第38話 星女メイオウ(冥王)

「ママッ!!??」



 数コ部隊の射撃により生じた太陽のような爆熱と閃光が、テラを飲み込んだ。

 そして”太陽”は、間も無くどす黒い硝煙の塊となり、空高くへ昇って行った。

 密度の高い幾分のかの硝煙が目に沁み、あきらの目には涙があふれた。



「ッ............!?」



 硝煙が晴れ、その向こうを見た時、あきらは言葉を失った。

 何故ならば、何も事もなかったかのようにテラがそこに立っていたからだ。

 一歩も動くことなく、ただ周囲の熱風に髪とドレスのすそを靡かせていた彼女の姿は、寸分も煤けることがなく、到底射撃を受けていたとは思えなかった。


 しかし、彼女の周りの地面には赤いスライムのようなものが、大小びっしりと落ちて埋めつくされていた。



「ど、どういうこと......?」



 あきらは、呆然として感想をつぶやいた。

 一方、武装組織員たちは圧倒的火力で破砕したはずの人間が、全くの無傷で、煤一つついていない状況に混乱しきっていた。



「Fire!! Fire!!」



 再び、射撃号令が下達された。

 空間をバラバラに千切るような音と光と熱が、先ほどよりもずっと長く長く続いた。

 先ほどよりも濃い硝煙が、重たいアスファルトの壁のように辺りに立ち込めた。



「Cease fire!! Cease fire!!Ceeeeeeease FIRE!!」



 彼らの撃ち方止めの号令が、やっと聞こえるくらい小さく聞こえた。

 射撃が尾を曳いて止められ、静寂が訪れた。



(ママ......!)



 あきらはテラの無事を祈った。彼女の力の大きさを知っていたとしても、この地獄のような射撃を前に、無事を信じ抜くことは困難だった。

 一方、彼らはテラの撃滅を確信した。彼女の力の意味不明さをほんの少しでも知ったとしても、この執拗なまでの火力発揮に、彼女の生存はにわかには信じられなかった。



 黒い硝煙が、コンクリート色に薄まり............。



「......う、ふふふふ.........あははっ......。」



 硝煙と砂埃の向こうから心臓を握り締められるような、残忍な、幼い笑い声が響いた。

 そして笑い声の主であるテラは、やはり火傷一つ負うことなく、そこに立っていた。



「ママ......?」 



 あきらはなぜ彼女が笑うのか、初めて見る彼女の一面を理解できなかった。

 さっきまで心を満たしていた心配という感情が、恐怖に全く置き換わってしまった。

 ここからは見えない彼女の表情は、ほんとうに微笑んでいるのだろうか。


 一方、あきらよりも専ら恐怖のどん底に叩き落されたのは、武装組織員たちの方であった。人は理解できないものを本能的に恐怖に感じるというが、その極地が、この陸戦兵器の攻撃が一切通じない少女であり、状況なのだから。



 テラはおもむろに右の人差し指を、コンサートの指揮者のようにくるくると回し、宙に何かを描いた。


 あきらも、武装組織員たちも、この状況がにわかに現実とは思えず、これ以上何が起こるかを、固唾を飲んで見るしかなかった。



 テラが、人差し指を下から上に向かって跳ねるように指した。

 すると、地面に溜まっていた大量の赤いスライムのようなものが、グンッと不意に空中へ浮上した。



(............!?)



 そしてテラが、グッとこぶしを握り締めると赤いスライムが、各々縦に伸びて変形した。



(......この形は......剣!?)



 テラの顔の高さには、先ほどまで赤いスライムだったものが、大小さまざまなデザインをした剣に変形し、浮遊していた。

 剣は、チュンッと音を上げると赤色から金色に変遷し、そこで初めて赤いスライムが熱せられて溶解した弾頭だということが理解できた。


 テラは、胸にゆるく握った右手を祈るように、預けるとやっと聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁いた。



「......悪い子達......おやすみなさい......。」



 そして人差し指をまっすぐ彼らに向けて指した。

 その瞬間、宙を舞う剣たちが一斉に彼らに指向され、消えた。





 ............ゴォッ!!!




「......う......ゎ......?」



 あきらの視界が白く染まり、本能が身体を伏せさせた。



 ォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ”オ”オ”オ”オ”オ”ッッ”ッ”ッ”!!!!!



 その音は、質量を以てあきらに襲い掛かった。



「......ぐぁっ......がっ......!?」



 次いで熱波が、建物を回折し隠れていたあきらを焼く。



(あついっ!?熱いっ!!!)



