第37話 ......こっち、向ーいて♡

「「うぁ”あ”!!やばいぃぃっっ!!!」」



 二人は飛行や身体の防護をするための電力を既に使い果たしており、隕石の如く、硬い瓦礫だらけの地面に向け、高速で落下していった。



 ......高度400......300......200......100m......!

 地面に近づくにつれて、地面の瓦礫と街を焼く炎が、大きく開かれた巨大な龍のアギトのように変貌していく。


 それは生命の本能が見せる死の予兆であった。



 高度...50m...!!


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 ズ  ッ  ン”ッッッ!



 二人に不意に柔らかい衝撃が加わった。それと同時に、落ち行く景色がグレーかかったモノクロに染まり、急にゆっくりと感じられるようになった。



(......あぁ......これが人間の最期......ほんとに時がゆっくりと感じられるんだね......。)


(......この感覚......私たち死んじゃっ......!?)



 もはや二人の世界から音が失われ、唯一心臓の音のみが、ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキと死に急ぐための鼓動をする。



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 ・



 ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ




 ドキドキドキドキドキドキドキ............。



 ドキドキ......。



「............い!」



「.........なさい!!」



「......りしなさい!!!」



「ばかッ!!!!しっかりしなさいッ!!!!!」



 死に急ぐ心臓の鼓動音を圧倒して、いずこからか必死の叫び声が聞こえる。



「......はっ!!!」


「えっ!!??」



 二人は身体を捻り、あたりを見渡した。

 下を見ると燃える街並みが未だにあった。



(ここは............ここは地獄......?)


(......なに......なぜ......?)



「ちょっと!ばか!暴れないで!!」



 二人の混乱を存ぜぬように、怒鳴り声が響く。


 それは、どこか懐かしく、そして憎たらしかった、怒鳴り声


 二人が、聞ききたくて、そして聞きたくなかった、あの子の、怒鳴り声



「......あっ......あっ......!」 ネプは顔を上げて、言葉を失った。


「......あ、あなた......!」 ウランは、顔をまっすぐのまま心を奪われた。



「......はぁ......『たすけて』だなんて......ばかね......。」


 そうため息をつき、大柄なネプをお姫様抱っこの要領で抱えていたのは......灰銀のセミロングヘアと空色と金縁のドレスを熱風に燻らせた、あの子テラだった。



「ご......ごめ......。」


「え......あっ......!!」 



二人は声にならない声を絞り出した。

数十億年間、ずっと恐れ、ずっと待ち焦がれていたあの子が、そこにいたのだから。


.......数十億年分の、想いの洪水を声に、できなかった。





「......なによ、あなたたちが呼んだんじゃないのよ。」



 テラは、むすっとした顔で言い放った。



「......えへへ、すごく強い願いとエネルギーを感知したからママと一緒に飛んできたんだ。」



 二人にとって聞きなれない声が聞こえた。

 ウランが顔を見上げると純白のケージ・ドレスを身に纏ったボブカットの女性が、顔を覗き込むように目を合わせて微笑んだ。どうやらウランもまた、お姫様抱っこをされているようだった。



