第35話 猛毒の五里霧中

 ボツワナ ジュワネング鉱山 第3採掘場  黄昏刻



 姉妹が現着すると、すでに空は濃いオレンジ色に染まり、日が落ちかけていた。

 崩落のニュースを聞いてから、既に5時間が経過していたからだ。


 姉妹は岩陰に潜み、混乱と怒声が入り混じる指揮所の様子をうかがっていた。



「ネプちゃん、人が集まってるよ......ここだね。」


「ふぅ、意外と迷っちゃったね。カッコつけて勢いで来ちゃったから。」


「これから巻き返しましょ。私に考えがあるの。」


「ん?何?」


「メタンガスが噴出して坑道をふさいだということは、それなりに大きな噴出孔が坑道の中にあって、見つけることができるはず。それを塞ぐのよ。」


「なるほど、ガス孔を塞いじゃえば窒息を防げるね。生存のタイムリミットは延長される。でもどうやって塞ぐの?」


「そう、これはガスの中でも活動できる私たちにしかできないことよ。そして、塞ぐ方法は気相法でダイヤモンドをつくって、どうにかならないかしらと思って。」


「ん、そっか!今の坑道内の空気がガスで置換されてると思えば実質、真空チャンバの環境と同じだね!ダイヤモンドの種結晶はどこにでもあるだろうしね。」


「えぇ、その通り。噴出孔の大きさを調べるために、まずは坑道内に入ってみましょ。」


「よぅっし!......入口あれかな?」



 ネプは丸太で補強されている横穴への入り口を指さした。

 入口の見た目だけでも、そこは明らかに強度が十分に保証されているとはいえず、コストカットのために補強工事が行われていないような様子がうかがえた。


 姉妹は、人目を避けながらこそこそと入口まで近づき、勢いそのまま暗闇の奥へ進んでいった。


 しばらく進み、ネプが尋ねた。



「......そろそろ明るくしていい?」


「そうね、もう外に明かりが漏れないでしょうから......防爆に注意して。」


「もちろん、さんきゅっ!」



 ネプがそういうと、唐突に坑道内が明るくなった。

 昼のように、とまではいかなくとも歩くためには不自由しないほどの明るさになった。


 そんな明かりの光源は、ネプの目であった。

 目から白い光が扇状に放射されていることが、ガスの分子の揺らぎと反射でわかるのであった。



「ん~......ガスが濃いね。こりゃ爆発限界より上かな?」


「油断するのは待って......んっ。」



 ウランは空中で右手を握りしめて、その握った空気を口に含んだ。

 口の中で舌を転がして、ガスをよく味わっているようだった。


 その様子を見て、ネプはけげんな顔をして尋ねた。



「ウランちゃん......?え...え...なにやってんの??」


「ガス成分を電気分解して、成分を分析したわ。......酸素の気配がない。ガスの成分は炭素、水素が圧倒的に多くて、その次に窒素......これはヘリウムかしら?」



 ウランは目を閉じながら半ば独り言のように、問いに答えた。



「そ、そうなんだ......ウランちゃんそんなことできるんだね......。」


「私だって、手先が器用なネプちゃんに負けたくないもの。取り柄がほしいわ?」


「......そっか、なんかごめんね......とりあえず引火の可能性はないことがわかったよ......ありがと......。」



 二人は濃いガスが充満する坑道を奥へ奥へ進んでいった。

 奥へ進むうちに、視界が晴れていった。

 どうやらガスの濃度が尋常ではないくらい濃いようだ。


 それは、崩落現場と噴出孔が近いことを示唆していた。



「結構歩いたね、そろそろかな?」


「視界が開けてきたわね......あっアレは!?」



 ウランが指さす先には、ボシューという音を立てながらメタンガスを吐き出す手のひら大の噴出孔が地面に開いていた。

 そして目の前の坑道はがれきに埋もれており、まさしくここが崩落現場であると分かった。



「元々、ガスだまりの上に坑道を掘ってて、地層の薄い部分が圧力に耐えかねたのね。一方、天井からの崩壊は、噴出の衝撃力によって脆弱な部分が破壊されたことによるものね。」


