第12話 人がいっぱい出てくる回
公園。その少し広い空き地で子供たちがサッカーをして遊んでいた。
俺はそれをベンチに座って、横の自販機で買ったばかりのキンキンの炭酸ジュースを飲んで眺めていた。
時折、目の前をジョギングしている老若男女が通り過ぎる。そしてそれに混じって、1人の女性が隣に座る。
俺はその顔を知っていた。それなのに名前は思い出せなかった。向こうもこっちを知っていて、会話をした。
なんの会話だったかは分からない。よく聞こえない。それでも何故か面白くて、そして最後にはその女性と...
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突然の大きな振動が脳を無理やり起こした。
さっきまで何か夢を見ていたような気がするけどもうそれは霧のようにぼやけていた。
しかし不思議なことに、目を開けているはずなのに、視界は真っ暗だった。どこを向いても真っ暗。
けど何か顔を動かすたびに、何かが顔にまとわりついてるような気がする。それに絶えず振動がお尻から伝わってくるし、手は逮捕された時のように両手とも縄か何かに縛られて動けなくなっているようだった。
そして何より...
「なあ、流石にやりすぎなんじゃねぇの?」
「こいつの精神はいまだに勇者のままだ、何するか分からんぞ」
「外してもいいんじゃねぇの?噛み付くわけでもないし」
「外さなくてもいいんじゃない?私一度こういうのやってみたかったの!」
「あの、それくらいにしないと、勇者さんの目、覚めちゃいますよ?」
「静かにしてくれへん!?うち、そんなに寝れてないんやって!」
この会話がとてもうるさかった。声からして男3人女3人といったところ、そこにたまに入る馬のいななき。
自分は馬車のようなところで誘拐されたということなのだろうか?
「あれ?もしかして、もう、起きてますかね?」
若い女の声の主が目の前に映る。それと同時に明るめの白い光に目が痛くなる。
「あっ!やっぱり起きてる!」
自分は上からランタンが吊るされた、人が8人座れる程度の荷馬車の真ん中で拘束されていた。
自分の左隣には寝てない関西弁のオレンジの髪をした女の人。
右隣には頭の袋を外してくれた敬語の白髪のお姉さん系の女の人。
目の前には警戒心の強い男の人、おそらくこの人がリーダーなのだろう。真っ黒な中割れ帽子を被って色褪せたコートを羽織り、赤い目でこちらを睨んでいた。
右奥にはこういうことをやってみたかった女の人が馬の手綱を握っていた。後ろ姿で青い髪のショートヘアと言うことしか分からない。
そしてリーダーの両隣には刀を握りしめ、情けをくれる男の人と、コインを弾いて遊んでる、俺を噛み付く獣と思ってる男の人。
御者の女以外全員が俺をじっと見つめていた。そのことに嫌気が差し、目線を合わせないように、いい視線の置き場所を探す。
リーダーが手に何かを握っていた。それはここに連れ去られる前、アンナと一緒に穴に堕ちようとした時、アンナを殺したあの黒く光を反射する何かだった。
「...お前が...」
「あ?何だって?」
「お前が殺したのかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
縛られて自由に身動きできないにも関わらず、俺は感情に任せてリーダーの男に向かって、せめて頭突きでもと思って攻撃しようとするが、両隣の女が見た目にそぐわない力で俺を無理やり座らせた。
「ああ、確かにあの女は殺した」
「けど別にお前を殺しにきたわけじゃない、むしろ助けに来たようなもんだ」
「何を言ってーーー」
そういってまた突進しようとしたところをリーダーの男が俺の腹に蹴りを入れて、また座らされる。
「グッ...!ゲホッゴホッ...!」
「今からいくつか質問する。さっきお前を助けに来たと言ったが返答次第によっちゃそれも叶わなくなるから慎重に答えた方がいいぞ」
「黙れ...!早くしないと、世界が危険にさらされるんだぞ...!」
「だ〜いじょうぶ、すぐに終わるって」
関西弁の女が小さい子供を慰めるように答える。それがとても馬鹿にされたような気がして、絶対にコイツらを殺してやると思った。
「その1、お前の前いた世界の太陽の色は?」
それでも従わないと井戸山に戻ることは出来ない。とっとと終わらせなくては。幸いとても簡単な質問だったからすぐに答えることができた。
「...青色」
その瞬間、周りの人がそれぞれ個々の表情を浮かべ始めた。
1人は呆れるような、1人は大袈裟に驚くような、御者の女に至ってはプルプルと震え、笑いを堪える後ろ姿が見えた。
ただ、リーダーの男だけは仕方がないことだと、分かっていたことだと言うように、ため息1つで終わらせた。
「その2。お前の名前は?」
「名前も何も、俺は勇者そのものだ!」
「つまり名前は無いと?」
「いや、無いんじゃなくて、俺は勇者だって!」
「あーはいはい、分かった分かった」
リーダーが俺の言葉を手で制し、めんどくさそうな口調で内ポケットから何かを取り出した。それもまた、どこか見たことのあったような、けど思い出せない、アンナを殺した物とは違う物だった。
手のひらサイズの小ささで、持ち手が黒く染まっていた。
「それは何だ?」
「その3。何だと思う?」
「...知らねえよ」
「だろうな」
そう言うと、リーダーはそれを俺の頭に一気に挿し込んだ。
「ぐああああああああ!」
激しい痛みが頭を襲う。電流が頭の中を駆け巡り、頭蓋骨に衝突し続けるような、そんな痛み。
それと一緒に何か不思議な感覚も感じた。挿されたところから、自分の中にある、自分を形成する何かのような、そしてどこか不安なモヤっとした何かが吸い出されるような感覚。
リーダーがそれを抜くと同時にその感覚と痛みは収まった。
「もう一度聞く」
痛みで吐き気がしそうな頭を無理やり持ち上げ、リーダーは再度、自分の頭に突き挿したそれを見せつけてくる。
「これは何だと思う?」
さっきまで分からなかったそれの名前が、今では自然と頭の中から出てきた。
「U...SB...?」
剣と魔法のファンタジーな世界。それにとても似つかわしくない電子機器が目の前にあった。答えを聞いた周りの表情は驚きに満ちていた。
「...じゃあこれは?」
リーダーが次に見せたのは、アンナの頭を撃ち抜いた...
「...銃」
アニメや漫画であれほど見た銃。USBも銃も、あれほど前の世界で見た物なのに、どうして今まで名前が出てこなかった?
「最後の質問だ」
「お前の本当の名前は?」
挿される前は何と答えていただろう。何故か今では数分前のことが思い出せなくなっていた。それでも、今では自信を持って答えられる。
「アサミ...カズキ」
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