第20話 原初の欲望

 私の体が冷たくこわばるのを感じる一方、意識ははっきりとしていた。

故に私がどのような恐ろしい末路に至るのか、容易に想像できた。


 ......そいつは身動きのとれなくなった私のブーツをやおら包み込んだ。

 それはジューッという激しい音を立てて白煙を上げた。



 (......まだなにもできてないのに、そんな......。)



 私は溶解されゆく自らの足を、ただ見つめることしかできなかった。


 ブーツの外側に熱を感じる、限界が近い。

 


 (......ママ、たすけて......!)



 私は心の中で叫んだ。





 

 パンッ! パンッ!! パンッ!!!


 どこからともなく放たれた3本の光の筋が不意にソイツを貫き、いくつかの小片に砕かれて飛び散った。それによりソイツに飲み込まれていた私の足が解放された。

 

 しかし、ソイツは砕かれてもなお蠢いていていた。それだけではなく、それぞれが別の生物として再び活動し始めているようであった。

 まるでアメーバのような生命体だ。



 「うわっ!めっちゃくさいっ!!なにこれっ!?」



 聞き覚えのある声が空から降ってきた。

 そして、その声の主は私の前に降り立ち、しゃがみこんで私の顔を心配そうに覗き込んだ。

 夜空を背景に、彼女は白金色のケージドレスを身に纏って黄金色の薄いオーラを従えていた。


 

 「あきらちゃんっ!しっかりっ!」



 黄金色の瞳をした少女の顔、まぎれもなくエブレンだった。



 「...ひどいにおい......とりあえず、距離を取らないとっ...!!」



 エブレンは私の身体をいとも簡単に肩に担ぐと、少ししゃがみ、大きく跳躍した。それは少女の身体からは想像できないほど、力強く大きな跳躍であり、10m以上は跳んだ。


 そして彼女は膝枕をつくり私の頭をそこに寝かせると、小声で言い聞かせるように身体を注意深く診察し始めた。


 

 「......目の輝きはあるものの末端が冷たい......身体が動かせないようね?変わった神経性の毒があきらちゃんの神経を侵食している......いずれにしてもこの症状なら処置はおおむね......。」



 彼女はそう言いながら私の両手を取り、親指で私の手のひらを摺り始めた。



 「あきらちゃんの麻痺症状は神経伝達物質の分解が滞っていることによるもの......故にその物質を電気で強制的に分解する......。」



 なおも私の手のひらを摺りながら、今度は足の診断をつづけた。



 「ふむ、ブーツがひどく痛んでるわね............安心して、これはブーツ外側のみの損傷ね。足には影響ないわよ。ブーツは痛んでるけど、大気に触れさせておけば自己修復するから大丈夫大丈夫」



 相変わらず、手のひらを摺りながらつぶやいた。

 


 「それにしても、あのひどいにおいの奴は何なのか......緑色のアメーバ状?ふむ、なるほど以前にも見たことがある......シアノバクテリア属の化け物......夜は太陽の光がないから人間を襲って生存のためのエネルギー源にしようと......あのアミノ酸のクズがよくこんなものまで成長したわね......。」



 私は全身に温かみが増すのを感じ、指を動かそうと試みた。すると完全ではないが、指が動かせるようになっていた。


 さらに身体の変化として突然猛烈に喉が渇くのを急に感じ始め、それがあまりにカラカラなので何度も咳込んでしまった。



 「.......げほっ......げほっげほっ...えほっ...え”っ!」


 「よかった!治療がうまくいってる兆候ね。」


 「......のどが......からから......。」


 「ちょっと待っててね。」


 

 彼女はそういうと片手のひらの中に、周囲の空気から水を回収し、一瞬でソフトボーサイズの水玉を創った。

 そしてそれを私の口元まで寄せた。


 

 「味気ないけど、大気から取り出した清潔な水よ。さぁ、これを吸って。」


 

