第11話 叫ぶ理由
気が付くと、俺は傘をささずに森の泥道に棒立ちしていた。何故俺はこんなところにいるんだ? 頭の中の記憶を思い起こしても、井戸山の穴を覗いたところで終わっている。
「あっ!いたいた!」
井戸山を背景に、アンナがびしょ濡れのまま走ってきた。ああそうだ、早く井戸山に行かなくては。
早くしないと世界が危機に瀕してしまう。俺は軽い身体を動かして、笑ってアンナの元へ向かう。
「ああ、良かった!急に外に飛び出ちゃったからどうしたのかと思ったよ」
「そうなの?だからこんなところにいたんだ...」
「いたんだ...って、覚えてないの?」
「多分、変なキノコの胞子でも浴びたんじゃないかな」
「ハハッ!何それ」
こうやって喋るのもこれが最後にはならないはずだ。アンナは笑顔で、俺も笑っている。
一緒に笑って堕ちていく。2人寂しくないように。世界も救って、大事な人と一緒にいられる。
自分は幸せ者だと、心から思った。
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「ああ、そうだ」
山を登る道中、アンナがこんなことを聞いてきた。
「井戸山ってなんで井戸山って言うか分かる?」
「さあ?考えたことなかった」
「結構その名の通りなのよ。山の穴には地獄まで続くと言われるほど深い水溜まりがあるんだって。昔からいろんな冒険者が底に行こうとしたけど、帰ってきた人はいないんだって」
「うっわ、めちゃくちゃ怖いじゃん」
「そういう風に恐れられて、みんな寄り付かなくなっちゃった訳。けど、そうすると今度は各地で災害が発生したの。だからみんな井戸山に人を捧げれば、災害が収まると思ったの。実際それは正解で、以降年に一度は神から授かった身体を勇者として祀って生贄として捧げる習慣ができたんだって」
「めっちゃ早口で言うじゃん...」
そうやって会話している間に、洞窟へと辿り着いた。
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武器も何も持たないまま服を着ているだけの状態で、俺とアンナは穴の前で突っ立っていた。
もうすぐ俺とアンナは飛び降りる。不思議と恐怖はなく、代わりにどこか幸せと言える、そんな気分を味わっていた。
「じゃあ、行こうか...」
アンナの手を握り、同時に身体を前へと傾ける。もうすぐ堕ちる、世界を救える。そんな時だった。
もうすぐ穴の中に入るといったところで、何かに空いてる左手を引っ張られた。
アンナの体重分の反動で、腱が千切れるような痛みが右腕を走る。それでも手は握りしめたままで、アンナの困惑と恐怖の表情がよく見えた。
視界の外から何かが伸びてきた。それは黒く、光を反射して、どこか見たこともあるような、それでも思い出せない不思議な物だった。
そしてその何かを、人間の男の手が握っていた。ここで初めて、左手を引っ張る何かが人間であることを知った。その手は人差し指を黒い何かの小さいレバーにひっかけ、そして引いた。
するとその物は、鼓膜が破れるほど大きな音を立て、先端から小さく一瞬の光を発し、そして何故か、アンナの頭に、大きな、肉肉しい、紅い穴が空いた。
アンナの頭から何か、赤い何かが飛び散り、俺の腕と顔を赤く染めた。アンナの体は糸が切れた操り人形のようにダランとして、もう動かなくなった。
「あ...ああ...うわあああああああ!」
叫んだ。困惑と憎しみと悲しみを込めて。何より、認めたくなかった。アンナが、ずっと一緒だったアンナが一瞬で死んだことに。
「叫ぶな」
後ろの男の低い声が煩わしいように喋るのと同時に、アンナを殺した男の手がゆっくりとこちらに向く。
「今のお前にとって、ここで堕ちるのは幸せなことなんだろう」
そう言うと、頭を強く殴られ、意識が遠のいていく。その最中、アンナが穴の中へと堕ちていくのかうっすらと見えた。
「けど大丈夫だ、もうすぐこれから苦しむことになるからな」
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