第18話 腐敗する河川敷
例の彗星の最接近予告日から数日後、私たちは日本を中心とした広範囲の地域にに異常がないか見回っていた。ママ曰く、侵入者の脅威が増すにしたがって侵入者は自らの存在を秘匿することが難しくなるそうだ。そのため、今回のような小さな存在として侵入するタイプは、侵入の検知や追跡が難しいらしい。
しかし、そのようなものは徐々に成長するとともに、地球の生態系を侵食していくため危険度が低いわけではない。彼ら自身に野望や意思のようなものがあるわけではなく、ただひたすら生殖と増殖のために既存の生態を犯す。危険な寄生虫たちなのだ。
私は日本の内、さらに東京を中心に見回りをしていた。
人口が密集していること、上空からの異変の観測が容易なことが理由だ。特に人口の密集は、重要な理由だった。
先ほど述べたように、小型の侵入者は単純な生物であり、生殖や増殖以外の意志をもたない。生殖や増殖に必要な栄養源や保温器は、既存の生物に求められる。
必然的に人間はその対象となる。
となれば、人口が密集している地域に彼らが進出することは、栄養源と保温器を効率的に確保できるという利点から必然と考えてよい。
この利点は、同時に多くの人間が短時間で危険に晒されることも示唆している。それは何としても防がねばならない。
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私は見回りの道すがら、荒川の長い河川敷を歩いていた。時刻は夕方だが、あたりは暗く、黄昏をすっかり過ぎていた。寒く暗い冬空の下にもかかわらず、ランニングなどの軽運動をする人で河川敷はにぎわっていた。
私も最初はじろじろと様々なものに目を光らせていたが、人々が平和な日常を謳歌する姿を見て、すっかりリラックスした散歩気分で歩いていた。
(北風がきもちいいにゃあ......。)
私は冬用のジャージを着用していたため、寒さとはほぼ無縁だった。むしろ長い距離を歩いていたので、身体があったかく、顔に当たる冷たい風が心地よかった。スマートフォンの管理アプリを開くと、6kmの距離を2時間かけて歩いてきたようだった。ここ最近色々不思議なことがあり過ぎて、考えることが多かったためかぼーっとしてついつい長い距離を歩いてしまったようだ。
ここ荒川の河川敷は非常に長く、10kmでも20kmでも50kmでも道は続いている。私はどこで歩くのをやめるか、決めあぐねていた。
それでもなお歩き続けていると、だんだんと人の気配が少なくなってきた。街灯の灯も少なく、どうやら河川敷沿いの集合住宅などの分布から人気のある場所とない場所が点在しているようだった。
遠くから電車が線路橋を渡る音がこだまする......。
時間も夕方から夜と言ってもよい時間になっていた。静かで人気もないし、場所を変えるかと思った。
帰り道を行こうとすると、どこからか誰かのうめき声のようなものが聞こえた。
耳を澄ませると確かにそれはうめき声で、苦しそうにしきりに嘔吐を繰り返すような声だった。
(酔っ払いかな......?)
しかし、酔っ払いがでるには早すぎる時間である。私は声の正体を探ろうと周りを見わたすと、背の高い草林の中にブルーシートで防水されたトタン壁のハウスが建っているのを見つけた。
(なんだぁ、自由人のおっちゃんが酔ってんのか。)
自由人の人間ならいついかなる時間でも酔っぱらっていても不思議はない。
(......帰るか......。)
私はやはり帰り道を行こうとした。
しかし、嘔吐のうめき声が不自然に感じた。普通なら嘔吐すると、症状の原因となっていた物質が体外へ排除され、緩解に向かう。それに伴い、うめき声も必然的に逓減するはずである。
しかし、この呻き声は違う。逓減どころかますますひどくなり、それにおおよそ人間から出せる声とは思えないほど奇妙な音なのである。
まるで、二匹の生物がそれぞれ低音と高音で唸っているような、合成音声じみた違和感のある声なのだ。
(......二匹......?まさか......!)
私の推測に背筋が凍り付いた。
そして緊急事態が起きていることを頭で認識すると、身体が感じるがままにぐんっと動いた。
「だ、大丈夫ですかーッ!?」
私は叫びながら、トタンハウスのもとへと駆け寄った。
近づくにつれ多重のうめき声がより大きく、鮮明になっていく。
トタンハウス内からうめき声が聞こえるが、中が暗くて何も見えない。
私はスマートフォンのライトであたりを照らしながらドアを探し、すぐにそれらしきみすぼらしい壁を見つけた。
建付けの悪い錆びたドアを、力ずくで思いっきり引き抜いた。
ドアは、私の後方数m先まで宙を舞って落ちた。
「大丈夫ですかッ!!??」
私が顔をハウスの中に突っ込むと、強烈な酸臭と腐敗臭が鼻を突いた。
そのあまりのひどさに鼻腔内に鋭い痛みが走り、私は驚きのあまりドアから吹き飛んだ。
「???なんだこの臭いは!!!!!?????」
私は新鮮な空気を急いで深く吸い、肺の中の空気を入れ替えた。
あの妙な臭いのせいか、肺と胸がずきずきと痛む。
(いったい中はどうなってる......!)
私は落としたスマートフォンを拾い上げ、多重のうめき声と腐敗臭が噴き出すハウスの中に向かって光を当てた。
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