第31話 地獄の底へ
「避けるぞッ!」
「うわぁっ!!」
モハメドの襟首を強引に引っ張り、ミンファは横一線に大きく跳躍した。
その寸分、ワームが地面に嘴を突き込むとこの地球上の生き物が出しえるものではない地響きと轟音が空間を揺るがした。
彼女たちの騎乗していたラクダたちは、パニックを起こして脚を取られながら砂漠の彼方へと走り去っていってしまった。
「やばい!逃げる手段が!」
「アイツらはもう役に立たない!逃げたとしてもすぐに追いつかれるぞ!」
「ど、どうする!?」
「殺すしかない。」 ミンファはメタルの十翼を鋭く展開させた。
「嘘だろ......。」 モハメドは慌ただしくライフル銃を構えた。
「ここは獲物が乏しい死の砂漠、そこでの邂逅は生きるか死ぬかのやり取りしかない。」
砂嵐と見間違うばかりの砂煙を上げて、ワームは地面に潜航した。その長さと潜り終わるまでの時間から全長は50mあるように思われた。
不穏な地鳴りが足元から響く。
「下から来るんじゃないのか......!?」
「そうだ、下から襲い掛かるだろう。」
「と、とりあえず二手に分かれよう!」 モハメドは慌てて走り出そうとした。
「待てッ!」 ミンファはやはりモハメドの襟首をつかんで制止した。
「えっ!?」
「アイツは地表の振動を察知して獲物の位置を標定している巨大なミミズだ。つまり動けば確実に位置を知らせることになる。」
「でも俺たちを決して逃がさないんだろう!?相手が見えない以上、同じ場所に止まるのはやばいだろう!」
「逃がしはしないだろう。だが、見えないのはアイツも同じことだ。そうすると足掻けばより危険になることがわかるだろう。」
「く......っ!」 モハメドは観念したといわんばかりに顔をしかめた。
「............モハメド、怖いか?」 ミンファは振り向き尋ねた。
「......怖くないわけないだろっ!?ミンファは怖くないのか?」
「私も怖いが、モハメドを失う方が怖いと思っている。」
「はッ!!」
「モハメドは何が怖い?」
「す、すまない......君を失うより怖いことなんてなかったよ。」
モハメドの口調は明らかに震えていた。
「......いいぞ、虚勢でも嘘だとしても。」
「......ふ、ふぅぅぅ......。」
しばらくすると地鳴りが止み、あたりに不自然な静けさが漂った。
この狩りはまだ終わってない、とその静けさは物語った。
「息を潜めているな、持久戦だぞ。」
「そういえばいつものように空は飛べないのか?」
「無制限に飛べるわけじゃない、私も人間だからな。疲労もするし、エネルギー源である電力を終わりの見えない持久戦に使いたくない。それにあいつをここで見逃すわけにはいかない。」
「人間の話とは思えないけど、なるほどね......。」
話しにひと段落が着くと、モハメドは夜の砂漠特有の寒さに気が付いた。
乾燥した砂は熱を貯め込みにくい故に、太陽の届かない夜間の冷え込みは苛烈となる。
「......くっ、寒いな......!」 モハメドはガタガタと震え出した。
「......防寒着はラクダに積んだままだったな......。」
「あぁ、こんなことになるなんて思わなかったから......。」
「......取り乱した私が悪い話だな。」
「そ、そんな意味じゃない!」 モハメドは白い息をやたら吐き出しながら否定した。
「............大丈夫か?」
「......あぁ、大丈夫だ!この状況で君に電力を使わせるわけにはいかない!」
「............そうか。」
しかし、その我慢も長くは続かない。
気温4℃、吹き付ける砂を纏った風がモハメドから体温を奪い、肌を微細に傷つけ、体力を削ってゆく。
砂漠に生きる者は皆、夜には砂中に潜り大自然の脅威から身を護るが今のモハメドを護るものは何もないのであった。
それは大自然の脅威に抗う無謀を意味する。
「うぅ......。」 モハメドの瞼が閉じかかり、そして膝をついた。
「まずいな、身体の芯まで冷えてきている証拠だ。」
ミンファはモハメドを抱き寄せ、首とわきの下に手を当てがった。
すると、しばらく後にモハメドは意識を戻した。
「あぁ......ミンファ、暖かいよ。でもこれでは君の......!」
「気にするな、これくらいの電力は問題ない。」
「......すまない。こんな時でも君の足手纏いに。」
「いや、こうなったのは私の責任だ。ここは私に委ねろ。」
「わ、わかった......。」
モハメドがうなずくと、ミンファはやおら掌を地面に押し当て、目を閉じてしばらくの間集中して何かを聞いているように黙り込んだ。
「......やはりまだ潜んでいるな。あれだけ大きければ生体活動に伴う脈動はそれなりに大きく聞こえるものだ......。」
「なぜここにあんなに巨大な生き物がいるんだ?」
「あれが大きくなった理由はそう遠い昔の話じゃない。」
「というと、最近なのか?」
「ほんの70年前だ。核実験の影響が大きい。」
「あっ!そういえばここは核実験場に近かったな!」
「放射能をもった砂塵を吸い込めば、高エネルギーによる熱振動によって体温が著しく上昇する。放熱の効率を高めるために、体表面積を増やした結果があの巨大化というわけだな。」
「ほ、放射線が遺伝子を壊せば死ぬのが普通だろ!?」
「
「ここら辺の放射線強度が低いのって、まさかアイツが飲み込んでるからか?」
「そうだ。アイツも核実験の被害者かもな。」
「......ここで見逃すわけにはいかないって理由は、そんなアイツを殺すためか?」
「あぁ、邂逅した以上楽にしてやらねばならん。」
「そうか......君は君でやるべきことが別にあったんだな。任せるし、付き合うよ......。」
「モハメド、暗いところは大丈夫か?」
「え?」
「まぁ、私が傍にいるから問題ないだろう。強引だがこの状況を終わらせるために、いいことを思いついたぞ。」
「な、なんだ?」
「ワームを釣り上げてやるのさ。」
「ど、どうやって!?」
「私たちを餌としておびき寄せるのだ。アイツの体内に入るぞ。」
「えっ!?えっ!?」
ミンファはそういうと地面に押し付けた掌に電力を集中させた。
「い、いったい何をしてるんだ!?」
「なに、送信専用のソナーみたいなものだ。位置を送れば、アイツは精緻に私たちを飲み込んでくれるだr......。」
ドドドドド、ゴゴゴゴゴ............ッ!!!!
ミンファが言い終わらないうちに、この世の終わりを思わせるようなあの地響きが轟いた。
「ひ、ひぃ......!!」 あまりの激烈な揺れにムハマドはたまらず尻もちをついた。
「いいぞ!早いな、感あり!」 一方、ミンファは体幹を一切ブレさせず自身の位置をワームに送り続けた。
ダンッ! ダンッ!! ダンッ!!! ダンッ!!!!!!
ワームが地盤を押しのけあるいは破壊しながらやってくるのが、明らかにわかる。
グバァァァッッ!!!!!
突如、四面を巨大な壁に阻まれた。
そして、フッと逐次にやってくる浮遊感が二人の身を包んだ。
足元を見ると地面が崩れ去り、虚空に落ちていく様子が見える。
虚空はわずかに奥から赤光を放ち、その見た目はまさに地獄の入り口そのものであった。
「う、う、うわっ......!!!」
「......いい子だ。」
二人はワームの体内に広がる地獄の底へと落ちていった。
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