんてキセル吹かして酒飲んでるだけの置物だよ!」


 段々語気が強くなるディーナをなんとか抑えつつザルクの方を見やる。2人とも段々疲れてきたようで、呼吸が荒くなっている。ディーナはため息をつき、そして明るい顔へと変わる。


「すまないね、こんな暗い話しちゃって。さぁて、仕事に戻りますかね!」


「あ、いえ僕が聞いたことですので」


 そうしてディーナが立ち上がって仕事に戻ろうとした瞬間、ディーナの顔目掛けて何かが飛んできた。それは隣のテーブルから飛んできたもので、朝僕に振舞ってくれた熱々のスープのようだった。


「あ」


 この瞬間、おそらくその場にいた全員が声を揃えた。どうやらザルクが酔っ払いに向かってスープをかけようとしたところを避けられてディーナにかかったのだろう。


「フ....フフ..」


 ディーナの体は震え、その手は段々拳に変わり、強く握りしめられる。背中を見るだけでもわかる。これはやばい人を怒らせてしまった。


「どっちだい?」


「「コイツだ!」」


「どっちもかい」


「「違う!コイツだ、ハモるんじゃねえ!」」


「覚悟は出来てんだろうねえ!!」


 その後、酒場にて2人の情けない悲鳴があったと、アティが現場急行に来た。

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ロストシナリオ @2007855

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