第30話 砂漠の冷たい花

 アラスカにおけるヤコーネとの邂逅から半年以上の時が過ぎた。

 あれから季節は厳冬を過ぎ、気の早い桜が散り、深緑萌ゆる夏となった。


 相変わらず、あきらはエヴレンの営む孤児院で手伝いをしながら過ごし、ヤコーネは依然と同じように愛犬たちとアラスカで隠居生活を送っていた。

 彼女たち銘々がこの地球ほしにおける一住人として各々の平穏を感じながら過ごしていた。


 しかし、一人だけこの地球ほしにおける異変を感じ取っている者が一人いた。

 それは、この地球ほしの管理人である”ママ”である。


 地上より高度80km、濃いオゾン層の中からママは厳しい表情で地上を見ていた。

 その視線の先には巨大な砂漠が広がっていた。


 この地球における死の象徴、タクラマカン砂漠である。



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 【タクラマカン砂漠】

 タクラマカンは『放棄された土地』や『生命の存在しない砂漠』を意味しており、その名の通りこの砂漠はあらゆる生命の存在を拒絶する。

 しかし、このような土地でもかつては栄えた都があった。

 人の営みが、その旅路が確かにそこにあった。

 今は滅び途絶えてしまったが。


 彼らの旅路の跡を見て一つの疑問が浮かぶ。


 人の『旅路』の先は、必ず『滅び』で終わるのだろうか。






 座標『38°27'56"N 81°53'51"E』

 タクラマカン砂漠タリム盆地のほぼ中央に位置する場所にて、白衣に身を包んだ一人の星女せいじょと一人の青年がラクダの上から次の旅路を見定めていた。



「はぁ......ミンファ、全くもって暑いね。」


「モハメド、大丈夫か?」


「うーん、ちょっと頭がぼんやりするよ。」


「ん、おいで?」



 ミンファという名の少女とモハメドという青年は、ラクダから降りるとお互いに抱き締め合った。

 するとミンファの腰から数本の銀白色の大きな翼が展開され、直に高周波の振動音がしばらく響いた。


 炎天下の下、二人はしばらく抱きしめ合った。



「はぁ、すごく冷たくて気持ちがいいよ。あっという間に身体の芯から冷えそうだ。」


「そう?この先もがんばれそうか?」


「あぁ、僕は大丈夫だ。それにしてもミンファは大丈夫かい?」


「私は大丈夫だ。」


「まぁ君がこの地球ほしの人間じゃないことは出会ったときから知ってるけど......。」


「そうだ、土星から来た。」


「土星から来たにしても、こんなに人や物を冷やせるなんてどういう仕組みなんだい?」



 モハメドはミンファの翼に触れようとしたが、パシンっとミンファはそれを手で払った。



「熱いぞ、モハメドと周りの熱を吸い取って、金属製の翼に集中させているからな。」


「そ、そうなんだ。ごめん。」


「............。」



 ミンファは少し強くモハメドを抱きしめ、愛おしむかのようにその腕の中で深呼吸をした。



「............モハメド、汗臭いぞ。」


「あ、ごめんよ、離れるね。」


「............別にいい、しかしそろそろ街によって体を清めるべきだな。健康を害する可能性がある。」


「街に寄りたいんだけどね、ここからは南北いずれもそう簡単には街にたどり着けないよ。元より人けのない経路をあえて選んだわけだしね。」


「ならばオアシスで沐浴だな。」


「そうだね、僕もそっちが気分的にいいよ。」


「ここから約4km、北北西にオアシスがある。核実験による放射線の量は微少だ。今日の夜はそこにいくぞ。」


「わかった。この砂漠は何もないのにミンファの道案内はいつも的確だね。」


「......今は何もなくても、かつては私の王国だったからな。」


「そうか、王女様だったんだね。どおりで美しいわけだ。」


「どうせ他の女にもそう言っているのだろう?」


「いいや、君だけさ。氷の花ミンファ


「......そろそろ行くぞ。」


「あぁ!」



 二人は呑気にもしゃもしゃと口を動かしているラクダの背に乗ると、オアシスを目指して再び歩き始めた。



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 緑のオアシスのほとり、二人は頼りない焚火のそばで寄り添い、語り合っていた。

