第15話 冬の侵入者

 孤児院の一日は心身ともに忙しかった。


 ただでさえ不慣れな家事をてきぱきとこなすことが求められるだけでなく、同時に子供たちと打ち解けねばならかったからだ。

 子供たちは素直だから、そう簡単に打ち解けた心を露にしてはくれない。ましてや大人と問題があった子供たちが流れ着く場が、ここなのだ。ここの子供たちは、年齢にかかわらず大人びて世界や、物事に触れようとしていた。子供たちにとってそれが、一種の防衛本能から来る無意識の振舞いであることは明らかであった。


 したがって、私の振舞いはすべて子供たちの心理的な防護壁にけんされていた。その講評がどんなものかは分からないが、一日を通した感じでは、今のところ良くも悪くもないようだ。


 私たちは一日の活動を終え、ちゃぶ台を挟んでひと時の休息をとっていた。部屋の隅では音量を低くした古いテレビが、わびしいながらも私たちの時間をわずかに華やかな雰囲気にしてくれていた。


 

 「うひぃ......。」


 「おつかれさま、助かったわ。」


 「これ毎日一人でやってるの......?」


 「当然、私は星女たちの一女、この程度は何ということはないわ。」


 「うーん、それだと私は要らなかった気もするけどなぁ.....。」


 「いいえ、あきらちゃんみたいな大人に甘えることが、彼らにとって最も必要なことだった。今はまだ素直になれない子もいるけど、ほんとはとても嬉しく思ってるはず。」


 「そっかぁ......。」


 「何だか力仕事をお任せって言ってたのに、それ以上に大切なことをお任せしちゃうかもしれない。子供たちの心の支えになるような、大切な役目を。」


 「わー!あたし、そんな大した大人じゃないよ!」


 「ふふっ......あきらちゃんはそのままでいいの。確かに何かに飛びぬけた才能があることは、素晴らしい価値の一つとして認められている。でも多くの人にはそんなものは、ない。」


 「そぅそぅ。」


 「だからありのままで生きている優しい大人としての姿を見せてあげてほしいの。何かに優れてなくても、何かに恵まれていなくても、誰かのために生きることができる強さは、ありふれたものものであるのだと、その背中で教えてほしいの。」


 「ほんとにそれでいいのー......?」


 「この子たちは、生まれが不幸という別の意味での特別感を既に抱いてしまっている。故に特別な能力がなければやり直せないという考えに、ややもすれば偏りがちよ。そうした考えはいつだって悪意のつけ入る隙になる。

  これはあなたにしかできないことよ。この子たちを守って。」


 「なんだかすごい話になってきたぞ......でも、わかったよ。」


 「ありがとう。」


 「でもどうして、あなたの星を捨ててまでこの地球の子供たちにこだわるの?」


 「ふむ......それはね.......。」



 エブレンはしばらく考えて、問いに答えようとした。




 「かねてより接近が予測されていたTaniyama彗星が今月中ごろに地球に最接近し、望遠鏡による一時的な観測が可能になると国立天文台が報じました。」




 ニュース番組の女性アナウンサーがこう述べるとエブレンは答えるのをやめ、番組を注視した。



 「満天の星空の中、緑色に光るTaniyama彗星は天文学者の谷山氏によりかねて存在が示唆されており、先月国立天文台の観測チームが実際に発見した注目の彗星です。

 こちらは、Taniyama彗星の実際の写真。緑色に光りうっすらと尾を曳いていることがわかります。彗星は太陽系の縁から何らかの力により太陽へ引き寄せられ、その過程で地球に接近する場合があり、頻度としては5万年に1回の頻度ともいわれています。

 そのような貴重な機会が今月の中頃、最も私たちに接近するとされ、天文学者だけではなく、望遠鏡をがあれば一般的な家庭でも彗星が観測できるとのことです。」


 

 「......ねぇ、どうしたの?」


 「......少しまずいわよ、これは。」


 「え......。」


 「杞憂でなければいいけど。」


 「どういうこと?」


 「アイツから少しは聞いたでしょう?今の地球は、本来あるべき防護壁が失われて誰でも侵入が容易なの。私がここにいられるのも、そう。」


 「この彗星は侵入者だということ?」


 「今の情報だと何とも言えないわ。でも太陽系の果てからやってくる、かつ緑色の光とそのテイル......今の段階ではアミノ酸のクズみたいなものだけど、宇宙線と太陽熱を受けて凝集すると、この地球に来る頃には厄介な存在になっている可能性があるわ。」


 「......エイリアンだ!」


 「まぁそんなところね。アイツだけじゃなく、私にとっても受け入れがたい存在だわ。」


 「ど、ど、ど、どうしよう......!」


 「とりあえず、念のためあいつに一言相談しておいて。私からは言えない、わかってくれるわね?この孤児院のことは、しばらくお手伝いは気にしないで大丈夫。すぐに戻って、アイツに知らせてあげて。」


 「う、うん......わかった!」


 「あきらちゃんのことは常に気をまわすつもりだけど、気を付けて。」


 「うん、ありがとう!じゃあお暇するね!」



 私は急ぎながらもすっと静かにドアを開けると、雲一つない乾いた冬の濃い夜空を見上げた。濃い夜空には明るい星々が瞬いていた。



 私は吸い込まれそうな星の海に、ママのもとへと帰るため、翼を広げ身を投じた。

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