「はじめまして、私の名前は『あきら』っていいます。お姉さま方、よろしくお願いします。」



「......えっ......あっ......はじめ...まして......。」 ウランは目を丸くして戸惑った。


「......えっママ......?この子......星女せいじょ......??」 ネプもまた口以外を硬直させて尋ねた。


「そう、立派な新しい星女、うちの子よ。」


「えへへ......なんだかそういうことみたい......まだ色々よくわからないんだけど。」



 不機嫌と無表情のテラを横目に、あきらは照れくさそうに眼を空に泳がせた。



「あきらちゃんがいて助かったわね?私一人じゃ、どちらかが死んでたわよ。」


「間に合ってよかったです、本当に急いでよかった......。」


「「あ、ありがとぅ......。」」



 お姫様抱っこされている二人は、礼を言うと顔を真っ赤にして、しなしなと縮こまってしまった。



「で、呼んだ理由を教えて頂戴?」


「この眼下の様子から、おおよその予想はつくけどねぇ。」


「......こ、この国の人の子達を助けて欲しくて......。」


「......それでも私たち......あなたに勝手なことをしたくなくて......。」


「............。」 テラは無表情でウランを見つめた。


「「........................。」」


「......ママ、お姉さま方の想いは一緒みたいだよ......?」


「......わかったわ......詳しいことは、あとでゆっくりと聞くわ......。」



 ママはそういうと、ネプを抱えて地表に向けて一気に降下した。



「......まぁた、わざと怖い振りしてるなぁ......。」



 あきらはニヨニヨと口元を緩ませると、ウランに微笑みかけた。



「じゃあ、追い付くために降下しますね。」


「......え、えぇ......。」



 ウランの返事を確かに聞き届けると、あきらはふんわりと地表に向けて降下した。


 4人は大広場に立つ州政府事務所ビルの瓦礫の陰に、隠れて集まった。

 大広場では、侵攻した戦車や装甲車の一部が、停車し警戒をしているようだった。



「......2人はここでじっとしてて。」


「う、うん......。」


「わかったわ......。」


「ママ、多勢に無勢だけど私たち2人で大丈夫?」



 あきらは眉をへの字にさせて、心配の表情をした。



「あきらちゃん、圧倒的多数の金属製兵器に対する交戦手段について、ひとつ授けるわ。」


「......う、うん。」


「さぁ、行きましょう。」



 テラは、既に発砲され落ちていた12.7mm弾頭をひとつ拾うと、ゆっくりと瓦礫の陰から大広場に向けて歩き出した。


 表に出て改めて見ると、その大広場は、組織の機甲戦力の集結地のように使われているようだった。

エンジン音、キャタピラ音、金属の軋む音、ディーゼルの黒い排気ガスの臭いに満ち溢れていた。



「うわ......すぅっっげ......。」 あきらは圧倒され、思わず声を漏らした。


 一方、テラは拾った弾頭を人差し指と親指でつまみ、ひとつの戦車に向けた。



「............。」



 ......チュッ!


 少し大きな小鳥のさえずりが、聞こえたその刹那





 ......バガァ”ンッ!!......ズガガガァーーーンッッ!!!





 テラに弾頭を向けられた戦車が突如、大爆発を起こして、宙を舞った。



「ウわッ!?」 あきらはその光と熱と音圧に圧倒された。


「............こっち、向ーいて......♡」



 テラは本当に僅かな小声で、燃え行く戦車を叫びながら見つめる武装組織員たちにやさしく謳いかけながらゆっくりと歩み寄った。


 組織員たちは、その奇妙な美少女に気が付くと、様々な形で動転した。

 銃を構える者、装甲車や戦車に乗る者、瓦礫の陰に腰を抜かしながら逃げる者、丸腰で叫び威嚇する者、どうしていいか分からず立ち竦む者......各々がてんでバラバラに動いており、その様子から装備は立派でも、彼らの行動からとてもプロではないことが伺えた。



「......ママ......撃たれちゃう!危ないよ!!何してるの!?」


「......♪......♬......♪♪......♬」



 あきらの声が、まるで一切聞こえないかのように小声で唄を口ずさみながらテラは彼らに近づいて行った。

 まるで泣き叫ぶ赤子をあやすかのように、やさしく、あまく。


 そしてテラは彼らから約100mの位置で立ち止まり、彼らをじっと見つめた。

 彼らも混乱から少し立ち直ったようで、再武装し、装甲車の機銃や戦車の砲をテラに向けた。

 そのような訳で彼女の周囲240度は、そんな兵器と殺気に囲まれていた。




 ......それにも関わらず、テラはゆっくりと人差し指で



 トントンっと、自分の心臓付近を叩いた。

 ここだよと言わんばかりの合図だった。



 それを挑発と受け止めた彼らは、癖のあるイントネーションで



「Fire !!」 と叫び、一声に射撃した。



 あきらの前に立つテラの姿が、射撃の炎と爆発の津波に飲み込まれた。




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