 ラクダたちは大あくびをし、その瞬間以外は相変わらずもしゃもしゃと口を動かしている。


 そんな一時は、日の暮れ始め、砂漠地帯特有の寒さを伴った乾燥風が吹き始めている頃だった。


 モハメドはゴリゴリと硬揚パンボールツォグを齧り、馬乳酒アイラグを口に含んだ。

 ミンファは傍らでその様子をじっと見つめている。



「ミンファはどうして食べない?」


「食べなくても問題ないからだ。」


「どのくらいの長さ食べなくてもいいんだい?」


「死ぬまでだ。」


「死ぬ?食べるのが嫌いなの?」


「どちらでもない。」


「ミンファが平気でも身体が心配だよ、できれば食べてほしいな。」


「モハメドの糧食が無駄に減るだろう。それが問題だ。」


「僕とは違う宗教の一句だけど、人はパンのみにて生きるにあらず、だと思うよ。」


「どういう意味だ。」


「身体が満たされても、心が満たされないんだ。その............大切な人が、満たされてないとね。それと満たすだけじゃない。僕は大切な人をずっと護っていきたいと思ってる。今は護られているけどね。」


「語彙力の乏しいことだ、何人の女の前でそれを言った?」


「まいったなぁ、君が初めてだよ!」


「嘘なら命はないぞ。」



 モハメドはミンファの瞳をまっすぐ光線のように見つめて、意を決したように両手をとった。



「約束する、僕の王女様、必ず君を護るよ。」


「......私が数十億歳生きていて、モハメドの寿命はたかが数十年、それを分かって言ってるのか?」


「そ、それは僕が君を護れないってことかい?」


「........................。」



 ミンファは沈黙と共にモハメドの両手をぎゅっと握り返した。

 心なしか、固く結ばれた彼女の口元が震えているように見えた。



「ミンファ......。」


「モハメド、今なら引き返せる、まだ冗談だと許してあげる!」


「......うっどうしたの......?」


「気持ちは嬉しいけど、無理だってわかるでしょ!?」


「僕にはもう君しか考えられないんだ!」


「............私だって......私だって、そうよ!!」


「えっ!?」


「だから辛いの、あなたに叶えられない約束をされることがっ!」


「......ご、ごめん......。」


「すぐに謝るなっ!!」


「ど、どうすればいいんだ......。」


「うるさい!どうにかしなさいっ!!」



 ミンファはボカボカと拳を振り上げ、モハメドをタコ殴りにする。



「え......ミ、ミンファってこんな子だっけな......。」


「うるさいっ!勝手に私を知った気になるなっ!!」



 ミンファは怒りの形相で拳を振り上げると、地面に向けて叩きつけた。



 ズガガガアァーンッッ!!



 砂地が割れ、湖に白波が立ち、焚火が吹き飛び、星空にミンファの怒声が響く。



「......う、うわぁ......。」


「......ぜー......ぜー......ぜー.......ぜー......。」


「ご、ごめんね。ミンファ、大丈夫だよ。」



 モハメドは肩で大きく息をし、怒りの煙を口から吐き出しているミンファを優しく、注意深く抱きしめた。



「......なにが大丈夫なのよ......。」 打って変わってか細い声でミンファが尋ねた。


「確信したよ、やはり僕には君しかいない。こんなに素敵な人を愛せずにはいられない。どんなに寿命の差があっても、超えられない壁があっても、その愛ゆえに苦しめられようとも。」



 ミンファは腕の中で小さく震えながら、反抗した。



「......意味わかんない......全然、全然、答えになってない......。」


「はははっ......。」 モハメドは情けなく笑った。



 その時

 ......遠くからゴーッという不気味な音が響いたかと思ったその一瞬

 ゴドンッと地面の下から大きな突き上げによって二人は宙に放り投げられた。



「ッ!?」


「ガッ!?」



 そして、混乱も収まらぬうちに強かに二人は地面に叩きつけられた。



「あ”っあ”あ”っ......!」


「あぁ、忘れてた......くそっ......この気配は......!」



 モハメドは腰を強く打ち、目を固く閉じ、痛みをこらえていた。一方、ミンファはいち早く回復し、戦闘体勢を整えた。


 ミンファの目の前にはおよそ30m以上はある巨大な柱が立っていた。しかし、その柱は左右前後にゆらゆらと揺れていた。


 まるで生き物のように。



「よくもまあ、こんなに大きく......。」



 ミンファは柱の上部へと顔を向けてつぶやいた。

 その先には巨大な竹輪のようなものがこちらに向けられていた。



「モンゴリアンデスワームの変異種か。ここまで巨大化したのは餌のせいか、環境のせいか、はたまた自己都合か......。」



 ミンファたちに向けられていた竹輪の穴は、モンゴリアンデスワームの口腔だったのだ。

 デスワームはゆっくりと十字に唇を大きく開くと、ミンファたちに覆いかぶさるように襲い掛かった!







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