第33話 3EX(トリプルエクセレント)の双子
南アフリカ ボツワナ
ダイヤモンドの一大生産地である一方、首都ハバローネを流れるリムポポ川や同国北部のオカバンビ三角州のおかげで緑の多い経済豊かな国である。
ボツワナは南アフリカの模範生と言われており、国の指導者層は紛争ダイヤモンドとの決別やダイヤモンド関連収益のほとんどを教育やインフラ整備に投資するなどの比較的正しい選択を行ってきた。
だが、この指導者の善導の好例の結果ともいえる現在の経済発展に至るまで、彼らはボーア人やイギリス人と対立しており、また他の欧州の植民地政策にも巻き込まれるなどの植民地として長い苦難の道があった。
............そして現在、ボツワナは異なる危機をひっそりと迎えようとしていた。科学技術の発達により稀少鉱物の必要性が高まり、ダイヤモンドの他、同国内の稀少鉱山を巡る争いの種火が燻っているのであった。
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首都ハバローネ ハプテスト教会付近
「あっ!またネプちゃんビール飲みながらダイヤモンドカットの仕事してる!だめだよ!!」
「ふーっ......もうお昼よウランちゃん、いいじゃないのぉ......」
襟付きシャツにエプロン掛けをした二人の少女が異なる姿勢のまま言い争っている。
『ネプ』と呼ばれた長身の少女は美しい青色の長髪を揺らしながら、木製の椅子の椅子にややだらしなく腰を落ち着けていた。
一方、『ウラン』と呼ばれた銀縁メガネの少女はやや黄色に寄ったクリーム色の編み込みおさげを携えながら、やや怒った調子でネプを指差ししながら直立姿勢で責め立てていた。
どちらの少女も肌は白亜のように白く、この土地の生まれではないことが一目でわかるのであった。
「お昼は関係ないの!大切なカットの仕事に差し支えるでしょ!!」
「んん~~でも水分補給は大切よぉ?」 ネプはビールの瓶をゆっくり揺らしてちゃぽちゃぽとした音を奏でた。揺れる瓶の奥では、目が座っていた。
「はぁ~......その様子だと朝から飲んでたんでしょ?」
「二日酔いには迎え酒がいいからねぇ。」
「お姉ちゃんのバカッ!!」 ウランは怒鳴るとネプから瓶ビールを取り上げた。
「!? あぁん、もぅ......。」 ネプは未練がましく瓶を目で追い、それが取り戻せないと悟るとしゅんとしょげた。
「お姉ちゃん、ここは海王星じゃないのよ?あっちと違ってエタノールを買うためにはお金がいるの!」
「そうお金、お金、お金、ねぇ......。」 目をとろんとさせてネプは左右にわずかに揺れていた。
「お金のためには、仕事をしないといけない。仕事を続けるためには、今ある仕事をちゃんとこなさないといけないの!」 ウランは両手を腰に当てて仁王立ちで説教を始めた。
「大丈夫ぅ、私のダイヤモンドのブラッターやポリッシャ技術はどんな機械よりも精密よぉ?なんせ海王星ではダイヤモンドで遊び放題だったからねぇ。」
「はぁ......違うのよネプちゃん。どんなに質が良くても飲酒しながら作ったなんてことが知られたらいけないのよ......それだけで!ど!!ん!な!に!......質が良くても正当な評価が受けられないのよ......。」
「いやぁ、飲まないと手が震えちゃってさぁ......。」 ネプは両手を大げさに震えさせて見せた。
「......それ初めて聞いたし、絶対嘘だし、言い訳でしょ??私たちがアルコール中毒になるほど今の人間に近いとは思えないわ。」
「でも酔うと気持ちいいのは確かなんだよねぇ。それにこれピルスナーだよ、水っぽいからビールじゃないのよぉ。」 ネプはますます左右に大きく揺れ出した。
「ビールだから気持ちよくなってるんでしょ!」
ウランは大きなため息をつきながら、続けた。
