第26話 蟲毒の微粒子
ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴゴボゴボォッ!!!
黒い石油が粘っこい噴水のように地面から噴き出る。
(まずい......ちくしょうっ......!)
先ほどの戦闘で彼女は既にエネルギーを使い果たしていた。
一方、石油たちは活力にあふれているがの如く、湧き出し、瞬く間にその黒い海を広げていくのであった。
(くそ......こいつらは不死身なのか?)
(......どうすればいいか何も思い浮かばない......一体どうすれば.....?)
石油たちが、力尽き四つん這いになった一人と2匹の手足を飲み込む。
(......ぐぅっ!?)
ビリビリとした強い痛みが彼女たちの手足に走る。
ウルフドッグたちもたまらず悲鳴を上げた。
(この強い刺激性......やはりこれは普通の
彼女は暴れるウルフドッグたちを両脇に抱え、力を振り絞って立ち上がった。
(奴らの能力によって原油が低分子の炭化水素に分解が進んでいるのなら、顔を近づけたままでは化学熱傷のほかに呼吸器を犯すから危険だ......。)
(私はまだブーツだからいいが......この子たちは......。)
ゴボンッ! バシャッ!
石油の噴出が大きく波打ち、飛沫が彼女たちに降りかかった。
「ぐああっ!?」
彼女はとっさにウルフドッグたちを飛沫からかばうと、背中に石油の飛沫を受けた。背中に煮えたぎった天ぷら油を流されたようなバチバチとした激痛が走る。
「グゥう”う”う”う”ッッッ!!!!???」
それは長く耐えがたい痛みになった。
そして揮発した石油成分とその痛みで意識が朦朧としてきた。
「はぁっ...はぁっ...はぁっ.......!」
(だめ......もう無理......。)
全てをあきらめた瞬間、視界が薄闇に染まり、世界から音が消えていく。
さらに不思議と強い痛みが、心地よい眠気へと変わっていく。
彼女の意識は散り散りになって暗い海へと同化していき......。
(............。)
(........................。)
(................................................。)
......ヒュッ!
ガアンッ!!!
大きな爆轟に似た音が、身体を、精神を揺さぶった。
「はっ!?」
彼女は意識を取り戻し、跳ねるように顔を上げた。
そこには先ほどまであった石油の海ではなく、荒れた砂利の地面が広がっていた。
正確に言えば彼女から半径5m程度の範囲の地面が現れており、それ以遠は相変わらず石油の海が広がっていた。
そして......。
「......大丈夫?」
落ち着きいた口調とは不釣り合いに感じられる少女の声、金で縁どられた鮮やかな空色のケージ・ドレス、そして無尽蔵を確信させる力の奔流
「あっ......あっ......。」
「あなただったのね、アーレス。」
「......テ...テラ.......。」
「............。」
「............。」
「おーいっ!ママー!!」
遠くから女性の呼び声が聞こえる。
声のする方向を振り返ると、白いケージ・ドレスを纏った黒髪ショートカットの女性がまっすぐ飛んでくる。
(......誰......?......ママ??)
女性は目の前に降り立った。近くで見るとその女性は不思議な存在に感じられた。なぜならば、彼女たちと同じ衣服を身に纏い、身体は明らかに成人女性であるにもかかわらず、内側がとても幼い存在に感じられたからだ。
「はい、これ持ってきたよ!」
「うん、その容器のふたを開けて放り込んでみて。」
「ほい!」
成人女性は液体が満たされたプラスチックの蓋を回して開けると、それを石油の海に向かって放り投げた。
ボシャッ!
容器が石油の海に落ち、ずぶずぶと飲み込まれていった。
........。
................。
........................。
不意に容器が沈んだところからバシャバシャと何かが暴れるような飛沫が上がった。しかし不思議なことにそれは白い飛沫で、水のようにサラサラとしたものだった。
(......なっ......!?)
白い飛沫が上がる範囲は容器の落下点から徐々に広がり、半径2m程度まで広がった後、飛沫は落ち着きを見せた。
さらに不思議なことに飛沫が上がったところの油面の色が赤茶色に変化した。
「ふふふ、いいわね。地面の中に逃がさないわよ。」
「ママ、これなに?」
「ただの中性洗剤よ。」
「え?」
「今やってることはね、油に洗剤を入れて中和してるだけなの。」
「???」
成人女性と少女の話を聞き、アーレスと呼ばれたウルフドッグの飼い主は、すべてを察した。
「...そ、そうか。石油をエネルギー源や身体として繰る微生物集合体の集結を、洗剤によって微粒子化させて分断し、餓死と無力化を......!」
「そうよ、アーレス。あなた初めて?」
「............。」
「このタイプは、普段地下の石油だまりをエネルギー源や身体の一部そして居住地として駆使しているから、身の危険が迫れば地下に避難し、場合によっては逆襲のためにさらに多くの自己勢力を連れて地表に進出してくるの。」
「............。」
「燃やしたことは、悪手だったわね。ダメージとしてあまり痛手にならず、むしろ奴らの攻撃性を高めただけだった。」
「......くっ......。」
「一番いい方法は奴らには奴ら同士で喰い殺し合ってもらうこと。......アーレス、力では圧せないこともあるということを、この際覚えておきなさい。」
「............。」
「あきらちゃん、アーレスとワンちゃんたちをあの塔の上に避難させて!」
「はーい!じゃあアーレスさん、行きましょう。ワンちゃんもすぐに連れて行くからね。」
「え?あ、あぁ......。」
見知らぬ女性は戸惑うアーレスに親しく話しかけながら、軽々とお姫様抱っこをし控えめな翼を広げて空へと舞い上がった。
そして錆びついた煙突頭頂部の金網足場にアーレスを下すと、すぐにウルフドッグたちを迎えに降りた。
「よしよし、君たちかわいいね。いい子いい子。アーレスさんのところに行こっか。」
あきらと呼ばれた女性は、ウルフドッグたちを両腕で抱きかかえると、彼らを怖がらせないようにゆっくりと舞い上がり、アーレスのもとへ向かった。
「......さぁ着いたよ、なかなか重たいねこの子たち。」
「あ...ありがとう......。」
「これくらい全然大丈夫!......ええと、名前は雨戸あきらって言います。アーレスさん、よろしくお願いします。」
「よ、よろしく......。その名前は今は使ってなかったんだけど......。」
「アーレスさんも元管理者の
「う、うん......。」
......一方、地表でママやテラと複数の名前で呼ばれた少女は、かの預言者のように黒い石油の海を割りながら錆びついている巨大な10mほどの高さのタンクのもとに歩んでいった。
そしてタンクを見上げて、しばらく見つめた。
「ふむ......まだ中身は入ってるようね。」
黒い石油の海が、ママの企みをさせまいと無数の触手を生やして襲い掛かるが、ママの周りには見えない壁があるかの如く、触手はことごとく弾かれていった。
そんな触手たちを蔑ろにしながらママは、翼を使わずに脚力だけで10mあまりの高さまで跳躍し、その身体の重力加速度がマイナスからプラスに転じるその瞬間に光の大剣を両手に握りしめて、一気に自由落下するとともに巨大なタンクを
地面に着地したママは、さらにダンッと横に飛び、タンクの中身がわが身に降りかかるのを避けた。
バッシャアアアアアッ!
若干、さび色に変色した液体が真っ二つになったタンクから弾けるように溢れ出た。
バシャバシャと液体と石油たちが混ざり合う。
その様子を見て、ママは微笑んだ。
「......おかわりは、たくさん。さぁ、召し上がれ?」
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