第8話 ツンとデレの間隔
揺れる地面。塩気のある風。定期的に訪れるカモメの声。
船の中はこれといった娯楽もなく、この3つを楽しむ他なかった。最初は景色も楽しんでいたが、何十分もただ黒い海を眺めても飽きるに決まっている。
釣竿とかもないし、今では自分の船室で
「虫でも分かる宗教」
というアンナから借りた、宗教についての本を借りて読んでいた。
最初は神話的なものかと思っていたが、主要宗教がどこに分布しているかとか、その宗教の特徴とかで、どうやって生まれたかとかは書いてなかった。
とはいえ、他に面白いものもなく、それにあの時質問したアーシケル教についても述べられていたから、気になって読むことにしたのだ。
まずこの世界には2つの宗教がある。1つ目は、昨日アンナの授業で少し出てきたアーシケル教。一番古くからあるそうで、転生してくれたあの神様、アーシアを信仰する一神教。
主に内陸の人全般に広まってるらしく、週に一回は教会のシスター達が太陽のある方向に向かって歌を歌う習慣があるらしい。
もう1つはデープティア教。生まれた年代は分からないが、少なくともアーシケル教より後ということが分かっている。
こちらは神ではなく、海そのものを信仰するらしく、主に沿岸部の都市に住む人々や漁師といった人達に広まっている。
海産物を食べる時や海での仕事をするときには必ず海の方向へ1分間礼をするというのと、一部では、遺体をワイヤーのようなもので作った棺桶に入れて海に沈めるというしきたりがある。
ちなみに、高貴で尊い血であれば魔法もまた良質なものになるというのがアーシケル教だが、デープティア教は海の血が体の中に多く含まれるものほどが魔法が良質になるという考えらしく、実際何が魔法の良し悪しを決めているのかはいまだに謎らしい。
とはいえ、基本的にどの宗教を信仰するかはどちらも自由らしく、改宗も自由らしい。
これがこの世界での宗教だ。死ぬほど暇になれば、普段読まないような堅苦しい本も立派な娯楽になるというのが、この本から学べた一番の事だ。
もう一度読み返す気にもなれず、アンナの船室に遊びに行くことにした。
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船室に入ると、アンナは何か手紙を書いていたようで、俺の姿を見るや否や机に身体を突っ伏して、見せられないようにした。
「ノックぐらいしてくれない?」
アンナは見られたくないのか少し怒気のこもった声と一緒に自分の方を睨む。
「ごめん、けど本当に暇でさ、借りた本も読み終わったし、ついでに遊びに行こうかと」
借りた本をアンナに渡してベッドの上に座る。アンナは見られないように手紙を巻いて、筒の中に入れて、いつの間にか小窓に立っていた伝書鳩に取り付けた。
「誰への手紙?」
「べ、別に誰だっていいでしょ!」
急に切れて大声を出すのはいくらツン...ツンしてデレる人とはいえやめてほしいな。ビックリする。
「分かった分かった、ごめんごめん」
それでも少しは扱い方が分かったような気がする。アンナは機嫌を直したのか、椅子に座り直してこっちに向き合った。
「...あのさ」
「何?」
急にシリアスっぽい話になりそうなのもやめてほしい。
「ここまで、結構長い道のりだったけどさ、もうすぐ、終わるんだね...」
「うん、そうだね」
いうて長かったか?町を出発して大体一週間ぐらいじゃね?こういうのって1年とかじゃね?
「...あのね、私、夢があるんだ」
「へぇ、そうなんだ」
変な体勢で本を読んでたせいか少し気持ち悪い。
「もし世界を救ったら、君はこの世界にはいなくなるかもしれないけど、それでもさ、私の夢、応援してくれる?」
「うん、応援してる」
そうやって言わないといけない雰囲気だった。別のこと言ったら確実に気まずくなると思った。後悔も反省もしていない。
「...そのね?」
「うん」
「私、あなたのことがーーー」
残念ながらここから先は汽笛が響いて聴き取れなかった。
アンナもそれを分かってか、口を閉じた時には手で顔を覆っていた。何を言ったかは分からない。
「...えっと、何て言った?」
アンナは左手で制止するような手振りをした。
「大丈夫。やっぱりなんでもない」
声が震えて、顔が赤くなっている。
「けどさっき」
「なんでもないからああああああああ!」
そう言って彼女は部屋から走り去っていき、部屋のスピーカーから音声が流れた。
「井戸山島に到着しました。用のある方は、忘れ物をせず、下船チケットをお願いします」
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