 私が水玉に口をつけると人肌程度の暖かさの水が、乾ききった唇にじんわりと浸み込んだ。次いでちゅうと吸い込むと、舌をほのかに仄かにあまい甘い清水が包み込んだ。味わいもほどほどに、ごくりと飲み込むと、優しい常温の水が喉のひだの一本一本に心地よく染み入り、潤いを漲らせた。

 夢中になって水玉を吸い、その結果口から胃にかけて伸びた一本の小川は、まるで生命の奔流を取り込んだかのように、私に活力を与えた。



 「はぁ......おいしい......。」


 「それはよかった。水を取り込めばさらに症状は回復するわ。」


 「だいぶ楽になったよ、なんだか身体も動く気がするよ。」



 私は起き上がろうと上半身に力を込めた。

 少し力が必要だったが、なんとか膝枕から頭を離すことができた。

 それでも彼女は片膝をついて、私を支え続けた。



 「あきらちゃん、目の前の化け物のことを少し教えましょ。あれは例の彗星でもたらされたアミノ酸クズが運良く成長してこうなったのよ。実は大昔にはあんなのが大量にいたの。」


 「えぇ......。」


 「今風に言うならシアノバクテリア属にあたるものよ。光合成能力をもつ単細胞生物が、私たちみたいな多細胞生物になり損ねた末路があれよ。」


 「私たちの失敗作......?」


 「そういうところね。細胞数を増やして身体を半透明のゲルにさせることで光合成の能率を高める方向に進化したわけね。」


 「でも太陽じゃなくて人を襲ってるじゃない!?」


 「夜間のエネルギー源を求めるために、他の生物を消化分解する能力もどの段階かで得てるわね。コイツは急速に自己を進化成長させるあまり、エネルギー生産と消化能力の進化に特化してしまったのよ。」


 「なんだか悲しい子だね。」


 「そんな変なことを考える必要はないわ。コイツは自己成長と増殖以外の欲がない、原始的な生物よ。その点で言えば、ウイルスと同義よ。生物か否かの話ではなくて、生存の動機がね。」


 「絶対殺さなきゃ......!!」


 「その通りよ、すでに二人がコイツの犠牲になってる......こういう近づいてはならない敵に対しては、遠距離から攻めるのがセオリーよ。」



 彼女はそういうと立ち上がり、弓を構えるポーズをとった。

 するとバチッという音とともに金色の稲妻でできた弓矢がその手に納められた。



 「......さっきのはあきらちゃんから引き剝がすことと、巻き添えを避けるためにわざと先鋭化させた矢にしたけど......今度は内側から焼き切ってあげるわ......!!」



 彼女のつがえる稲妻の矢は、太さと輝きを一層に増し、もはや弩弓バリスタ砲ともいえる形に変化していった。

 それはあまりにも輝きが強すぎて、直視することが困難であるほどだった。



 「......死ね。」



 バシュゥッ!っとロケットランチャーのようなジェット音が聞こえると、矢は分裂した3体の内1体に直撃し、派手で高い爆発音を残して爆散した。


 彼女は矢継ぎ早に同じ動作をして2体目、3体目を爆散させた。



 やつらは一瞬のうちに元管理人によって葬られ......あたりには腐酸臭の残り香と夜の河川敷の静寂だけが残った。



 「......す、すごっ......!」



 私は思わず声を漏らしてしまった。


 彼女は私の方を見ると、うれしそうに微笑んだ。





 

 「......あきらっ、ちゃーーーんッ!!」




 不意に少女の叫び声がどこからか響くと同時に、私の5m前に青白い稲妻が落ちた。そして、舞い上がった砂嵐と、焦げた地面から上がる白煙の中で立っていたのは



 ............ママだった。


 はぁはぁと息を切らしながら、丸い目をさらに丸くさせ、玉の汗を流しながら私たちの前に立っていた。

 



 

 




 

 

 


 

 

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