第15話 帰り道

 俺たちが乗っている荷馬車。その後ろを追うように、アーシアが翼を広げ優雅に動き回る。


「後どれくらいだ!」


「さっきも聞いた!」


 数分前の自分の言葉を繰り返している間にも、アーシアはこちらへと近づいて来る。


「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!」


 奥の方からも「監視役」のアンナが元の気持ち悪い化物に戻って走って来る。するとアーシアが翼を動かし、勢いよく羽を飛ばした。


 飛び散る羽根の、その羽毛の一つ一つが、溶けるかのように形を歪ませ、白く輝く羽根はあっという間に灰色に濁った銃弾へと化けた。


「まずい!」


_______________________________________


 一体何が起こっているんだ? あの太陽からアイツが、アーシアが翼を広げて、リーダーと戦い始めた。


 リーダーは両手をアーシアへとかざして何かを止めるかのように力を込めている。対するアーシアは羽根を銃弾に変えてこの荷馬車へと発射した。


 しかしその銃弾は見えない壁に阻まれたかのようにピタッと空中で静止した。もう何が何だか分からない状況を見て、自分の頭が思考放棄を促す。


「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!」


 銃弾は止まっても、アーシアとアンナは止まることなく荷馬車へと向かってくる。


「抜けた!」


 ビルダーの声と同時に鬱蒼と茂っていた森の木々が一斉に失せる。荷馬車の走る方向を見ると、村の民家の屋根が見えるところだった。


「危ない!」


 その刹那、急にパフォーマーが何かから守るように抱きつく。目の前に映っていた屋根は何故か反時計回りに90度回転し、それと同時に宙に浮いたかのような感覚を一瞬だけ味わい、直後に地面に打ち付けられた。


 どうやら横転したようだ。この馬車は丈夫なのか知らないが、特にどこか壊れたりと言った部分はなかった。


「アサミく〜ん?」


 余裕の表情をしたアーシアが翼をたたみ、ゆっくり歩いて来る。その横をアンナが、白目を剥いたその目で俺を見つめながら、今にも近づきたいというかのように人間の腕をこっちに伸ばす。


「もし私のいうことを聞くのならば、そこの誘拐犯のことは見逃してあげましょう」


「乗るな...!そいつは...約束は守らねえぞ...!」


 リーダーが頭を抑えながら囁く。確かにあんな悪そうな顔しているやつが見逃すなんて到底思えない。


 けど、それでも、今自分がここから逃げて、人が死ぬのを見過ごせというのもできない。


「3...2...」


 アーシアが急かすように突如としてカウントを始めた。気づけば俺は立ち上がり、アーシアの目の前に立っていた。


「ア"ア"...!」


 興奮気味に腕を前に突き出し、動き出しそうなアンナを、アーシアが翼で制する。


「君は、優しいね」


 さっきまでの憎たらしい表情は一瞬で微笑みへと変わり、その口調も優しく変化していた。


「聞きたい事がある」


 まっすぐ目を見つめ、できるだけ強めの口調で話しかける。


「どうぞ?」


「本当に、この人たちのことは見逃してくれるんだな?」


「ええ、もちろん、約束は守るよ」


「そしてお前は、この世界を作った、所謂創造神みたいな存在」


「まあ、そうね」


「だったらなんでーー」


「人を生贄にさせるようなシステムを作ったかって?」


 俺が何を話すか分かっていたと言うように、アーシアは俺が言いたいことを先に言った。


「確かにもっともな質問だけど、それにはちょっと答えられないかな〜」


 アーシアは目を泳がせ、首を傾げる。


「けど強いて言うなら...君のためかな?」


 俺のため?一度死んだ俺が異世界転生してもう一度死んでなんになるってんだ。


 この女は嘘をついている。他のことはわからないが、これだけは確信した。


「質問は終わり?じゃあ早く井戸山へ戻りましょう?」


 そうしてアーシアが近づいた瞬間。1発の銃声が鳴り響いた。


 リーダーが撃ち、アーシアを狙ったであろうその銃弾は、アーシアの頭を撃ち抜いた...かのように見えた。


 しかし実際は少し怯んだくらいで、大したダメージを与えたようには見えなかった。


「あーあ、そのまま大人しくしてれば良かったのに」


「こっちのセリフだよクソ女神!!」


 リーダーがまた数発撃ち込む。今度は翼を盾にして防ぐ。


「交渉決裂ね」


 するとアーシアが何かしら合図を送ったのか、アンナは飢えた顔をして俺の方へと走り出す。


「〜♩」


 どこからか美しい笛の音が聞こえる。その心地よさに、俺もアンナも、果てにはアーシアさえも数秒間動きを止めた。


「オラァッッ!」


 横からサムライが飛び出し、もう一度アンナを一刀両断。すぐさまサムライは放心状態の俺を連れて、アーシアから離れ、荷馬車の裏側へと回った。


 そこには笛を奏でるパフォーマーと、ゴソゴソと袋の中身を確認している後ろ姿のビルダー、アーシアとアンナの動向を確認しているリーダー、アクトレス、ギャンブラーがいた。


