第25話 枯れない石油
「......いくぞっ!!」
彼女は脚に電力を急速に
電荷の高まりに伴い、耳を裂くような高周波音が響く。
(この過電流を脚で打ち込めば、あいつを発火させる程度の高熱が与えられるはず......!)
(だけど前提として石油が主体であれば夾雑物は多い......ジュール熱の上昇に必要な電気的抵抗は低いとみられる......。)
(加えて、ボディが接地している......発火に必要なジュール熱の獲得には、何度もこの脚を打ち込む必要があるだろう......!)
(......結論、地面から遠い花びら様の頭部、かつ、その薄い部分を集中的に攻撃すればハイリスクハイリターンだが発火を効果的に誘発できる......!)
彼女の両脇に抱えられたウルフドッグたちの衰弱も考慮すると、この選択肢しかなかった。
意を決すると、彼女は石油の海に咲いている”チューリップ”の頭部めがけて、突進した。
チューリップは雄蕊と雌蕊の”触手”をびゅるびゅると伸ばし、彼女を捕らえようとした。
だが間一髪、彼女は触手とクロスカウンターするように回避し、ぐるりと頭部の真横に位置した。
そのまま鋭いケリをチューリップへ打ち込む!!
バチンッ!!
猛烈な光と火花、衝撃が生じてチューリップの頭部は激しく揺れた。
「まだだ!逃げるなっ!!」
彼女は揺さぶられたチューリップの横っ面を、横蹴りで追撃した。
ビチンッ!!
再度、光と火花、衝撃が生じてチューリップはメトロノームのように大きく揺れた。
(発火を誘発する発熱のためには、電流の強さと流れる時間が重要......!)
彼女はよろめくチューリップの側頭部をひたすら蹴り込み続けた。
赤い血の代わりに白い光と火花が夜空に飛び散る。
(......くっ.....そろそろ疲労が......)
だが、一方的に圧している彼女にも疲労の影が差し込んだ。
しかし、なんとしてもここで
彼女は、両脇のウルフドッグたちを抱える腕のしびれ、激しい格闘による肺の息苦しさ、脚の痛みなどに、あえて気付いてないフリをしながら一心不乱に打ち込み続けた。
「うあああああっ!!」
大きく振りかぶった延髄切りがチューリップの側頭部に刺さった。
......シュバゥッ!!
空気を切り裂くような高い爆発音が響くと、側頭部から紅い炎が燃え上がった。
(......やったっ!?)
彼女は燃え上がる炎を認識すると、すぐさま距離を取った。
引火物の塊が今まさに燃焼しているのだ。巻き込まれたら彼女でもただでは済まない。
炎に飲まれ、全身が真っ赤に染まった”チューリップ”は全身をくねらせながらもだえ苦しんでいる。
さらに炎は足元の石油の海にまで広がり、あたり一帯が瞬く間に火の海になり、黒煙が上がった。
「......あぁ......あっつぃ......。」
彼女は熱気流に乗じて、涼しさを感じるまで滞空高度を上げた。
やや薄いが新鮮な空気に肺が満たされ、深呼吸をすると気持ちが落ち着いた。
眼下に目をやると、相変わらず鞭のように身体を振り回しながら苦しむ”チューリップ”が小さく見えた。
「いいぞ、今度こそ燃え尽きてしまえ......!」
強気な言葉の裏には祈るような気持ちがあった。彼女もウルフドッグたちもこれ以上の消耗は厳しいと感じていたからだ。
どれほどの時が経ったか”チューリップ”は燃えながらその身体をろうそくのように小さくしぼめていき、またその足元に広がっていた石油の海も次第に浅くなり、ところどころ黒い煤に覆われた地面が見え始めた。
それは彼女にとっては希望の光に見えた。
そして喜びの内にいつしか”チューリップ”は完全に燃え尽き、石油の浅瀬も煤が後に残るだけで、消えてなくなっていた。
彼女は両腕のしびれをこらえながら、まだ熱の残る煤まみれの地面に降り立った。
ゆっくりとウルフドッグたちを離すと、疲労のあまり同時に座り込んだ。
「......はぁ、はぁ......。」
膝枕にウルフドッグたちがそれぞれ頭を預けて倒れ込む。
彼らから極度の安寧と疲労をその表情から感じることができた。
