第23話 石油の亡霊

 

「......はぁ......。」 ヤコーネは深くため息をついた



 流星群のニュースから10日後、彼女と2匹のウルフドッグたちはある場所に来ていた。



 アラスカ州最北部に位置するプルドーベイ石油基地跡地


 1980年代に最盛期を迎えたこの石油採掘基地は、アメリカのオイル需要を支える重要な役目を担っていたが、その可能採掘量の減少に伴い閉鎖、今ではアラスカ西部のチュクチ海に新設されているチュクチ石油基地にその役目を譲っている。


 一般的に石油基地の開発や稼働は自然環境に少なくない影響を与える。しかし、この跡地は役目を終えたにもかかわらず、今もなお影響を与え続けていた。

 それは腐敗したパイプラインからかつての石油残留物が漏れだすことによるものであり、さらに深刻なことに誰も管理者がいないために中和剤などの処置対策がなされず放置されているためであった。


 したがって、彼女が目の当たりにしている荒れたアラスカの大地は、決してツンドラ気候によるものではなかった。



 (......胸騒ぎがして、ここまできたけど......やはり何か変ね......。)


 (見た目は極端に汚染された環境なのに、どうして生命の気配を感じる......?)


 

 ウルフドッグたちも先ほどから異様な気配を感じてか。クンクンと臭いをしきりに嗅いでいた。


 

 「フォボス、ダイナモ、あなたたちが感じるその気配と臭いは、覚えがあるもの?」



 ウルフドッグたちはお互いの顔を見合わせると、耳を畳みクゥーンと鳴いた。



 (......何とも言えない、と......。)


 (つまり、この地球ほしに由来するものではなく、私たちの星に由来するものではない、と......?)


  (..................。)



  彼女は周りを見渡した。

  しかし、ただひたすら荒れた大地が続くのみであった。

  

  

  

  

  ピシャッ


  不意に水たまりを踏んだような水音が響いた。


  彼女が足元に目をやると、先ほどまでそこになかった黒い水たまりが足元に広がっていた。


  黒い水たまりはさらに徐々に、徐々に広がっていき............。



 (............!!)



 彼女は直感に従った。



 「離れろッ!!」 


 彼女は強くウルフドッグたちに指示を飛ばし、自らも黒い水たまりから飛びぬけた。



 「ワンッ!ワンッ!ワンッ!!」


 「ウ”ウ”ウ”ウ”ウ”.......!」



 飛び退いたウルフドッグたちは黒い水たまりに対して激しく威嚇し始めた。



 「あなたたちも感じるのね......この違和感を.....。」


 (......うっ......!?)



 彼女は足の裏にザラリとした、小石が食い込むような違和感を感じた。

 足の裏を見てみると、スニーカーのゴム底が部分的に溶けて穴が開いていた。


 急いでスニーカーを両足脱ぎ捨てて裸足をみると、特に何も影響はなさそうだった。



 (ゴム底だけ溶けている......?)



 顔を上げてみると、石油基地のさび付いた精製塔が目に入った。


 

 (そうか、これは石油......ゴムを劣化させ得る......。)


 

 彼女はちらりと脱ぎ捨てたスニーカーを見ると、それを片方掴み水たまりに見えた油溜まりに投げ入れた。

 ぴしゃりと横を向いて油たまりの中に落ちたスニーカーの様子をしばらく見ていると......。



 (!!??)



 油溜まりから黒く細い触手が何本も生え、スニーカーのゴム底を撫でまわし始めたのだった。そして、不気味にも触手が触れたゴム底は白い煙を出しながら溶解していったのだった。



 (......劣化というよりもゴムを分解している......。)


 (石油とゴムが同じ炭化水素だから、か......?)


 (......明らかなことは、この水たまりはただの石油溜まりではない......!自己増殖のために捕食する意志がある生物だ......!)



 ゴム底を食い尽くすと、油溜まりは彼女の片方のスニーカーの気配を感じてか、それに向かってアメーバのように全身を伸び縮みさせながらにじり寄りはじめたのだった。


 

 「...くそっ、きもちわるいっ!!フォボス、ダイナモ!大きく離れてなさいっ!!」


 (石油が主体であるなら話が早い......ッ!)



 彼女は右手のひらを油溜まりに向けた。

 チュ---ンと極めて甲高いチャージ音が響く。

 

 ウルフドッグたちは耳を畳み顔を伏せた。



 「燃えてしまえっ......!」



 ウ”ウ”ウ”ウ”ウ”ウ”ウ”ウ”ウ”..............。

 骨の芯まで振動が伝わりそうなほどの重低音とともに、彼女の腕ほどの太さの電流が、油溜まりに向かって鞭のようにしなりながら突き刺さる。


 油溜まりは強い光と炎に包まれ、先ほどののろのろした動きとは一転してキビキビともがき、ピーピーと断末魔を上げた。



 「なかなかどうして生き物らしくなっていたみたいね......。」


 

 油だまりはもがき続けた結果、細かくちぎれ飛ぶと、めらめらと燃えながら地面に吸い込まれていき、その跡には煤けた地面のみが残った。


 ............そして、アラスカの冷たく乾燥した風が、その煤を掃き清めた。



 (......気持ち悪かったけど、この程度で済んでよかった。早めに動いていて正解だったわね......。)


 「フォボス、ダイナモ!帰るわよ!」



 彼女はそういいながらウルフドッグたちを振り返った。

 そしてその時、ふと自分が裸足であることに気が付いた。


 

 「あら......しょうがない。」



 彼女はその場で両手を広げ、くるくると回りながら、空気を自分の周りに巻き込むように舞った。そして彼女を取り巻く空気の層が明るい赤色に光り輝くと、徐々に膨らみを得て、ドレスのような形にへと至った。

 身を包む光が徐々に失われると明るい赤色、つまり浅緋あさあけ色に染められたママと同じデザインのケージ・ドレスが、彼女に着こなされていた。

 もちろん、足元はママと同じデザインの浅緋色のブーツが履かれていた。


 全体として彼女の雪に焼けた浅黒い肌と黒髪が、明るい浅緋色を一層映えさせていた。



 「久しぶりね......この装束も......。」


 「じゃあ、今度こそ帰りましょ。」



 彼女が空を向いて雲の状況を確認していると



 「ワンッワンッワンッ!!」


 「ワンッワンッワンッ!!!」



 ウルフドッグたちが今までよりもさらに強く激しく威嚇し始めた。

 まだ終わってないと、そこに危機があるのだと訴えるかのように。



 (終わっていない?......なぜ......?)










 ピシャッ!



 あの水音が再び足元に響いた。





 

 

 





  


 

 

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