「よかった、無事に来れたか...」


 リーダーがほっと一息安堵する。ただ、時間はあまり残されてないのか、すぐに立ち上がり、俺に作戦を伝えた。


「いいか、今お前が持っている鍵、それを村のどこでもいい、鍵穴がついてなくてもいいからとにかく、それを差し込んで中に入れ!」


「入れって...そっちは?」


「時間稼ぎだ見りゃわかるだろ!」


 緊張しているのか、横のギャンブラーが震えた口調で叫ぶ。

時間稼ぎと言う言葉。そしてその震えた口調。


 この人たちは、死ぬ気でいる。


「ダメだ!」


 叫べど、誰1人として聞く耳を持たず、武器を構えてアーケアの元へと向かう。


 ギャンブラーは右手に銃を、左手にコインを。


 アクトレスは短剣を握りしめ、深呼吸を繰り返す。


 サムライは無言で刀をマジマジと見つめている。


 ビルダーは袋から何かを取り出した。それはどう考えたって袋の中に収まりきらない大きさの大剣であり、何故か赤く熱を帯びていた。


「おーい、聞こえるか?」


 目の前にリーダーの手が伸びていることに気づくまで少し時間がかかった。


「時間が惜しい、これだけ渡しておこう」


 リーダーはさっきまで自分が被っていた中割れ帽子を俺に被せて、すぐに去ろうとした。


「なあ!」


 その背中を呼び止めた。どうしても聞きたいことがあったから。


「死ぬのが怖くないのか?」


 それを聞いたリーダーは少しキョトンとし、数秒後に泣き声にも聞こえる笑い声が出た。


「フ....フフ....ハハハ」


 それは段々と、諦めたかのような、乾いた声に変わり、リーダーはゆっくりと屈んで俺の目を見た。


「めっちゃ怖いさ!今にも漏らしそうだ!けどな、俺たちはお前の名前を聞いた瞬間確信したんだよ、この計画は半分失敗したんだってな」


 肩をがっしりと掴み、俺の身体を揺らす。そんなリーダーの瞳は、どこか狂気を感じた。


「だから俺たちはここで死ぬ、それしか出来ないんだよ、もちろん、時間稼ぎは全力でするがな!」


 どこか吹っ切れたのかリーダーは笑っていた。ただその瞬間、何かを察したかのように俺の後ろを見た。


 そこにはいまだに笛を吹いているパフォーマーがいたが、ここまで息を吸ってないのか、音が段々小さくなっていく。


 ついには、唇を笛から離し、その場にへたり込んだ。


「最後に....可愛い子供達に囲まれたい人生でした....」


 息も途切れ途切れに発したその言葉が、パフォーマーの最後の言葉となった。


 荷馬車の向こう、さっきの3人が向かった場所から、衝撃音が立て続けに発生し、横から飛んできた羽根が1本の槍へと変わり、パフォーマーの体を串刺しにした。


 さっきまで笛を吹いていたパフォーマーは、血反吐を吐き、もう血を流して倒れている。その口は何かを喋ろうとするが、ゴポという音のみを発するのみであった。


「ア"....ア"ア"ア"....」


 そんな姿を嘲笑うかのように、アンナが横から飛んでくる。


 先端が少し尖った骨の足でパフォーマーに飛びつき、心臓に深く突き刺す。アンナだったものは、完全に力の抜けたパフォーマーを白目を剥き血涙を流すその目でじっと見つめていた。


 瞬間、それはこっちへと顔を向け、風と共に俺の目の前へと飛び込んだ。


 しかし、飛び込んだだけでそれ以上は何もして来ない。というのも、それは空中に静止して、時が止まったかのようにピタリとも動かなくなったのだ。


「早く行け!」


 振り返るとリーダーが後ろからアンナに向かって手をかざしていた。


 いつまで経っても不思議なその光景を理解することはできないまま、俺はリーダーの言うことに従い村の一番近いドアまで走った。


 後ろからは聞き慣れた声の叫び声と衝撃音、かなり走ったはずなのにそれでもなお聞こえる。


 もうすぐで....そう思った時だった。


「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!」


 あの叫び声が、奇怪な足音と共に近づいてくる。痛手を負ったのか、振り返ると骨の足の一部が砕かれていた。


 それでも俺よりも素早いことには変わりなく、徐々にその距離を詰めてくる。


 震える手足でなんとかドアに辿り着く。鍵を取り出し鍵穴に挿そうとするも、鍵穴がない。恐怖に取り憑かれた頭の中、リーダーの言葉を思い出す。


(いいか、今お前が持っている鍵、それを村のどこでもいい、鍵穴がついてなくてもいいからとにかく、それを差し込んで中に入れ!)


 もう他のドアには間に合わない。


 当たって砕けろ精神で、ドアノブの下の何も無い壁に鍵を突きつける。


 すると、鍵を挿した時の引っかかる感触を感じ、自動で鍵が回ってドアが開く。


 何も考えずすぐに中に入り、ドアを閉めようとした時、最後に見えたのは飛びかかる瞬間のアンナだった。


「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!」


 バタン...と、甲高い叫び声をドアが完全に遮断する。


 もうあの叫び声も衝撃音も聞こえない。ドアにもたれかかり、息を整え周りを見渡す。


 この空間は真っ暗だった。いや、真っ暗というのは正しくない、真っ黒だ。


 光源が一切見当たらないのに、今もたれかかってるドアと、真っ直ぐ向き合っている別のドアだけが見えた。それ以外は本当に全部真っ黒。


 床も天井も壁も見えない。広いのか狭いのかも分からない。落ち着きを取り戻した俺は、とりあえず別のドアを開けることにした。

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