「さっき言った通りダイヤモンド産業はね、イメージにとても敏感なの。それはダイヤモンドが富や幸福といった絢爛の象徴だからなの。その一方で人々同士を傷つけあう手段の獲得に用いられることもあった......。自分の幸福や富が血塗られたものだとしたら、それに価値を感じる人がどこにいるの?それと同じように、酔っ払いが片手間に作ったダイヤモンドなんて............ねぇ聞いてる!?」
「......ご、ごめ”ん”......ぎも”ぢ............。」
さっきのご機嫌とは打って変わって、顔まで真っ蒼にしたネプが両手で口を押えながら椅子の上で震えていた。
「ひぃ、バカ姉ぇっ!!トイレ行きなさいよ”っ!!」
ウランの絶叫を聞き終わらないうちにネプは玄関に向けて、文字通り目には止まらぬ速さで駆けだした。
そして、しばらくの後苦悶を伴う嗚咽が家の外からわずかに聞こえてきた。
「......み、水をくれぇ......。」 体中の水分をすべて吐き出したかと思うほど、げっそりとした容貌をしてネプは玄関からよろよろと千鳥足で入ってきた。
「......はぁぁぁ......。」 ウランは片手で顔を覆うと片方の手で水の2Lペットボトルを差し出した。
ネプはそれを受け取るとよぼよぼと蓋を開け、口元に垂直にペットボトルを当てると呼吸もせず一気に飲み下した。
「......
「お姉ちゃん、ここにわざわざ戻ってきた私たちの目的を忘れないでよ。」
「げふっ......分かってるよ。アホで頑固なあの子のために一肌脱ぐために来たんだから......。」 ネプはペットボトルのラベルを取り、パキパキと折りたたんだ。
「だけど肝心のあの子と接触できないわね。私たちが地球に侵入すれば、すぐに反応すると思ってたんだけど......。」
「アホで頑固だから無視してるんでしょ。」
「ネプちゃん、そんなこと言わないの。誰だって守るものができればそのためにアホでも頑固にでもなるわ。」
「......まぁ、確かにあの時の私たちもアホで頑固だったね。」
「そうよ、でも同じ過ちは二度と犯さない。地球にアクセスできて、あの子と仲直りできるこのチャンスは二度と来ないかもしれないのだから。」
「ウランちゃんはどうしてそんなにあの子と仲直りしたいの?」
「あの子とはよく遊んじゃない。」
「まぁそれはそうなんだけどね......わざわざ太陽系の外縁近くから来るのもなんだかなぁ......。」
「私はこの地球が好き。青くて綺麗で、ダイヤモンドとは色も形も全く違うけど、ダイヤモンドのように貴重で美しい、そんな地球が好き。地球から遠く離れたからこそ気づくことができた、そのかけがえのなさを護りたい。その想いは一緒に遊んだあの子なら異にすることはないはず。」
「仲直りすることで、その想いを確かにしたかったんだったね。」
「そうよ、ネプちゃんだってあっちにいた時そう言ってたじゃない。」
「あまりに航行時間が長かったから、ちょっとボケが治ってない......。」 ネプはポリポリと頭をかいて、斜め上を見た。
「今思い出したね。ダイヤモンド加工の仕事はそんな私たちの目的を達成するために日々のご飯を得るための大事な仕事よ。お姉ちゃん、ちゃんとやるって約束して?」
「う~ん、わかった......約束するよ。」
「はい、よく約束できました。じゃあ今日はガードル*仕上げまでやって1件のお仕事完成させてね。」
「は~い......。」 ネプは存外素直に椅子に座ると、お昼を取らずに直ちに仕事に取り掛かり始めた。
(ふふふ......ネプちゃんって、結構熱しやすく冷めやすいから、エネルギー切れにならないようにお昼ご飯持ってってあげなきゃ......。)
ウランはネプの背後で優しく微笑むと、お昼の支度をするためにキッチンへと歩いて行った。
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