「うん、あたり一面が礫まみれだね。塞ぐような大きさの岩がない......おっ?これは......。」



 ネプは地面に落ちている小石を拾い上げ、自分の目で照らした。



「......ねぇ、ウランちゃん。X線打つから私の前に立って反射線を受け止めて?」


「うん......準備いいわよ。」



 ネプとウランはお互いに同じ顔の位置と向きで向かい合うと、二人の間に設置された小石を見つめた。

 二人は小石を見つめる角度を変えながら、同じ姿勢で小石をしばらく見つめ続けた。


 ネプが顔を上げて尋ねた。



「どう?ダイヤモンドかな?」


「えぇ、これは紛れもなく原石、しかもこのまま種結晶に使えるものよ。」


「そりゃ、運がいいや。成長に必要なガスの濃度もこれ以上なく十分だし、さっそく蓋になるダイヤモンド塊をつくっちゃおう。」


電力パワーを貸すわ。それで、この穴をふさぐ程度のサイズは一夜工程で作れるはず。」



 ネプは地面に胡坐をかいて座り、そしてダイヤの原石を地面に置くと、占い師が両手で水晶を愛でるように原石を愛でた。両手の間には、バスケットボールサイズのオレンジ色のぼんやりしたプラズマの球体が、浮かび上がった。


 ウランは、ネプの両肩に手をかけ、プラズマの生成に必要な電力を送った。


 二人は言葉を発することなく、そして一切動くことなく、ダイヤモンドの育成に着手した。





 ............しばらくして、ネプがわずかに顔を上げて言った。



「......仕組みはよくわからないけど、周りに窒素と希ガスが僅かにあることが、結晶成長の速度を速めているみたい。思ったより早く終わるかもしれない。」


「電力を増せば、もっと早く終わらせられるかしら?」


「私は制御できるけど、ウランちゃんの電力は大丈夫?」


「............この地球の、あの子テラの、膨大な力の一部を借りようと思うの。そうすれば被災者の助かる確率が高くなるから。」


「......そっか、大丈夫だよ。きっと分かってくれるよ。」


「うん......。」



 ウランはそう言いながら頷くと、ネプの肩にかけていた左手の掌を地面に面させ、静かに”膨大な力”へのアクセスを開始した。


 だが、ウランはすぐに何かを感じ取ったようだった。


「......ぁうっ......凄まじい電力パワーを感じる......相変わらずといったところね......だけど以前とは少し違う......これは土地の影響のせい......?」


「いやぁ、あの子に何か変化があったんじゃないかな。何十億年も経っていればさすがに変わるでしょ。」


「......そうかもね......幸い、活用には問題ない程度の異変よ。ネプちゃん、今から電力を変換コンバートして送るわ。」


「さすがだね!さぁっどんとこい!」



 わずかな高周波音が響くと、ネプの両手の間に生成されているプラズマのオレンジ色がますます白色を帯び、まぶしく強い輝きを増した。



「いい感じ......このまま安定させて加速した成長速度を維持するね。」


「ネプちゃん、疲れてない?大丈夫?」


「大丈夫だよ、正直、早く終わらせてビールでも飲みたい......。」


「......ふふっ......あと一昼夜の我慢ね。」


「おかしいな......100年なんてあっという間なのに1日がすごく長く感じるわ......。」


「......いよいよほんとにアルコール中毒なのかもね......。」


「なにぉっ!?」


「ほんとのことじゃないっ!」



 陰鬱で猛毒に満たされた洞窟内が少しだけ明るくなった。

 いや、プラズマで既に洞窟内は常人では視力を失うほど眩しい光に満たされているのだが、それには代えがたい心の”明かり”が灯っていた。


 その明かりは、もはや彼女たちが人々を助けるために自らの力を行使することに対する迷いがないことを示していた。


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