 あきらは、まとわりつく熱を振り払うようにして地面を転がりまわった。

 チリチリとした痛みが毛穴のひとつひとつから間欠泉のように噴き出す。


 あきらは熱せられた油を全身に浴びせられたような、苦しみを味わっていた。



「...あっ......あっ......。」



 しかし、苦しんでいるうちに熱波はいつしか去っていき、あきらは不意にテラのことが脳裏に浮かんだ。



「......ママはっ!?あいつらは!?......ゲホッ!ほっ!」



 あきらは、砂まみれの身体を起こし、せき込みながら辺りを見渡した。

 すると、すぐに黒い影を落として立っているテラの背中を見つけた。

 テラの影は、横一線に燃え盛る炎に当てられ、大きく黒く育っていた。

 影の生贄となって燃え盛っていたのは、武装組織の装備品や人員であることは容易に想像できた。


 テラは、あきらのことに気が付くと、ドレスに砂埃ひとつ纏わずに何事もなかったかのように歩み寄ってきた。そしてあきらの手を取り、優しく立ち上げた。



「重魔法の一つ、電磁シールドを応用した反撃の仕方を示したわ。」


「......重魔法?......電磁シールド?」


「区分を言うのをすっかり忘れてたわ。重魔法は、最終的に対象物に質量と速度の掛け合わせによるダメージを主体として与える魔法の種類のことよ。」



 テラは、あきらのドレスについた砂をパンパンと払いながら、続けた。



「電磁シールドは、その名の通り、金属製の飛翔体に有効な電気的防御方法よ。電流が飛翔体に流れると生じるジュール熱と、若干の金属原子を還流させたシールドとの衝突の際に生じる熱エネルギーへの変換を以て、飛翔体を溶解、蒸発させるの。」


「......へぇえ......。」


「溶けた金属は、武器とも盾とも再利用できるわ......いつもと同じようにね。」


「......すごい......。」


「この星が内蔵しているエネルギーを電力という形で取り出して、利用する。それを管理者たる私が許しているのは、あきらちゃんだけよ。だから、きっとできるわ。」


「......うん、やってみるよ。」


「とはいえ、それを試す機会はあまりなさそうね。この出自が分からない武装組織へのお仕置きはこの程度で十分だから。彼らの勝ち目たる機甲戦闘力を、理解の及ばない力で撃滅させられたら、戦闘力の逐次投入は避けたいでしょうから。」


「でも残余はまだいるでしょ?」


「私が後方へつながる部隊を屠った今、彼らは孤立しているわ。その彼らにこの惨状を見て、恐怖を語り継いでもらわないとね。」


「そ、そうだね......。」


「うふふ......さて次にやるべきことは......。」


「......ここからは私たちに任せてくれないか。」



 ネプが不意に物陰から姿を現した。



「この国については、あとは私たちだけで大丈夫だと思う、ありがとう。テラ、君は”メイオウ”の襲来に備えてくれないか。」



 ”メイオウ”の言葉を聞いた瞬間、テラの表情が凍り付いた。



「......メイオウ......アイツのこと?」


「この地球と君に最も執着していたメイオウが、来ないわけがないね。私たちはメイオウの動き出しを察知して、君にそれを知らせるためにここへ来たの。」


「メイオウって......冥王ってこと?」


「そうだよ、新人のあきらちゃんは知らなかったかもしれないね。星女の中でも最強最悪の存在......。」


「かつて私たちは協力して奴を太陽系の端まで追い払った。だが、追い払えなかった。冥王星が楕円形の軌道をしているのは、系外に追い払いきれなかったからなの。」


「追いやられ、忘れ去られかけた奴の執着心は衰えるどころか、増強している。私たちは海王星と天王星の位置からメイオウの封印を監視するために、あえて地球を離れた。」


「......ネプトゥーヌス、ウラヌス、そんなこと初めて聞いたわよ?」


「私たちは君が、地球を担うのに適任だと判断した。当時は私たちと君は、地球の管理権を争って喧嘩別れのようになったが、それ以前にこの地球への愛を想ったとき、君に地球を託すこと、そしてメイオウを近づけないことが最も正解だと判断したんだ。」


「私たちだけじゃない、他の星女も同じことを想ってたわ。私たちが太陽系の星に散らばったのは、あなたに追い出されたからじゃない。あなたとこの地球を守護りたいという意思を、自主的な行動で示すためだったの。」


「..................。」



 テラは頬と鼻をひくつかせながら、大きな青い瞳に水面に映る光を湛えて、返す言葉を探していた。



「ママ......。」


「......あなたが元気にやっているようで、良かった。」


「......君とまた会うことができて、良かった。」


「......は、はぁ...はぁ...はぁ...はぁっ....!!......わ、わたしはっ......!!わたしはッ!!」



 テラは口を開いて言葉を発したが、すぐに詰まった。

 口を突いて溢れ出たのは、言葉ではなく、数億年間内に自己に封印していた感情だった。

 誰にも宣告せず、自らへの誓いとするしかなかった孤独な戦いの決意と重責が、敵対していた仲間たちの自己犠牲に支えられていたことに気が付いたとき、少女は約40億歳にして初めて、決して単純でない思いの嗚咽と涙を流した。



「......ママ......。」



 あきらは、しゃがみこんだテラを後ろから優しく抱きしめた。



















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