「いい子達、よく頑張ったわね......。」
しびれる腕を持ち上げ、ウルフドッグたちの頭を優しく撫でる。
今の彼女にできる精いっぱいの労いと愛情表現だった。
(......それにしても準備不足もいいところ......この子たちをこんなに危ない目に合わせてしまって......。)
(不測事態だったが全く考えが及ばないのは、私の能力不足以外の何でもない......。)
安堵を感じると不意に涙があふれてきた。
しかし、それは安堵感と悔しさが入り混じった涙だった。
涙の流れを感じ、ウルフドッグたちがすかさず舌でぬぐいとる。2匹の忠臣たちによって涙は一滴残らずぬぐい取られ、涙によって決して衣服が濡れることはなかった。
涙で衣服が濡れると、人は涙を思いとどまってしまうことを忠臣たちは理解していたからだ。
彼女はひとしきり涙を流すと心がすっかりと洗われた心持ちになった。
「......ありがとう、いい子達......。」
主人の様子を見てウルフドッグたちも元気を取り戻したようだった。
彼女から離れて早く帰ろうと言わんばかりに2匹は彼女の周りをくるくると回り始めた。
「えぇ、帰りましょ......。」
彼女はゆっくりと立ち上がると、元来た道を戻るべく方角を探った。
「ワン!ワン!」
2匹が背後でこっちだと言わんばかりに吠える。
「ごめんごめん、私もうまったくだめね。」
実はこの惑星に帰ってきて以来、どうでもよい能力は全く劣ってしまい最近では方向音痴に悩まされている。
こんなことは様々な考え事や諍いがあった最中ではあり得なかったが、それだけ今は以前よりも平和で満たされた生活を送っている証なのだろうと彼女は解釈した。
「......ふふ、いま行くから......!」
彼女は歩みだそうと前に重心を傾けた。
が、
前に身体が進まず、
なぜか、
地面が迫ってくる。
ズシャッ
.......。
................。
........................。
........................................。
(.......いたいっ!!??)
(.......地面に、顔を打ち付けた?????)
(っ!......なぜ.......身体が動かない......!?)
「ワンッ!ワンッ!!ワンッ!!!」
ウルフドッグたちが彼女のもとへ駆け寄り、彼女を起こそうと頭を押し付けたり背中を押したりと様々なことを試みた。
(久しぶりに能力を使ったから体力を消耗しすぎたか......!?)
(考えてみれば
(......ほんとに間一髪で倒せたのね......。)
彼女は渾身の力を振り絞り、寝返りを打ち仰向けになった。
そして心配そうに見つめるウルフドッグたちに微笑んで安心させる。
「......大丈夫よ、疲れてるだけ......。」
そういうと彼女はどんよりと曇った極地の空をぼうっと見つめた。それは気が滅入る白夜の日だった。白夜が続く極地では睡眠がうまくとれず、体力的な消耗が多い。普段の生活の疲れも白夜によって積み重なっていたのだろう。
「............はぁぁ............。」
溜息を吐き、目を閉じる。
耳の奥からゴーゴーと自分の血液が流れる音、それに心臓の鼓動も聞こえる。
ごぼん......ごぼん......。
??
ごぼん、ごぼん、ごぼん......。
妙な音が聞こえる。
ごぼっごぼっごぼっ......。
何かが湧き出している、そんな物音が聞こえる。
「きゃんっ!きゃんっ!キャンッ!」
突如ウルフドッグたちが悲鳴を上げた。
「え!?」
彼女はやっとのことで首をもたげ目を開くと自分の目を疑った。
ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴゴボゴボ.......!
焼きつくしたはずの石油たちが、先ほどよりも激しい勢いで湧き出しているのであった。
「......ばかなっ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます