第34話 ダイヤモンドの胎盤
「ねぇ、知ってる?」
温いインスタントのコーヒーを啜りながらウランは、テーブル越しにネプに尋ねた。
「何が?」
「最近、ダイヤモンドのお仕事の量が減ってるのよ。」
「ん~......へえ、そうなんだ。」
「どうしてだと思う?」
「......え?もしかして私のせい?」
「ふふふ、さすがに違うわよ。」 ウランはもう一口コーヒーを啜り、続けた。
「......最近、天然ダイヤモンドの需要が半導体産業向けに伸びているらしいの。ダイヤモンド半導体って聞いたことあるでしょ?」
「............え?なにそれ??」 ネプは目を真ん丸にして口をぎゅっと結んだ。
「電化製品を制御するための部品よ。従来はケイ素を主体としてたのだけど、最近は耐久性や導電性なんかが比較にならないくらい優れているダイヤモンドを材料とした半導体に置き換わりつつあるの。」
「へぇ、そんなことしないと電気を制御できないなんて不便だね。」
「今の時代私たちのほうが変でしょ。誰が生身の指先で電子を加速させることができるのよ......。」
「この操作能力とアバランシェ崩壊*1現象をうまく組み合わせれば、ダイヤモンドを結晶格子に沿って省エネできれいにカットできるんだ。私たちも、そのハンドウタイに参入しようじゃないか。」
「ネプちゃんが性格に反して器用なのは認めるけど、残念ながら天然のダイヤモンドをカットするような仕事のやり方じゃないのよ。」
「なんで??」
「その半導体は、炭化水素のガスを結晶状に成長させた人工ダイヤモンドを機械でスライスして作ってるの。」
「でもそれ天然ダイヤモンドのカットの仕事が減ったのと関係ないよね?」
「結晶を作るために必要な『結晶種』は、天然ダイヤモンドよ。剣山状に成型したダイヤモンドの上で成長させるのよ。いわばダイヤモンドの『胎盤』なの。大量生産でダイヤモンド半導体の価格を下げるために、その材料となる天然ダイヤモンドが多く買われているの。」
「ふぅん、何だか分かんないけど装飾品以外の使われ方をしだしたんだね。」
「......まぁ、そんなところよ。」
「............。」
ウランはコーヒーの残りを啜り、ネプは瓶入り炭酸水をコップに注いだ。
話題を失った二人の間に、沈黙がしばらく続いた。
やや遅い昼食をすませた昼下がり、乾いた風が紙くずをカサカサと転がしていた。
その音の向こうからかすかにサイレンの音が聞こえてきた。
......パトカーのサイレンのようだ。それも複数の音が重なっている。
ネプは窓の外に目をやり、炭酸水で口を湿らせながら口を開いた。
「......なんだか最近多いね、パトカーが。」
ウランはわずかに音を軋ませて椅子に座りなおした。
「最近、ダイヤモンド関連の犯罪が多いの。それもかなり組織的な、ね。」
「今更、不正に入手したダイヤモンドが流通できちゃうの?」
「キンバリープロセス*2の話なら少し事情が違う。何故なら装飾品と大国の戦略物質とでは同じダイヤでも大きく重要性が違うでしょ?後者の用途なら国の興亡に大きく関わるわ。」
「そりゃあ、大変なことだね。なりふり構わず手に入れたくなる物、それがお金になるなら血に汚れていても、誰も気にしないよねぇ......。」
「その通りよ。ダイヤモンドは単に宝飾品の域を超えて、人の子達の生活を明るく豊かにしているのだけど、その影もまた濃くなっているのが今なの。」
「............。」
「............。」
二人の間に、えもいえぬ沈黙がそれぞれ違う理由を糧に流れた。
ネプの場合はウランの話題へのコメントに困り、ウランの場合はネプの反応をあてにしていたがために適切な言葉を返せないでいた。
しかし、沈黙の裏で二人とも同じ考えを共有していた。
人の子達の生き方を力によって捻じ曲げ、見かけの秩序と平和を創り出すこと。それは彼女たちの力を以て干渉してしまえば解決は容易だが、それは実際何の解決にもならないということを、彼女たちは自らの過ちとして記憶していた。
「そりゃあ、大変なことだね......。」
「えぇ、そうなの......。」
「............。」
「...........。」
沈黙に耐えかねたネプはテレビのリモコンに手をやるとスイッチを押し、テレビの電源を入れた。
しばらくテレビ画面が大小のブロックノイズに覆われた後、画面には徐々に昼のニュースが映り始めた。
............ノイズの向こうに映るニュース内容は、速報のようだった。
「......社のダイヤモンド採掘エリアで、採掘作業におけるメタンガスが突然噴出しそれに伴い坑道の崩落が起こり、採掘に従事していた作業員数名が、生き埋めの状態となっています。」
画面の中のリポーターは現場付近で実況しているらしく、彼の背後には救急車や消防車、パトカーなど非常事態を知らせる車両たちが待機しており、公安職員たちが慌ただしく指揮所を準備しているのが見えた。
画面が変わり消防署の責任者らしき男が、マイクに対して早口でまくし立てた。
「状況は非常に悪いですが、崩落の位置から推測すると作業員の方たちは一定間隔で設置されているシェルタに逃げ込めた可能性が高いです。しかし、坑道内にガスが充満しているため、シェルタにいたとしても数日以内に窒息する可能性も高いです。また問題は、ガスの充満のため崩落現場までの人や器材の接近ができません。」
「それでは絶望的な状況なのでしょうか!?」 リポーターが返した。
「......我々は既に全力で救助を進めています。異なる方法で彼らにアクセスすることができます。彼らのシェルタがある位置に地表から垂直方向に掘り進み、人や救助物資、新鮮な空気を送り込もうとしています。」
「それでは救助の可能性があるということなのですね??」
「はい、可能性はあります。しかし問題もあります。それは崩落現場付近にはシェルタが複数あり、彼らが避難しているであろう場所が不明なのです。一つの穴を貫通させるために早くても1日かかります。つまり文字通り『掘り当てる』ことが必要です、それも一刻も早くです。」
「可能性を上げるために技術的援助が必要ではないですか???」
「はい、政府は既に問題を認識し、隣国、宗主国に援助を要請しており、実際我々の全力以上の力が必要なのは確かです。しかし、先ほども申した通り時間の問題があります。そのため、我々は彼らを救助するための技術、アイデアを持っている国民の皆様の参加を希求します。誰でも構いません、彼らの命を助けるため力を下さい。」
責任者の男は画面の向こうでカメラを直視し、真剣で充血した眼差しと強い口調で訴えた。
ネプはテレビから目を離さず、ウランに尋ねた。
「............すぐ行ける?」
「いつでも。」 ウランもテレビから目を離すことなく、ぽつりとごく自然に答えた。
その途端、ゴゥという暴風が部屋の中に一瞬生じ、部屋は無人となった。
*1 アバランシェ崩壊:
電界というベルトコンベアで激烈に加速された電子が物質を構成する原子に衝突すると、電子たちを吐き出す。吐き出された電子たちも、同様に電界で加速され他の原子に衝突することを繰り返し、連鎖反応を起こす。その結果、電流たる電子の流れは猛烈が大きさとなる現象
*2 キンバリープロセス:
反政府軍の資金源となり得るダイヤモンドの輸出入を防ぐための多国間の約束事、その目的はダイヤモンドに関する紛争の防止
ダイヤモンド1個ではなく1袋など集合体に課されれるルールであるため、不正なダイヤモンドを混入できるなど、その実効性や存在意義に疑義があることが指摘されている。
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